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昭和19年編

リレーの走者たち

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私は変わらず、戦時下のこの時代にいた。
昭和20年5月

もう田舎の人達ですら、敗戦を意識していた。
暗雲がたち込める中ただ日々を生き凌ぐ。

女学校は軍服や足袋の縫製工場となり私も働いた。
正一さんの詳細は何もわからない。

「もう こんなんしか出来ひんなぁ」
疲れた様子でいものツルと麦を鍋で煮るおひささん。

夜になると、空襲警報が鳴り響く。
しかし田舎へ爆撃機が飛来することはほとんど無かった。
音と光が時折遠くの夜空を明るく染めた。


8月には、原爆投下。こんな話をこの田舎でしても誰も信じる者はいないだろう。
気の触れた人と言われるか、捕まるのがオチである。

私には結局何もできない。
私はどうしてここへ来ることに.....。

朝目覚めたらいつか、突然もとの時代へ戻っているのではないかと、不安でいっぱいだった。戻る事を望んでいるはずが、正一さんの帰りを待たずここを去りたくは無かった。


ふと、ばあちゃんと昔した会話を思い出す
「ばあちゃんは、泣かないね全然」
「私はいつの頃からやろか。悲しい事があっても、涙がでんくなったわ。だそうおもても出無いんや。」
涙なくなるまで泣いたのか、何があったのか。そう思ったが孫の私には理由など聞けなかった。

「八千姉 八千姉 なんかお話して~よ」
私は下の子達と、正一さんの弟の秀吉、寅吉にお話を毎日きかせていた。
子供らには唯一、空腹と現実を紛らわす時間。
この子達は私の大先輩。
正一さんや、正一さんのお父さん、この村から出征して行った人達、いろんな想いで見送った人達。必死で食べ、食べさせ命をつないだ人達。
平成にいる私達はひとりひとりみんなが、その結果生まれてきたんだ。
当たり前のことだか、身にしみて感じた。
命のリレーの走者なんだと。

あと3ヶ月。
ばあちゃんから戦後すぐはみんな貧しかったとよく聞いた。
これからどんな日々が待っているのか.....私は生き抜いて行けるのだろうか。

正一さんは、どうしているだろう。

夏代姉さんが私を呼び二人で畑の前で座る。
「八千代、気落としなや。便りがないのはええ知らせやとおもいや」
「そうだね。ありがとう」
「それにしても、あんたけったいな話し方して。どっかで頭ぶつけたか?ははははっ
大きな声では言われへんけど、もう敗戦が近いて噂や。工場でもみな、親やお役人さんまで言うとるらしい。敗戦なったら、どうなるんかな.....
米兵が来てみんな奴隷みたいになるか。殺されるか。そうなったらどうしよ。山に隠れよか?」

私は喉まで未来の話が出そうになるが我慢した。

「戦争が終わるということは、殺されることはないと思うけど。でも危ない世の中になるだろうね。夏代姉さんは、何したい?自由になったら」
「せやな、腹いっぱい食べて。パーマかけて、おしゃれして。私らのこんな四角い顔じゃ似合わんか ははははっ」いつもの調子で手をたたきながら笑う。
私ら?四角い?!やっぱり、ばあちゃんの顔に見えているんだ。
うーん。なんか....不思議
正一さんには、現代の私が見えてるようだったけど....
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