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月夜

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アテネ編

切れ目

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もしも僕に勇気なんてものがあったら、僕が人間だったら、渚を泣かせずに済んだのだろうかなんて、馬鹿げたことを時折考えてしまう。
そんなの考えるだけ無駄なのに。
そんなことを考えながら、僕は渚との帰り道を歩いていた。
取り止めのない会話をしながら、どこか心ここに在らずと言うような表情をしている渚に、疑問を覚えながら、僕は質問しようと思った。
「渚は、僕と颯太と美空の三人のうち誰かを選べと言われたら誰を選びますか?」
答えなんて決まっている。
僕って即答してくれるはず。
なのに渚は何故か考え込んでしまった。
僕からの質問に答えられないとでも言いたげに。
黙り込んでしまった。
「何かありました?」
そう聞けば、はっとした顔をして、何でもないなんて答えた。
アテネを選ぶ、なんて言ってくれたけど、僕はなぜか胸がざわついた。
そのあと交わした言葉もどこか、信じられないような気持ちで交わしていた。
本当に僕を選んでくれるの?
僕だけにしてくれるの?
口から溢れかけた言葉をそっとしまった。
そりゃ成長する生者の方がいいよね、なんて言う醜い嫉妬を心の隅に追いやって、僕を選んでくれると思うようにした。
そうしないと僕が報われない気がしたから。

夏祭りがあると聞いて、僕は渚を誘おうかと思った。
でも今日は無理かもしれない。
予定があると言っていたから。
それでも、お祭りには行きたかったから。
行ってみることにした。
浴衣は着ずに、お祭りの会場へと足を運ぶ。
途中、浴衣を着た颯太に出会った。
「今年は僕一人で回るつもりなのです。僕に張り付いてても良いですが、渚は来ませんよ」
此方の考えている事などお見通しだと言わんばかりの態度で颯太はそう言った。
「そうですか」
別に良い。
颯太と回っていたら邪魔しようかと思っていたけれど。
渚はどこに行ったのだろう。
何故か、胸がざわついた。
林檎飴でも買って、食べて気を紛らそうとしたら、よく知る二人が通りすぎた。
美空と渚。
二人は仲良さそうに歩いていく。
仲睦まじく。
まるで恋人同士のようだった。
周りの人間からもそう見えるらしく、キャーキャー騒いでいた。
僕の騒ついていた胸は、気づけばドクドク痛みを伴っていた。
目からは涙がなぜか溢れて来た。
「...やっぱ、生きている人間の方が良いですよね」
胸が痛いから下を向く。
こうしている間にもきっと渚は先に進んでしまうのだろう。
その事実に胸が余計に締め付けられる。
林檎飴を口に含んで、硬い飴の部分を頬張る。
口の中に飴の甘みが広がるかと思えば、少し苦い気がした。
僕の気分が下がっているからだろうか。
シャリ、という音と共に林檎に齧り付く。
林檎は僅かな酸味を残して僕の口の中から消えていく。
白雪姫のように、この林檎が毒林檎なら、僕はこのまま消えることが叶ったのだろうか。
わからない。
ただ、消えてしまいたいという感情が僕の胸の中を占めていった。
どうせ僕を選ばないのなら、良いじゃないか。
もう放っておいてくれよ。
僕なんて無視してくれよ。
君が僕以外を選ぶなら、それでもいいから僕を忘れてくれ。
君が先に行くのをみるのが辛いんだ。
僕を置いていくのが悲しいんだ。
 
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