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旦那様、私をそんな目で見ないでください!27

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 響介が目を覚ますと、静音の姿はもうなかった。一階からカチャカチャと食器の音がしている。

 響介は静音とつないでいた自分の手を見つめた。そして、その手を胸に置くとそっと抱きしめた。


「雛、朝だよ」

「ん、おはよう、パパ」

 雛は眩しそうに眼を開けた。

「あれ、パパ、なんかいい匂いする」

「そ、そうか?なんの匂いだろう」

 そんな会話をしながら一階に下りていく。

「おはよう」

「静音さん…、おはよう」

 雛はまだ眠そうだ。

「おはようございます」

 静音はテキパキと朝食を並べながら答える。昨夜の出来事など全く感じさせない爽やかさで。

「あ、静音さん、パパね、今日なんかいい匂いするんだよ」

「へえ、そうなの?」

「うん」

「どんな匂い?」

「えっとね、う~んと、あ、あれ、静音さんと同じ匂いだ」

 雛は、静音の身体をクンクンと嗅ぎ始める。

「じゃあ、きっと柔軟剤の匂いだと思いますよ。新しい柔軟剤を昨日から使ってるから」

「そうなんだ」

 雛は一応納得した様子で食卓に戻る。

 静音は雛にはわからないよう響介にウインクをした。

 昨日一緒に眠った時に静音のフレグランスが響介に移ったのだろう。

 やっぱり女の子は敏感だ。変な説明をする必要がないよう気をつけなければならないようだ。

「ねえ、パパ、静音さんと恋人同士になったの」

 響介は突然自分に向けられた質問に、飲んでいたみそ汁を危うく噴き出しそうになった。そうだった、昨日静音さんから雛にそう話したんだったな。

「あ、ああ、そうなんだ」

「ふうん。ねえ、もうチューはしたの?」

 ゴホッゴホッ。響介はご飯をのどに詰まらせて激しく咳き込んだ。

「雛、な、なんてことを聞くんだ」

 子供だとばかり思っていた雛がそんなことを考えていたなんて。響介はかなりショックだった。

「だって、恋人同士ってチューするんでしょ」

「そ、それは、まあ、そうだけど」

「ねえ、パパと静音さんはもうしたの?」

「雛ちゃん。恋人同士ですることは秘密にしとかなきゃならないの。そうしないと幸せな恋人になれないんだって」

 顔を白黒させて答えに困り果てている響介に静音が助け舟を出す。

「そうなの、パパ?」

「そうなんだ、だから雛にはお話しできない。でも、それで幸せな恋人になれるんだったら、雛は応援してくれるかい?」

「うん、雛、応援する。だって、静音さんが恋人だったらずっと家にいてくれるんでしょ?」

「そうだ」

「そっか、よかった」

 雛はそれで納得したのか、お茶を飲み終えると、朝の子供番組を見にリビングへ行ってしまった。

「やっと解放してもらえましたね」

 静音が小声で言った。

「いやあ、朝から参ったな」

「女の子は色々と気をつけないと大変ですよ」

「そ、そうみたいだな」

 響介は苦笑いをする。確かにまだ小さい雛に男女のあれこれを理解するのは難しい。しかし、それも静音さんが一緒にいてくれればどうにか乗り越えていけそうだ。

 土曜日の午後、響介は凛太朗の部屋を訪れていた。先日約束したとおり、静音とのあれこれを報告するためだ。律儀な自分の性格に少しウンザリする。

「お~い、うまいコーヒー入れてきたぞ」

「どうせインスタントだろう?」

「入れたてのインスタントだ」

 口の減らない奴だ。

「さ、さ、聞かせてくれよ」

 凛太朗はワクワクした表情で響介の言葉を待っている。

「そんなに期待する程の内容じゃないけど」

「またまたぁ、そんな前置きはいいから。で、彼女はなんで実家に帰ったんだよ、てか、そもそも両親が死んだなんて嘘なんでついたんだ?」

 凛太朗は次々と質問を浴びせかけてくる。

「待て待て、ちゃんと話すから。まず、両親が亡くなったってとの借金があるってい嘘は俺のうちにどうしても住み込みで働きたかったかららしい」

「ヒュ~、大胆」

 いちいち答えていたらキリがないのでスルーする。

「で、実家に帰ったのは、その…」

 この話は、やっぱりできれば言いたくない。

「その?」

「あ~、もう、言うよ!雛が林間学校に出かけた日、彼女が俺に迫ってきたんだ。だけど、俺はどうしたらいいか分からなくて、それに応えることが出来なかった。そしたら、次の日の朝、彼女がいなくなってたんだ」

「なるほど、なるほど」

 静音が迫ってきたことに対するツッコミはないのか?

「で、俺は慌てて彼女の行方を探そうとした。だけど、彼女の行きそうな場所なんて全く分からなくて、お前に助けを求めた」

「うん、うん」

「で、彼女が実家にいるって聞いて、半信半疑だったけど行ってみたら彼女はそこにいたよ。それで、彼女を説得してうちに帰ってきてもらったんだ」

 ここはあまり詳しく説明したくない。見逃してくれ凛太朗。

「だけど、嘘がバレたらすべてぶち壊しになるっていうのに、実家にいたってことはもうお前んちに戻らないって覚悟だったんじゃないの?どうやって説得したんだよ」

 痛いところをついてくる。

「そ、それは、一生懸命話して納得してもらったんだ」

「ほんとうか~?怪しいな~」

 凛太朗はニヤニヤしながら響介の顔を覗き込んでくる。

「雛のこともあるから、本気で戻ってきて欲しいって頼んだんだよ」

「ふうん。まあ、だいたいの話は美里ちゃんから聞いてるからいいんだけど」

 凛太朗はしゃあしゃあと言い放つ。

「なんだってー!じゃあ、俺がここに来る必要なんてなかったじゃないか」

 響介はまたからかわれたのを知り大声を張り上げる。

「いやいや、お礼としてお前の口から聞かせてもらいたかったからな」

 くそっ、またからかわれた…。いったいこいつと何年付き合ってるんだよ、俺。響介はウンザリとした表情で凛太朗を睨みつけた。

「そんな怖い顔するなよ。俺がお前のピンチを救ったことに変わりはないんだから」

 それはそうだが、それを盾に俺がジタバタするのを楽しむその根性が気にくわない。

「それにしても、静音ちゃんはよっぽどお前のことが好きなんだな~。あんな奥手な子がお前に迫るなんて」

 凛太朗がまた聞き捨てならない言葉を口にした。

「奥手?彼女が」

「ああ、美里ちゃんからはそう聞いてるよ」

 おかしい、あんなに積極的で性に貪欲な彼女がどうして奥手だと思われているんだ。しかし、そんなことを凛太朗に問いただすわけにはいかない。それこそヤブヘビだ。

「そ、そうか」

「あらっ?あら~っ。お前何か隠してるだろう」

「な、なにも隠してなんかない。お前に話すことはもうないみたいだから帰る」

 慌てて立ち上がる響介を凛太朗が逃すはずがなかった。

「いやいやいや、ぜ~ったい何か隠してるだろう。お前、これから静音さんとの間にまた困ったことが起こったらいったい誰に相談するつもりだ?俺以外にいないだろう」

 これは脅迫だ。俺の弱みにつけ込んで楽しむなんて悪趣味にも程がある。しかし、響介がそんな凛太朗を頼りにしていることもまぎれのない事実だ。くそっ!

 響介はやむなくもう一度ソファに腰をおろした。

「静音さんが奥手っていうのは本当なのか?俺には信じられない」

「それって、やっぱり俺が言った通りエロいってことか?」

 凛太朗の予想が当たっていたと認めることが無性に腹だたしい。

「まあ、そういうことだ」

「え~、具体的にどんなふうにエロいのか教えてくれない?」

「教えるか!!」

 響介は凛太朗の脳天にゲンコツをくらわした。

「いってー!暴力反対!!」

 凛太朗は頭を撫でながら口を尖らせている。

「もう、本当に帰るからな」

「もっとゆっくりしていけよ。せっかく来たんだから」

 そう言われても、凛太朗が楽しいだけで響介は全く楽しくない。

「やだよ、お前は俺をおもちゃにして楽しいだろうが、俺はまったく楽しくないんだから」

「そんな冷たいこと言うなよ。あ、そう言えば、今度の雛ちゃんの発表会俺たちも行きたいんだけどさ、詳しい場所と時間おしえてくれよ」

「あ、ああ。そうだな」

 話をすり替えられ、響介はまた凛太朗と会う機会をつくってしまった。しかし、雛の成長を一緒に喜んでくれる人物は一人でも多い方が嬉しい。凛太朗にはかなわないな。響介は心の中でタメ息をついた。
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