とあるTSFによってアンチの日常は終了してしまいました。

型抜久遠

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 ――うららかな春の風に乗って、桜の花びらが舞い踊る。

 つい先月まで色彩を丸裸にされたような冬一色であったにもかかわらず、俺の歩いている並木道には、薄紅色をした桜が咲き乱れていた。

 桜といえば、新学期・新年度・新生活と、新たな始まりを思い浮かばせてくれるものだ。
 しかし、現在の暦は五月上旬。GW明けの登校日なのである。
 なぜ五月だというのに桜の花びらが蝶の大軍勢のごとく舞っているのか?
 それはここが日本の最北端に位置する北海道だからだ。

 ここ北海道では、GWあたりから桜前線が到達する。
 よく漫画なんかで入学式には桜と一緒にツーショットなどという風習がよく見受けられるが、こちらでは春休みに降り積もった大雪に囲まれて行われることがほとんどだ。

「……たりぃ」

 しかし、いくら桜が美しかろうと、長期連休明けのテンションにまで花を咲かせることはできないようである。

 そんな気だるげな気持ちのまま、桜並木を仰ぎつつ登校していた俺が片梨かたなし高校と門札のある校門前に差し掛かったまさにそんなときだ。

「あ、あの! 木枯荒野こがらしこうやさんですよね?」

 いきなり花も実りも感じられない名前を呼ぶ声が聞こえた。

 その冷たい北風が吹き抜ける荒れ野原という不名誉な名前を授かって十五年という人生を歩んできた俺、木枯荒野は無言で声の聞こえた方へと振り返る。

 そこに立っていたのは、形梨高校の制服を着た名前も知らない一人の少女だった。

 内気で大人しげな三つ編みに丸メガネという出で立ち。いかにも文学少女といった雰囲気を振りまく少女は、視線をこちらに向けることさえ恥ずかしそうに、手元をもじもじさせながら……。

「こ、これ、受け取ってください!」

 ハートのシールで封されている手紙を差し出してきた。

 いや、これはただの手紙ではない。世間一般にはラブレターと呼ばれている、想い人に送るための特別な手紙だ。

 近年では電子的なメールにシェアを独占されている中、わざわざ手書きでしたためられたラブレターという伝達手段は年賀状に次ぐほど貴重な文化だろう。

 それは、お手本と呼ぶにはあまりにも分かりやすい状況であった。
 ようするに……この少女は告白しようとしてずっとここで待ち構えていたのだ。

 誰にだと? 少女の目の前で引きつった顔で冷や汗をかいている俺自身に対してだ。

 華やかな学園生活を送る上でいつかされてみたい異性からの愛の告白。
 早朝からの告白劇に遭遇してしまった登校中の生徒たちは、皆が皆、足を止めて野次馬となっている。
 本来であればここから甘くてスイートなラブロマンスが始まるのだろうと、その場にいた誰もが信じて疑わなかっただろう。

 しかし、少女のターゲットとなった当事者である俺自身、この状況に対して非常にげんなりとした気持ちに見舞われていた。

 そもそもこういうのは本来、下駄箱にでも放り込むべき投下物のはず。
 しかし、それは俺がこういう類を無視し続けた結果、こういう本人にダイレクトアタックという手段に打って出たのかもしれない。

「……仕方ない」

 ここで引いてもまた同じことが繰り返される。そう予感した俺は、渋面でラブレターという骨董物を手に取った。
 すると、少女は緊張が解けたのだろうか。嬉しげに表情を綻ばせる。

 そんな笑顔に、俺はこれから自分の起こすであろう手段に対する反応を想像して罪悪感がチクリと胸を刺す。

 ……だが、目の前の〝少女〟という生き物は、すでに俺の知っている意味から外れた非常識の一部に過ぎない。
 そう自分に言い聞かせながら、俺は心を鬼にして――

 ビリリリリリッ!

「――――えッ!」

 無言でラブレターを引きちぎった。

 その様を目の当たりにして、手紙を手渡した少女は信じられないといった表情に変わっていた。

 きっと……この手紙には、淡い彼女の想いが綴られていることだろう。

 だけど、俺はそんな気持ちを無視して手紙を破く。ビリビリと音を立てて、二枚に裂いたら重ねて四枚に、八枚になったら十六枚に破き続ける。
 勇気を振り絞って手渡されたラブレターは一文も読まれることなく、少女の目の前で何度も何度も引き裂かれる。

「……悪いな。これが、俺から君への返事ってやつなんだ」

 これ以上はシュレッダーでもなければ不可能というところま念入りに細かく裂いたあと、その残骸を手の平に乗せて少女に見せる。
 そこへ空気を読んでくれた風が吹き抜けると、ついさっきまでラブレターだった紙屑は、桜の花びらとともに青い空の彼方へ消えていった。

「ひ、ひどい。こんな、こんなのって……」

 手渡した少女の頬に涙が零れた。

 当然の反応だと思う。
 誰だって一生懸命書いたラブレターを読まずに破られたりなんかしたら泣くか、あるいは――

 ガァーン!

「――――ぐふぉお!」

 突然、顎に手痛い堅めの衝撃が炸裂して、俺は吹き飛ばされた。

 泣いていた少女は、手にしていた鞄の角で、俺の顎めがけてアッパースイングしたのだ。
 空中で軽いきりもみを描いて浮き上がった俺は、昭和のバトル漫画よろしくの構図で、頭から地面に落下した。

「痛ッ……つぅ……ッ!」

 見事なノックアウトに俺は仰向けに倒れたまま、すぐには起き上がれなかった。
 軽い脳震盪でぼやけていた視界が徐々に回復するのを待つ。やがて、目の前には俺を見下ろしている殴り飛ばした少女の姿が浮かび上がる。
 表情はそれまでと打って変わり、半泣きになった顔を真っ赤に染め上げ、怒りをこらえきれないといった様子であった。

「――最低です! それが、それが勇気を持って告白してきた乙女に対する仕打ちですか!?」

 肩を震わしながら怒気を隠すことなく爆発させたクラスも学年も知らない少女は、至極まっとうな言葉を吐き捨て御免に、昇降口とは違う学校の外へと走り去っていった。

「……それが人生のスタートダッシュから、本当の〝乙女〟だったんならそうなんだろうがな」

 その後ろ姿を見送りながら、誰にも聞こえない声でぼやいたあと、やれやれと身を起こす。
 周囲を見回すと、野次馬になってた学校の生徒たちから非難がましい視線を向けられていることに気付く。

 傍目からすれば悪いのは俺なのだろう。実際非難されて当然のことである。
 だけど、それは願ったり叶ったりだ。

「……フン」

 悪名が広がるならどんどん広がればいい。
 俺は、もうこの世界の女なんてものからラブレターやら告白なんぞされたところで、嬉しくて舞い上がることなんてありえないんだからな。

 俺は立ち上がって制服についた汚れを払い、身なりを整える。
 制服の前ボタンを全開にしてシャツを外に出しているだらしない格好。髪はとりあえずボサボサに逆立てているが、何ら染めてない黒髪だ。やや童顔寄りと揶揄される顔を精一杯悪っぽい目つきでいるように日々心掛けている。

 そんな自分の容姿を第三者目線で見たら〝不良〟というレッテルを貼ることだろう。
 もっとも、俺は本物の不良などではない。そう見られるように努力しているだけで、中身的には不良でもなんでもない。
 極々平均的な男子高校生でしかないのだ。

 なんでこんな面倒くさいことをしているのかというのも、今の世の中を〝ありのまま〟で過ごそうとしている者は、色々な不都合と厄介事を抱えているからだ。そのため、俺はできるだけ周りの人間と関わることを避けるため、このように慣れない不良の真似事をしている。

 俺は周囲の生徒たちに『ジロジロ見てんじゃねえ!遅刻するぞ!』とガンを飛ばすと、ギャラリーたちは散り散りになって逃げていった。

「よし、これでようやく――」

 陰口や視線が無くなったことを確認してから、俺も昇降口へ足を進めようとしたとき、

「こーやー!」

 間延びさせた俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

「おーい! こーやー! 木枯荒野!」

 振り返ると、一人の女生徒が手を振ってこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 明るい空色をしたリボンを、フンワリとした金色に近い栗色の長い髪に乗っけている。
 クリッとした瞳で浮かべる笑顔は明るさと親しみやすさを全面に振る舞い、制服のスカートは風でなびかせ、平均以上の大きさをした胸は大きく縦に揺れていた。

「おはよう荒野!」
「……おはよう、紅葉」

 こちらの顔を下から覗き込むように挨拶してきたのは庭咲紅葉にわさきもみじ
 俺と同じ形梨高校の一年で、クラスも同じAクラス。そして……小学生からの幼馴染でもある。そのため、俺のなんちゃって不良オーラはこいつの前では一切の効力を発揮しない。

「どうしたんだい? そんな罪悪感と無力感に挟まれて、一日分のやる気がごっそり理不尽さんに取り立てられてしまったって顔をしているよ?」
「……うるせえ、ほっとけ」

 ただでさえ最安値だったテンションがマントル突き破らんばかりに下降しているんだ。できることなら回れ右して登校拒否したい気分だ。

「しょうがないなー。それだったらボクが荒野に元気を注入してあげよう!」

 紅葉はそう言うなり、意気消沈して垂れ下がっている俺の左腕を掴んだかと思いきや、

 ムギュゥ!

 と、擬音が聞こえてきそう自身の胸の谷間に、腕を挟み込むようにして押しつけてきた。

「なッ! なあああああ!」

 突然の不意打ちに、俺は堪らず紅葉の腕を振り払って飛び退いた。

「キシシシ! ナイスリアクションだよ荒野。やっぱり荒野の新鮮な反応は癒やされるなー」
「こっちは癒やされねえよ! むしろダメージ受けてるぞ! そういうのやめろって何度も言っているだろう!」
「つれないなー☆ 子供の頃は一緒にお風呂にも入った仲なんだし、背中だって洗いっこしていたじゃないかー」
「なななッ!!!!」

 人懐っこい顔から一変して、紅葉は小悪魔的笑みで『キシシシ』と独特な笑い声をあげている。
 そんな紅葉を俺は真っ赤な顔で睨みつつ、屈辱的な高鳴りを続ける心臓を落ち着かせようとしていた。

「それより、聞いたよ聞いたよ。なんでもまた告白してきた女の子を盛大にフッたらしいじゃないか?」
「聞いていたんじゃなく、見ていたの間違いだろ」
「おー、そうとも言うね」

 否定しないということは正解なのだろう。こいつはあの野次馬に混じって「キシシシ」笑っていたに違いない。

「さてさて、高校になってからというもの、これで何度目になるのかな? 荒野がラブレターを貰ったり、告白された回数ってさ」
「……女から四回。男から……二十四回だ」

 苦虫をかみ殺すように、俺は数字を口にした。

「おー! 相変わらずモテモテだねー。これまでで一番のハイペースだ。このまま行けば半年経たずに中学時代の記録を抜けるんじゃないかな?」

 やめてくれ、本当にそうなったらどうしてくれる。

「しかし、何故。何故なんだ? こんなに悪っぽい不良のイメージを振り撒き続けているのに、それでも寄ってくる連中が減らないのはなんでなんだ?」
「それは荒野がどういう人間なのか知っている人が多いからだよ。だって、ここ地元民なら近いって理由で集まる高校だし、知ろうと思えばググるより早く、本来の荒野がどんな人なのかってバレるのも時間の問題じゃないかな?」

「うがああああああああ!!」

「大丈夫だよ、荒野。たとえ君という情報が、ネット上の非公式なファンサイトで様々な隠し撮り写真とともに流出していたとしても、君の寝息や寝言まで聞こえてしまえるくらいお隣さんな幼馴染のボクの方がずっとくわしーーあたっ!」

 余計なことを口走ろうとしていた紅葉に、手慣れたチョップを叩き込んだ。
 まったく。現在の俺がどのような状況で、どのような境遇なのか知らない紅葉ではないはずなのに、この小悪魔的な幼馴染は全て承知の上で実に愉しそうにからかってきやがる。

「でも、あの子もせっかく勇気を出して気持ちを伝えたっていうのにさ、それをわざわざ嫌われるやり方を選んで断るなんてひどい男だよ、君は」
「しょ、しょうがないだろ。この今の世の中の〝男〟とか〝女〟なんてものは、俺にとってはもう、まったく違う代物になってしまっているんだから」
「そうだねー。ボクは荒野が特異な状況に置かれているって事情は理解しているつもりだよ」
「紅葉……」

 そんな紅葉から慰めに近い言葉を掛けられた直後、

「でもね。しょうがないって理由でラブレターを破っちゃう〝男の子〟ってボクはどうかと思うよ。荒野はもう自分に関わらないように辛く当たったつもりなのかもしれないけど、そういう考えと行動は〝本物〟の男の子としてどうかと思うよ」
「あ……」
「少なくとも、そんな荒野、ボクはキライかなー」

 さりげなく叱られてしまったことで俺はハッとした。
 〝本物〟の〝男の子〟
 それは、それだけは……俺の手に残った唯一無二の手放さなかったもの。

 ……そうだ。周囲をいくら突き放すためとはいえ、俺自身が、俺という男としての質を落としていいはずがなかった。
  周りかどれだけ変わり果ててしまったとしても、俺は俺のまま、あの変質した3年という月日を乗り越えてきたんだから。

「すまん。ちょっと、やりすぎてしまったかもしれない」

 俺は素直に幼馴染に頭を下げる。

「うん。素直でよろしい。ボク、やっぱりそんな君が大好きだよ」
「おい、またそうやって人をからかって……」
「えへへ☆」

 ニコリと屈託の無い満面の笑みで返す紅葉。
 裏表はあるけど、自分のしたいこと言いたいことには忠実なこの幼馴染に、何度救われていたのか分からない。
 少なくとも、この紅葉がいたおかげで、俺は一人じゃなかったんだ。
 だって〝こんな姿〟になってしまっているのに、紅葉はずっと、あの時のまま〝男友達〟として俺の傍にいてくれているんだから。

 そういうわけで、次に告白された場合、多少面倒くさくても、できるだけ柔らかく且つさらなる追撃を防げるお断りパティーンを巡らせようとしたとき、

「それにしても、荒野はめんどくさいなー。その気になればハーレムできそうなくらいモテモテになれるのに、立つフラグを次々へし折っていくんだもん。ボクが荒野の立場だったら女の子に囲まれてウハウハだっていうのに、なにも変わらなかった荒野が羨ましいよ。はあ……」

 やれやれと肩をすくめる紅葉。言いたいことを言って気が緩んだのかもしれないが、その何気ない一言が――俺の逆鱗に触れることになる。

「どこのどいつが〝羨ましい〟だって?」

 紅葉が自分の失言に気付いて「あ、やば」っと口元を抑えた。

「この世界における男や女といった〝性別〟が、どんなもんでどうなっちまったかってことくらい、お前でも分かっているはずだよな? そんな世の中で、そんなもんに囲まれながら3年間耐え抜いてきた俺がうらやましい?」
「えっと、ごめん。もしかしなくても本音というか、欲望がポロリしちゃったかな?」
「そもそも紅葉。お前、自分が生まれた時の下半身がどんなんだったか覚えているはずだよな? 忘れたっていうんなら、この拳で……思い出させてやろうか!」
「あ、あははは……さよならー」

 ジリジリ後退していた紅葉は、脱兎のごとく昇降口へと駆け出していった。

「待ちやがれ!」

 振り上げた拳を降ろせぬまま、俺はこの女の姿をした幼馴染を追いかける。

 子供の頃には一緒にお風呂にも入ったり、トイレも同じだった――3年前まで俺と同じ〝男子〟だったこの幼馴染に! きついの一発ぶち込んでやるべく追いかける!

 もう、何もかもが嫌になる。

 どうして……こんなふざけた世界に誰がした。

 この街は都市開発も程々に、今でも川や山に囲まれた自然豊かな街だ。俺が幼い頃から生まれ育った街で思い入れも多い。

 そして、この形梨高校は、どこにでもあるありふれた高校であり『共学』だ。

 男子と女子の生徒が並んで通学する。それが日常として当たり前の登校風景である。

 ……でもな、ここにいる〝男〟と〝女〟が3年前そうじゃなかったとしたら?

 ある出来事がきっかけで、地球上の全ての生き物たちの性別がひっくり返ってしまう。そんな冗談みたいな大災害が起こってしまったとしたら?

 そんな何もかも入れ替わった世界には、俺という……何も変わらなかった【無転換者アンチ】の居場所なんて、どこにもあるわけがなかった。
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