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過去と真実、すれ違う想い5
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ロゼッタたちは朝早くサレルメの町を出て次の町へと向かった。その町が都に行くための最後の宿場町になる。
注意をしなければならないのは、二つの街道が合流したことにより、敵に見つかる可能性が高くなること。ここから先は十分に気をつけなければならない。
もう一つ、レオが指名手配中であることも心配だった。都に近づくにつれてレオの顔を知っている人間に会う可能性が高くなる。王太子がレオを疑っているはずはないだろうが、指名手配の解除にはそれなりに時間が掛かるはずだ。
都に連行されるだけなら、そこで無実を証明すればいいのだが、拘束された状態で敵に遭遇したら万事休すという状態になる。
ロゼッタたちがアレッシアと別れたとき、レオが指名手配されてしまうということまでは想定していなかった。
おそらく王太子かアレッシアのどちらかが都に着けば手配は解除されるに違いないのだが、それを確認するまで都に入ることは難しいのだ。
そして、ロゼッタはまだレオとの関係に悩んでいた。
昨日は思わず「変態騎士」と叫んでしまったが、少しやりすぎだったとさすがに後悔しているのだ。
以前のレオであれば、それでもロゼッタに笑顔を向けてくれたはず。けれど、今のレオはそうではない。もしかしたら、ロゼッタに呆れ嫌いになってしまったかと考えると、それだけで彼女は泣きたくなった。
今までの二人の関係はレオが一方的に与えるだけだった。ロゼッタが返さなくても献身的に尽くしてくれるという歪な関係は、彼女にとって心地良いものだったのかもしれない。
旅を始めたばかりの時、ロゼッタをルベルティ家に送り届ける任務がなければ都に行くつもりがないのだと彼は言っていた。それはロゼッタのこと以外は「レオ」にとってどうでもいい、という意味だった。
今の彼に同じことを聞いたらどうだろう。間違いなく同じ言葉は返ってこない。きっと都にいる王太子やヴィオレッタのもとへ帰ると言うだろう。
(ヴィオレッタ様。許嫁だったんだよね……?)
湖に面したミリアの町で賞金稼ぎの男から聞いた話を思いだし、ロゼッタの胸はまた痛む。以前は彼女に対する罪の意識、そして今はおそらく嫉妬だ。
ロゼッタが横を歩くレオの顔をちらりと覗き込んでも彼はどこか遠くを見つめている。
雲は厚く、そのうち雨か雪でも降りそうな空模様だ。頬がぴりぴりと痛むほど気温が低い。彼はこの先の天候を心配しているのだろうか。
「どうかしましたか?」
「なんでも……。今日は雪になるかもしれないですね」
本格的な冬にはまだ早いだろう。でもこの時期の雪は旅人には辛い。溶けかけの雪は雨粒のように外套に染みこみ容赦なく体温を奪うし、足下が滑りやすく危険だ。
「あの、レオさん。ヴィオレッタ様って、どんな方ですか?」
「姉上……ですか? 突然どうしたんです?」
「ちょっと気になって。『瑠璃色の魔女』の後継者ですから……」
ロゼッタのその言葉は嘘だった。気になった理由は『瑠璃色の魔女』の後継者だからではない。本当はレオがヴィオレッタのことをどう思っているのかを知りたかったのだ。
「そうですね。本当にアレッシア殿にそっくりですよ。姉上はアレッシア殿に憧れていたそうで、口調も真似していましたしね。……美しく、気高く、とにかく強い方です。魔法使いとしても騎士としても尊敬しています」
「そうなんですか……。噂には聞いていましたが、やっぱり母様にそっくりなんですね」
ロゼッタが尋ねたことなのに、ロゼッタ自身が聞いたことを後悔してしまう。娘であるロゼッタよりもアレッシアに似ているという部分にも、レオが「尊敬している」と言った部分にも、醜く嫉妬し劣等感を抱く。
(自分で聞いたくせに。へこむな、馬鹿ぁ!)
レオは無表情のままロゼッタを見つめる。ロゼッタは彼のその顔が嫌いだ。以前のように笑って欲しい。その顔を見るたびにロゼッタの胸は締め付けられるように苦しい。
「あなたも強いと思いますよ。少なくとも魔法の才能は私よりも上でしょうね」
「そうでしょうか?」
ロゼッタは自然とレオがつけている腕輪を見た。
さすがに一度に全て使うことを想定しているわけではないだろうが、彼の腕輪には十個の水晶が輝きを放っている。
水晶を二つ使っただけで倒れてしまったロゼッタよりも才能がないというのは納得がいかない。
「私には直系の方々のような才能はないんです。魔力を制御することに長けているだけですよ」
「でも! レオさんは近衛騎士で、ルベルティの跡取りなんでしょう? それに、ヴィオレッタ様が王家に嫁がなかったらレオさんが……あっ! ご、ごめんなさい!」
婚約者を取られたという繊細な話はするべきではなかった。
「かまいません。もう終わったことですから……。それより、ロゼッタは都に着いたらどうするつもりですか?」
「どうって?」
「都に留まり魔法の勉強をして仕官するつもりがあるのか、家に帰るのか……ということです」
その言葉にロゼッタは驚いた。都へ行くのは彼を送り届けるためだ。その先のことなど彼女は全く考えていなかった。もしかしたらヴァルトリ領が近いうちに戦場になる可能性もあるのだから、今後の情勢次第ということになるが、魔法を学ぶために都に住もうと思ったことなどなかった。
「そんなこと、全く考えていませんでした。でも、そうですね……私はそろそろ自分のことは自分で決めなきゃ駄目ですね」
今後どうするのか。それは師である母が決めることだとなんとなく思っていたロゼッタだが、考えてみればいつまでも母に従っているだけの存在ではおかしい。
「きちんと考えた方がいいですよ。あなたが帰りたいのなら、義父からあなたを守り、私が責任を持って家に帰しますから……」
ロゼッタの伯父であるリベリオが、アレッシアやロゼッタを都に呼び戻そうとしてアレッシアを怒らせた、という話は彼女も聞いていた。そして、リベリオがロゼッタを養子であるジェラルド……つまりレオの妻にしようと考えていることも。
「レオさんは帰った方がいいと思いますか?」
「はい。……都では、ルベルティ家では、あなたはきっと自由ではいられません」
全くためらわずにレオはそう口にした。
ロゼッタは臆病な自分を呪った。レオに引き留めて欲しいと思っているのに、素直に口にしない。仮に引き留めてくれたとしても、ロゼッタはそれに応えられるのだろうか。その覚悟がないのに、言葉を欲しがるロゼッタは本当に卑怯だった。
「……じゃ、じゃあ、帰ります! 私の家はレストリノですから」
結局彼女から出た言葉は、ただ意地を張っているだけのものだった。
話をしている間に、冷たい雨が一粒、二粒と天から降ってきた。
きっとロゼッタが自分の気持ちをはっきりと言えないままであるなら、時間と距離が二人を終わらせるのだろう。
冷たい雫が頬に当たるのを感じながら、彼女は勇気が欲しいと願う。
彼に今の気持ちを聞く勇気、そしてロゼッタが自分の気持ちを言う勇気。そのどちらも、彼女は持っていないのだから。
本格的に雨が降り出す前に、最後の宿場町にたどり着こうと考えた二人は無言のまま道を急ぐ。
右手に崖、左手は急斜面の森という細い道に差しかかった時、急にレオの表情が険しくなる。
「ロゼッタ。…………囲まれました」
「囲まれた?」
「ええ、待ち伏せのようです。ロゼッタは人間を気絶させる魔法は使えますね?」
「できます」
人ではなく、森の野生動物と出会ってしまった時のための護身用の魔法として習得したものだが、ロゼッタは雷撃の魔法が使える。
「では、躊躇わず使ってください。でも、気絶させるだけにしてください。これはあなたのために言っているのではありません。……経験のないことを最初から実戦でやるのは最悪の結果になりますから」
「わかりました……」
レオが言っている「経験のないこと」というのは、つまり人を害することだ。レオの言葉を理解したロゼッタはうなずいてから彼と背中合わせになり敵を迎え撃つ。
ロゼッタが対峙するのは、盗賊のようなお世辞にも綺麗とは言いがたい身なりの集団。そして、レオが対峙するのは道の後方から現れた近衛騎士――――ティーノ・サルヴィーニが率いる集団。
ティーノ・サルヴィーニはレオを見て心底楽しそうに笑う。
その目は血走っていて、レオの知っている親友の面影はまるでなかった。
いつの間にか雨に雪が混ざるようになっていた。
注意をしなければならないのは、二つの街道が合流したことにより、敵に見つかる可能性が高くなること。ここから先は十分に気をつけなければならない。
もう一つ、レオが指名手配中であることも心配だった。都に近づくにつれてレオの顔を知っている人間に会う可能性が高くなる。王太子がレオを疑っているはずはないだろうが、指名手配の解除にはそれなりに時間が掛かるはずだ。
都に連行されるだけなら、そこで無実を証明すればいいのだが、拘束された状態で敵に遭遇したら万事休すという状態になる。
ロゼッタたちがアレッシアと別れたとき、レオが指名手配されてしまうということまでは想定していなかった。
おそらく王太子かアレッシアのどちらかが都に着けば手配は解除されるに違いないのだが、それを確認するまで都に入ることは難しいのだ。
そして、ロゼッタはまだレオとの関係に悩んでいた。
昨日は思わず「変態騎士」と叫んでしまったが、少しやりすぎだったとさすがに後悔しているのだ。
以前のレオであれば、それでもロゼッタに笑顔を向けてくれたはず。けれど、今のレオはそうではない。もしかしたら、ロゼッタに呆れ嫌いになってしまったかと考えると、それだけで彼女は泣きたくなった。
今までの二人の関係はレオが一方的に与えるだけだった。ロゼッタが返さなくても献身的に尽くしてくれるという歪な関係は、彼女にとって心地良いものだったのかもしれない。
旅を始めたばかりの時、ロゼッタをルベルティ家に送り届ける任務がなければ都に行くつもりがないのだと彼は言っていた。それはロゼッタのこと以外は「レオ」にとってどうでもいい、という意味だった。
今の彼に同じことを聞いたらどうだろう。間違いなく同じ言葉は返ってこない。きっと都にいる王太子やヴィオレッタのもとへ帰ると言うだろう。
(ヴィオレッタ様。許嫁だったんだよね……?)
湖に面したミリアの町で賞金稼ぎの男から聞いた話を思いだし、ロゼッタの胸はまた痛む。以前は彼女に対する罪の意識、そして今はおそらく嫉妬だ。
ロゼッタが横を歩くレオの顔をちらりと覗き込んでも彼はどこか遠くを見つめている。
雲は厚く、そのうち雨か雪でも降りそうな空模様だ。頬がぴりぴりと痛むほど気温が低い。彼はこの先の天候を心配しているのだろうか。
「どうかしましたか?」
「なんでも……。今日は雪になるかもしれないですね」
本格的な冬にはまだ早いだろう。でもこの時期の雪は旅人には辛い。溶けかけの雪は雨粒のように外套に染みこみ容赦なく体温を奪うし、足下が滑りやすく危険だ。
「あの、レオさん。ヴィオレッタ様って、どんな方ですか?」
「姉上……ですか? 突然どうしたんです?」
「ちょっと気になって。『瑠璃色の魔女』の後継者ですから……」
ロゼッタのその言葉は嘘だった。気になった理由は『瑠璃色の魔女』の後継者だからではない。本当はレオがヴィオレッタのことをどう思っているのかを知りたかったのだ。
「そうですね。本当にアレッシア殿にそっくりですよ。姉上はアレッシア殿に憧れていたそうで、口調も真似していましたしね。……美しく、気高く、とにかく強い方です。魔法使いとしても騎士としても尊敬しています」
「そうなんですか……。噂には聞いていましたが、やっぱり母様にそっくりなんですね」
ロゼッタが尋ねたことなのに、ロゼッタ自身が聞いたことを後悔してしまう。娘であるロゼッタよりもアレッシアに似ているという部分にも、レオが「尊敬している」と言った部分にも、醜く嫉妬し劣等感を抱く。
(自分で聞いたくせに。へこむな、馬鹿ぁ!)
レオは無表情のままロゼッタを見つめる。ロゼッタは彼のその顔が嫌いだ。以前のように笑って欲しい。その顔を見るたびにロゼッタの胸は締め付けられるように苦しい。
「あなたも強いと思いますよ。少なくとも魔法の才能は私よりも上でしょうね」
「そうでしょうか?」
ロゼッタは自然とレオがつけている腕輪を見た。
さすがに一度に全て使うことを想定しているわけではないだろうが、彼の腕輪には十個の水晶が輝きを放っている。
水晶を二つ使っただけで倒れてしまったロゼッタよりも才能がないというのは納得がいかない。
「私には直系の方々のような才能はないんです。魔力を制御することに長けているだけですよ」
「でも! レオさんは近衛騎士で、ルベルティの跡取りなんでしょう? それに、ヴィオレッタ様が王家に嫁がなかったらレオさんが……あっ! ご、ごめんなさい!」
婚約者を取られたという繊細な話はするべきではなかった。
「かまいません。もう終わったことですから……。それより、ロゼッタは都に着いたらどうするつもりですか?」
「どうって?」
「都に留まり魔法の勉強をして仕官するつもりがあるのか、家に帰るのか……ということです」
その言葉にロゼッタは驚いた。都へ行くのは彼を送り届けるためだ。その先のことなど彼女は全く考えていなかった。もしかしたらヴァルトリ領が近いうちに戦場になる可能性もあるのだから、今後の情勢次第ということになるが、魔法を学ぶために都に住もうと思ったことなどなかった。
「そんなこと、全く考えていませんでした。でも、そうですね……私はそろそろ自分のことは自分で決めなきゃ駄目ですね」
今後どうするのか。それは師である母が決めることだとなんとなく思っていたロゼッタだが、考えてみればいつまでも母に従っているだけの存在ではおかしい。
「きちんと考えた方がいいですよ。あなたが帰りたいのなら、義父からあなたを守り、私が責任を持って家に帰しますから……」
ロゼッタの伯父であるリベリオが、アレッシアやロゼッタを都に呼び戻そうとしてアレッシアを怒らせた、という話は彼女も聞いていた。そして、リベリオがロゼッタを養子であるジェラルド……つまりレオの妻にしようと考えていることも。
「レオさんは帰った方がいいと思いますか?」
「はい。……都では、ルベルティ家では、あなたはきっと自由ではいられません」
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「……じゃ、じゃあ、帰ります! 私の家はレストリノですから」
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きっとロゼッタが自分の気持ちをはっきりと言えないままであるなら、時間と距離が二人を終わらせるのだろう。
冷たい雫が頬に当たるのを感じながら、彼女は勇気が欲しいと願う。
彼に今の気持ちを聞く勇気、そしてロゼッタが自分の気持ちを言う勇気。そのどちらも、彼女は持っていないのだから。
本格的に雨が降り出す前に、最後の宿場町にたどり着こうと考えた二人は無言のまま道を急ぐ。
右手に崖、左手は急斜面の森という細い道に差しかかった時、急にレオの表情が険しくなる。
「ロゼッタ。…………囲まれました」
「囲まれた?」
「ええ、待ち伏せのようです。ロゼッタは人間を気絶させる魔法は使えますね?」
「できます」
人ではなく、森の野生動物と出会ってしまった時のための護身用の魔法として習得したものだが、ロゼッタは雷撃の魔法が使える。
「では、躊躇わず使ってください。でも、気絶させるだけにしてください。これはあなたのために言っているのではありません。……経験のないことを最初から実戦でやるのは最悪の結果になりますから」
「わかりました……」
レオが言っている「経験のないこと」というのは、つまり人を害することだ。レオの言葉を理解したロゼッタはうなずいてから彼と背中合わせになり敵を迎え撃つ。
ロゼッタが対峙するのは、盗賊のようなお世辞にも綺麗とは言いがたい身なりの集団。そして、レオが対峙するのは道の後方から現れた近衛騎士――――ティーノ・サルヴィーニが率いる集団。
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