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アイリスフィアの章

母と息子

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「他国出身のそなたがこの国の宗教に馴染めぬのはわかっている。だが軽んじることは許さん」

「しかし、ガイウス様……!」

「黙れと言っている。それともセイレーンの涙について語ってくれるとでもいうのか?」

「な……」


 聖女レノアに対するサンドラ王妃の発言をガイウス陛下は窘める。

 けれどその台詞の中に聞き逃してはいけない単語が存在した気がした。

 何故王妃がジルク王子が利用したセイレーンの涙について語れるのだろう。



「……サンドラよ、そなたの故郷サイレンは海辺の街だったな」

「違います」

「何が違うのだ」


 王妃は先程までのレノアに対する剣幕が嘘のように青褪めて言葉少なになった。

 私はその態度と陛下の発言で察する。

 もしかしたら、いやきっとジルク王子に薬を渡したのは王妃なのだ。

 先程の彼女の発言を考えれば薬を使われた側の私の心なんてどうでもいいと思っているのがわかる。

 寧ろ私の努力が足りないせいでわざわざ薬を使う羽目になったと考えていてもおかしくない。

 そんなことを考えている内に王の追及はジルク王子に向けられていた。


「ジルク、お前がアイリスフィアに使った薬はどこから入手したものだ」

「ち、父上、それは……」


 母親とよく似た表情でジルク王子は口ごもる。愚かだと思った。

 何故わざわざ今日を選んで、よりにもよって大聖堂で彼は事件を起こしたのか。

 婚約解消をしたかったならもっと穏当な方法が幾らでもあった筈だ。

 彼だけの責任ではないが、ジルク王子の行動の結果王族の威容に傷が次々とついていく。主にジルクと王妃の二名にだが。

 人のことは言えない。私の評判だって地に落ちているだろう。王子との婚約を解消した後、新たな縁談は来ないかもしれない。

 私個人としては別にそれでも構わないのだけれど。寧ろ二度と婚約したくないという気持ちにさえなっている。

 サンドラ王妃が焦った様子で息子を叱る姿をぼんやりと私は見ていた。



「ジルク、なぜ口ごもるのです!行商人から買ったと言っていたでしょう!」

「は、母上。そうです、行商人から買ったのです!!」


 母親の言葉をそのまま繰り返すジルク王子の醜態に陛下が溜息を吐き、腹違いの兄であるグラン王子がいい加減にしろと怒鳴った。

 そういえばサンドラ王妃は婚姻前からジルク王子を孕んでいたそうだ。だから平気で息子にそんな薬を渡せたのだろうか。

 もし私が孕んでいても、その上でジルク王子は今日のように婚約破棄を言い立てていただろうか。

 きっともっと醜いことになっただろうなと私は自らの腹を服越しに撫でた。  

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