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10話 生と死

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 屋敷から運び出されたカリーナの遺体は数日後屋敷裏の森で発見された。

 どうやら彼女は散策時に「野犬に襲われた」らしい。流石に再度その亡骸と対面する気にはなれなかった。

 レイモンドは心臓発作による急死という扱いになった。私が妊娠中ということもあり葬儀は義父が取り仕切った。

 あくまで腹の中のレイモンドの子を考えてだと思うが有り難いことには変わりなかった。

 二人の人間が居なくなった屋敷内は奇妙な緊張感を保ちながら、それでも使用人たちは誰も辞めることがなかった。

 伯爵の業務は再度義父が行うようになった。私は無事に元気な子供を産むことだけを考えて生きた。

 夫が亡くなってから数か月後、私は元気な男児を出産することが叶った。それは私の人生の中で最も嬉しい出来事だった。

 レイモンドと同じ色の瞳を持った子供は義父により「ライナス」と名付けられた。

 義父は息子の面影を孫に見出したのだろう。生まれたばかりの彼を次期伯爵にすると宣言した。

 私は先代伯爵未亡人となり、幼いライナスにはレイモンドの従兄弟が後見につけられた。

 アーノルドいう名の後見人は伯爵の座を狙う野心とは無縁そうな男性だったが私は油断しなかった。

 かといって表立って釘を刺したり牽制したりなどはしない。

 恐れ過ぎもせず見下しもせず私はアーノルドに接した。

 メイドのシアについては結局警察に突き出すことはしなかった。理由は幾つかある。 
 
 指示役のカリーナが死亡していること。

 カリーナに過去の身分差を盾に脅されていたこと。

 私が口に入れるよりも前にシア自身が毒入りスープを床に落としていること。

 何より、このお粗末な殺人未遂事件を切っ掛けに警察が夫たちの件について嗅ぎつける可能性を義父も私も危惧した。

 シアはその後もメイドとして働き続けたが数年後に流感で死亡した。最後まで屋敷で面倒を見た。

 臨終間際の言葉は私への感謝と殺人者にならずに済んだことへの安堵だったという。

 迂闊で愚かで善良な彼女を私は少しだけ羨ましく思った。

 そして自分が死に瀕した時は決して誰も近寄らせず孤独に死ぬことを改めて決意した。

 何を口走るかわからないからだ。決して口外してはいけない秘密を抱えて私は死ぬのだ。

 レイモンドを殺したのは妻の私だった。  



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