【完結】失くした記憶と愛の紋章

日車メレ

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記憶を辿る道1

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 男は数日間のこう留のあと、意外にもあっさり釈放された。
 使った魔法が実際には殺傷能力のないものだったこと、内戦により治安が乱れ、ほかにもっと監獄にいれるべき人間がたくさんいることなどが釈放された理由だった。一番の決め手は、妹が病であることに同情した王太子が情状酌量をするべきだと主張し、それが通ったという話だった。

(感謝など誰がするか……)

 取調官の前では、反省する態度と王太子への感謝を口にしたが、全てはもう一度やり直すための演技だ。

(もっと力がほしい、『伴侶』持ちにも勝てるような……、ヤツに近づく方法も必要だ……)

 どんな方法でもいい。男は力を欲した。例えそれが命と引き換えだとしても構わない。妹の墓前で彼は暗い炎を胸に宿し、そう願った。
 男が妹の眠る村に戻ることは、それきりなかった。


***


 ロゼッタとレオは、分かれ道の手前で森の中に入り、しばらく息を潜めていた。
 アレッシア特製のお守りを使っているのだから、森に入ってしまえば敵に見つかる心配はない。問題は二人の体が密着していることくらいだろう。時間さえあれば、もう一つお守りを作ることはできたはずだが、あまりにも急な出立だったから仕方がない。

「ロゼッタさん、怪我はありませんか?」
「大丈夫です。そろそろ離してください!」

 最初に敵と遭遇したとき、アレッシアが炎の矢を放ったのと同時に、二人は疾走する馬車から飛び降りていた。いくら魔法を使っているとはいえ、荷物を持った状態のロゼッタを抱え、大した衝撃もなく着地できるレオの身体能力は相当なものだった。

 もし敵と遭遇した場合、ロゼッタとレオが馬車を降り、アレッシアたちと別の街道を行くことは事前に決まっていた。敵は幌付きの荷台の中に、標的――――つまりレオが乗っていると思い込んで、アレッシアたちが向かった南寄りの街道に追手をかけるはずだ。ロゼッタとレオはおとりのおかげで安全に都へ向かえる、というわけだった。

「しっ! まだ、敵がいるかもしれませんから大きな声を出さないでください」
「わかってますよ!」

 街道から一端、急な斜面の森の中に入り、二人きりで身を寄せ合っているという状況はどうにも落ち着かない。
 敵がアレッシアたちを追って消えたのを確認し、二人はすぐに徒歩で街道を進む。
 分かれ道に辿り着くまで、ロゼッタはいつ敵が戻って来るかと気が気ではなかった。
 普段から森の中を歩き回っているロゼッタにとって、荷物を背負っているとしても歩くことは苦ではない。レオはロゼッタの歩みに合わせて比較的ゆっくりと歩いているのに、彼女の息は早くもあがり心臓がドクドクと音をたてている。

「焦らなくて大丈夫です。ロゼッタさんは私の後ろを歩いてくださいね。もし敵が来たら、迷わず森へ。いいですね?」

 ちらりと後ろを振り返り、ロゼッタを安心させるためにレオが優しく微笑む。

「ちょっと! どこからそんな自信が湧いてくるんですか? 記憶喪失でどこまで魔法が使えるのかあやしいのに」

 レオがロゼッタの一歩前を歩くのは、敵から彼女を隠すためだった。確かに魔法使いとしての実力は比べ物にならないのかもしれないが、立場としてはロゼッタが彼を守り、都まで届けなければならない。守られるのは逆だと思い、ロゼッタは頬を膨らませた。

「少し、元気になりましたか? あなたは怒ると元気になるんですね。……魔法のことなら、身体と『目』が覚えているので、心配ご無用です」

 魔法で一番大切なのは『視る』力だ。アレッシアが言うには、本来の摂理・法則を『視る』ことで歪めるのが魔法の力だということだが、ロゼッタにはいまいち歪めているという実感はない。だから半人前なのだろう。
 怒ると元気になると言われたことに、ロゼッタはさらに腹を立てる。けれど、あながち間違ってはいないので、彼女には言い返すことができなかった。
 そのまま分かれ道までたどり着き、しばらく歩くと極度の緊張から解放された反動で一気に疲労感が押し寄せてくる。

「休憩を取りましょう」

 北寄りの街道に入ってしばらく経ってから、レオがそう提案をした。

「だ、大丈夫ですよ! 私だって週に三日は森に入って一日中歩いているんです! 普通の女の子とは違うんです!」

 どうせ覚えていないのかもしれないが、レオが今まで接してきた女性はおそらく『十六家』のご令嬢や隣国の姫君だろう。アレッシアやヴィオレッタのように才能とやる気があれば女性でも近衛騎士や王宮勤めの魔法使いになるが、割合としては圧倒的に男性が多い。
 彼の常識の中にある女性と、田舎育ちのロゼッタは全く違うのだ。

 ちなみに、近衛騎士とは王や王族を守るために騎士の中から特に優れたものが選ばれる名誉ある職務だ。バレスティ国の近衛騎士は魔法と剣の両方の才があるものが選抜される。そうなると必然的にほとんどが『十六家』の者、またはその分家筋で固められることになる。女性で近衛騎士になったのは近世では『瑠璃色の魔女』とその後継者だけだ。

「でも、少し息があがっていますし……緊張もあるのでしょう? ここから都までは十四、五日もかかるのですから、初日から無理は禁物です」
「……わかりました」
「素直でよろしい」

 自分に向けられるレオの澄んだ青空のような瞳に心を読まれているような気がして、ロゼッタは落ち着かない。
 道の脇にあった大きな石に座るように言われて、彼女は大人しくそれに従う。レオは立ったまま荷物だけ足元に置いた。

 ロゼッタは改めて彼のことを観察する。
 レオの服装はブーツ以外全て、ロゼッタが簡単に直しただけのラウルのお下がりだ。とくに彼がまとう黒い外套がいとうはラウルの物をそのまま使っているので、少し大きくどこか不格好だ。

 森で助けたときに彼が来ていた服は、単なる旅人として通用するような物ではなかった。だから身分の証明につながるような物がないかを確認した上で全て灰にした。着ることのない服で旅の荷物を重くするわけにはいかない。そしてデュトワ家は敵に捜索される可能性があるので、残しておくことができなかった。
 彼の手元に残されたのは魔法使いの腕輪と一振りの剣だけだ。今は外套がいとうで隠れているが、レオの持っている剣は革張りの鞘に収められた実用的な物だった。
 これがもし、宝石で装飾された華美な代物だったらきっと扱いに困っていただろう。盗賊や獣が出ることもあるので、旅人が帯剣することは一般的だが、装飾のある剣を帯びていたら山賊に襲ってくださいと宣伝しているようなものだ。

「レオさんの外套や手袋はどこかの町で買い直した方がいいかもしれないですね。いかにも借り物という感じがして逆に目立ってしまいそうです」

 外套もそうだが、手袋は絶対に必要だ。彼の手のひらにある『紋章』を人に見られるわけにはいかないし、もし戦うとなった場合、大きさの合わない手袋ではまずいだろう。

「ですが……」
「お金のことなら、母からたくさん預かっていますし、母はタダで働く人ではありません。あとで十倍、百倍にして請求されますよ、きっと」
「そうですか。…………誰か来ますね」

 その言葉にロゼッタは警戒し、いつでも魔法を使えるように身構える。外套で隠れている腕輪に触れようとしたとき、レオが彼女の左手をつかんで止める。

「ここは街道なんですから、人とすれ違うたびにそんなに警戒していては逆に怪しいですし、身が持ちません」
「……ごめんなさい」
「いえ、人見知りの子猫みたいで可愛いですよ」
「なっ、馬鹿にしないでください! そういうの駄目だって何度言えばわかるんですか!?」

 その言葉でロゼッタの頬が一気に朱に染まる。赤くなった理由は羞恥心なのか怒りなのか、その両方なのか彼女にはよくわからない。

「おはようございます。休憩中ですか?」

 ロゼッタたちと同じレストリノの方から歩いてきた人物は楽器を背負った青年だった。
 深緑色の外套はぼろぼろで、羽根つきの帽子に隠れた髪はいちおう金色だということはわかるが、絶対に触りたくないと感じるほど傷んでいる。髪と同じ淡い金色の髭もまったく手入れがされていない。要するにかなり汚らしい青年だ。

 青年を観察しているうちに、ロゼッタはなんとなく違和感を覚え、その違和感がどこから来るのか探ろうとした。
 ロゼッタが感じるのだから魔力的なものではないかと思い青年をよく視ようとする。すると突然、正体不明の不安に襲われ、思わずレオに握られた手をぎゅっと握り返した。
 理由はわからないが目の前の青年が怖くて目を合わすことができないのだ。

「ええ、が疲れてしまったようで、ここで朝食でもと……あなたは奏者の方ですか?」
「リウト奏者なんですよ、これでも。都で稼いでやろうと思ってね。一曲どうです?」
「ははっ、朝から演奏を聴けるだなんて素敵ですが、あいにく妹の体調がよくないみたいで……この先の町でお会いできたらぜひに」
「妹さん、顔色が悪いですね?」

 奏者の青年がうつむき気味のロゼッタを覗きこむように屈む。目が合った瞬間ぞくりと嫌な感覚になり、ロゼッタはすぐに顔を背けた。

(なんで、なんでだろう……。この人が怖い! なにか変……)

 ロゼッタはレオの手をさらに強く握る。記憶喪失の病み上がりとはいえ、レオは超一流の魔法使いで剣の腕前も一流のはずだ。少し話しただけでも、随分と冷静で判断力のある人物だとわかるのに、なぜこの奏者については何も言わないのだろうか。それとも気がついていて平静を装っているのか。ロゼッタは自分の感覚に自信がなくなり眩暈を覚えた。

「大丈夫ですか?」

 座ったまま少しよろめいたロゼッタをレオが慌てて支える。頭のどこかで、レオに頼ったり甘えたりしてはいけないとわかっている。
 それでもこのときのロゼッタは支えてくれた手を温かいと感じてしまった。
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