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旦那様、私をそんな目で見ないでください!01
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今日から新しい家政婦さんがやってくることになっている。
間野響介は娘の雛と二人で休日の午後を自宅のリビングで過ごしていた。
雛は今年で八歳になる。五年前、病弱だった妻、鈴は二十八歳の若さで天に召された。
響介は大学で歴史学の助教授として教鞭をとっている。
妻の死後、家事全般をしてもらうため家政婦さんを雇うことにしたのだが、雛がなつかずこれまで何度も人を変えてもらっていた。
今回は無理を言って出来るだけ妻に年齢が近くて、雰囲気も似ている女性を家政婦紹介所に探してもらったのだった。
「雛、今日から新しい家政婦さんが来てくれるぞ」
響介は落ち着かない様子の雛を少しでも元気づけようと出来るだけ明るく言った。
「ひな、家政婦さん嫌い」
そう言うと、雛はお気に入りのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
雛はコロコロ変わる家政婦さんが初めて来る日は特にナーバスになる。
しかし、実際うちに来て働いてもらわないと雛との相性は分からない。今度こそは雛と相性のいい人であってくれと、神頼みするしかなかった。
チャイムが鳴る。響介が立ち上がると、雛は上着の裾をギュッと握った。
「大丈夫、パパが先に会ってくるから。それで、雛の気に入りそうな人だったらお家に入ってもらうからね」
「わかった」
雛は、八歳になった今では、少しだけ親に気を遣う子供になっていた。母である鈴が亡くなった時はまだ三歳だった。死というものが理解できず、どうしてママはいないの?と泣きじゃくる日々が続いた。
響介は玄関のドアを期待半分、不安半分の気持ちで開けた。
「初めまして。家政婦紹介所から来ました、倉本静音と申します」
「あ、ど、どうも…」
響介の挨拶が曖昧なものになってしまったのには理由があった。
今まで紹介してもらっていた家政婦さんと言えば、四〇代後半から六〇代までのベテランさんばかりだった。ところが今目の前にいる女性は、どう見積もっても三〇歳を越えているとは思えないほど若いのだ。
「ず、随分お若い方なんですね。失礼ですが年齢は…?」
「紹介状に書いてありましたとおり、二八歳です」
あまりに何度も紹介してもらっているため、だんだん紹介所任せになっていたことは否めない。しかし、あちらも我が家の状況は詳しく知っているはずで、今回だけなぜこんなに若い女性を紹介されたのか理解に苦しむ。うちには小さな子供がいるというのに、子育ての経験が無い様な(たとえ子供がいたとしても、年齢的に育て上げているわけがない) 人材を送ってくるなんて。響介は、この女性を雛に会わせるべきか決めかねていた。
「あの、大変失礼なのを承知で少しお話を聞かせていただいていいですか?」
「は、はい。どのようなことでしょうか?」
女性は紹介されて訪問した家の玄関で中にも入れてもらえず質問を受けるなんて思いもよらなかっただろう。申し訳ない気持ちはあるものの、響介にとっては雛のことが最優先事項だ。
「そちらの紹介所にはいつも大変お世話になっていまして、今回はその、いつもより若い年齢の方を送ってくださいとお願いしてはいましたが、余りにお若いので…。あの、うちの事情は詳しく説明受けていらっしゃるんですよね」
どんなふうに話しても失礼にしかならない。
「はい、お伺いするお宅のご事情は詳しく説明をうけております。お子様のことを心配なさってらっしゃるんですね?」
「ええ、そうなんですよ。何しろ娘が気に入らないことには、いくら家事のプロフェッショナルであってもお断りすることになってしまうんです」
響介は申し訳なさそうに答える。
「そういったことも全てお聞きしております」
それなら尚更だ。なぜ紹介所はこんな若い女性を送り込んできたのだろう?そんな響介の気持ちが顔に出てしまったのだろうか、倉本さんは毅然とした態度で答えた。
「間野さんがおっしゃりたいことはよく分かっております。今回私がお宅に来させていただくことになったのは理由があるんです」
「はあ…。そうなんですか」
響介はあまり興味のない様子で答えた。
「間野さんの奥様はピアノの先生をしていらっしゃったから、ピアノが弾けるということがお子様と接するきっかけになるのではと所長が申しておりました」
「それで、あなたはピアノが弾けるという理由でうちに?」
「はい。私、ついこの間まで幼稚園の教諭をしていましたので、一般レベルですがピアノを弾くことはできます」
「立ち入ったことをお聞きしますが、幼稚園の先生はどうしておやめになったのですか?」
雛の世話をしてもらうことになると考えると、つい熱が入ってしまう。
「お恥ずかしいのですが、腰を痛めてしまいまして。普通の生活でしたら問題ないのですが、ほぼ一日中子供を抱っこしているという状態が頻繁にありまですので、幼稚園の先生は腰痛持ちが多いんですよ。私は、もともと身体が小さいので体力的に無理だったのかもしれません」
「そうだったんですか。初めてお会いしたのに、色々聞いてしまってすみません」
「いえいえ、間野さんがお子様を大切に思っていらっしゃるということも十分聞いております」
間野響介は娘の雛と二人で休日の午後を自宅のリビングで過ごしていた。
雛は今年で八歳になる。五年前、病弱だった妻、鈴は二十八歳の若さで天に召された。
響介は大学で歴史学の助教授として教鞭をとっている。
妻の死後、家事全般をしてもらうため家政婦さんを雇うことにしたのだが、雛がなつかずこれまで何度も人を変えてもらっていた。
今回は無理を言って出来るだけ妻に年齢が近くて、雰囲気も似ている女性を家政婦紹介所に探してもらったのだった。
「雛、今日から新しい家政婦さんが来てくれるぞ」
響介は落ち着かない様子の雛を少しでも元気づけようと出来るだけ明るく言った。
「ひな、家政婦さん嫌い」
そう言うと、雛はお気に入りのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
雛はコロコロ変わる家政婦さんが初めて来る日は特にナーバスになる。
しかし、実際うちに来て働いてもらわないと雛との相性は分からない。今度こそは雛と相性のいい人であってくれと、神頼みするしかなかった。
チャイムが鳴る。響介が立ち上がると、雛は上着の裾をギュッと握った。
「大丈夫、パパが先に会ってくるから。それで、雛の気に入りそうな人だったらお家に入ってもらうからね」
「わかった」
雛は、八歳になった今では、少しだけ親に気を遣う子供になっていた。母である鈴が亡くなった時はまだ三歳だった。死というものが理解できず、どうしてママはいないの?と泣きじゃくる日々が続いた。
響介は玄関のドアを期待半分、不安半分の気持ちで開けた。
「初めまして。家政婦紹介所から来ました、倉本静音と申します」
「あ、ど、どうも…」
響介の挨拶が曖昧なものになってしまったのには理由があった。
今まで紹介してもらっていた家政婦さんと言えば、四〇代後半から六〇代までのベテランさんばかりだった。ところが今目の前にいる女性は、どう見積もっても三〇歳を越えているとは思えないほど若いのだ。
「ず、随分お若い方なんですね。失礼ですが年齢は…?」
「紹介状に書いてありましたとおり、二八歳です」
あまりに何度も紹介してもらっているため、だんだん紹介所任せになっていたことは否めない。しかし、あちらも我が家の状況は詳しく知っているはずで、今回だけなぜこんなに若い女性を紹介されたのか理解に苦しむ。うちには小さな子供がいるというのに、子育ての経験が無い様な(たとえ子供がいたとしても、年齢的に育て上げているわけがない) 人材を送ってくるなんて。響介は、この女性を雛に会わせるべきか決めかねていた。
「あの、大変失礼なのを承知で少しお話を聞かせていただいていいですか?」
「は、はい。どのようなことでしょうか?」
女性は紹介されて訪問した家の玄関で中にも入れてもらえず質問を受けるなんて思いもよらなかっただろう。申し訳ない気持ちはあるものの、響介にとっては雛のことが最優先事項だ。
「そちらの紹介所にはいつも大変お世話になっていまして、今回はその、いつもより若い年齢の方を送ってくださいとお願いしてはいましたが、余りにお若いので…。あの、うちの事情は詳しく説明受けていらっしゃるんですよね」
どんなふうに話しても失礼にしかならない。
「はい、お伺いするお宅のご事情は詳しく説明をうけております。お子様のことを心配なさってらっしゃるんですね?」
「ええ、そうなんですよ。何しろ娘が気に入らないことには、いくら家事のプロフェッショナルであってもお断りすることになってしまうんです」
響介は申し訳なさそうに答える。
「そういったことも全てお聞きしております」
それなら尚更だ。なぜ紹介所はこんな若い女性を送り込んできたのだろう?そんな響介の気持ちが顔に出てしまったのだろうか、倉本さんは毅然とした態度で答えた。
「間野さんがおっしゃりたいことはよく分かっております。今回私がお宅に来させていただくことになったのは理由があるんです」
「はあ…。そうなんですか」
響介はあまり興味のない様子で答えた。
「間野さんの奥様はピアノの先生をしていらっしゃったから、ピアノが弾けるということがお子様と接するきっかけになるのではと所長が申しておりました」
「それで、あなたはピアノが弾けるという理由でうちに?」
「はい。私、ついこの間まで幼稚園の教諭をしていましたので、一般レベルですがピアノを弾くことはできます」
「立ち入ったことをお聞きしますが、幼稚園の先生はどうしておやめになったのですか?」
雛の世話をしてもらうことになると考えると、つい熱が入ってしまう。
「お恥ずかしいのですが、腰を痛めてしまいまして。普通の生活でしたら問題ないのですが、ほぼ一日中子供を抱っこしているという状態が頻繁にありまですので、幼稚園の先生は腰痛持ちが多いんですよ。私は、もともと身体が小さいので体力的に無理だったのかもしれません」
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