女運の悪い悪役令息が不憫過ぎるので構ってみたら懐かれた件

砂礫レキ

文字の大きさ
39 / 73

39.肉はどこにいった

しおりを挟む
 一見すると貴族風の青年。
 真っ白なジャケットには染み一つ無さそうだ。
 金色の髪は室内でも見事な光沢をしている。裕福な人間であることは間違い無いだろう。
 しかし何か違和感を覚える。そして初めて見る人物なのに奇妙な既視感もある。

 彼は扉を開け放したままこちらをじっと見る。
 その時に違和感の理由が一つだけ思い当たった。
 彼は貴族のような身なりをしている割に誰も供を連れてきていないのだ。

 更に使用人なら兎も角貴族自身が平民向けの店に自ら足を運ぶことなど無い。
 現に彼の煌びやかな衣装は素朴な木造りの店内で浮いている。

 そのまま舞踏会に行きそうな格好にはやはり見覚えがある。
 街中でその恰好で出歩いている場違い感も。
 しかし明確な答えを見つけられないまま俺は見知らぬ客人に近づいた。

 普段は自ら客に近づくことなどしないが、相手は普通の客ではない。
 幸い今は他に客もいないし特別扱いだとクレームを入れられることもないだろう。

「本日は何かお求めですか?」
「……ケーキを、注文したい」

 愛想笑いを浮かべ尋ねると、不愛想にそう告げられた。
 その声にも聞き覚えがある。しかし誰かは矢張り判別出来ない。

 実は客商売をやっているとこういう感覚になるのは珍しい事ではない。
 なのに目の前の彼にだけやたら引っかかることが多いのを不思議に思いながら俺は会話を続けた。

「ケーキですか? ご予約でしょうか?」
「今すぐ買って帰ることは出来るのか?」
「はい、そちらのガラス棚にあるものでしたら大丈夫です」

 俺は透明のショーケースを指して言った。
 冷蔵魔法をかけてある特注品だ。このお陰で生菓子の販売も出来るのだ。

 彼は並べられているケーキの前に近づくと熱心にそれを見つめ始めた。
 甘い物が好きなのだろうか、それとも贈り物か。
 
 邪魔にならないよう後ろに移動して見守る。
 広い背中も真っ白で眩しい。高級なだけじゃなく隙無く手入れされたジャケットであることがわかる。
 靴だってピカピカに磨き上げられている。

 だからこそ一人で平民向けの菓子店に居るのが浮いている。
 店内は清潔で内装も落ち着くが貴族御用達のような高級感は無い。 

 そんな事を考えていると青年が不意に振り向いた。
 晴れた日の空のような青い目がこちらをじっと見る。

「おい、お前が以前持って来たのと同じものは置いていないのか?」
「以前?」
「確か……苺のケーキとフルーツのタルトとチーズケーキだ。どういう形だったかは潰れてたからわからないが」

 その声とケーキのラインナップが耳に入った瞬間、俺は雷に打たれたようになった。
 苺のショートケーキと季節のフルーツのタルトとベイクドチーズケーキ。

 それは俺が二か月前にゴールディング公爵家に配達したものと同じだ。
 そしてそれと全く同じものを欲しいと告げる声、街中に不似合いな真っ白いジャケットと高級革靴。
 豪奢な金色の髪に真っ青な瞳。

 その特徴に当てはまるのは。

「イオン・ゴールディング……」

 無意識に掠れた声で呟く。
 しかし彼の最大の特徴である大量の贅肉は目の前の青年には見当たらなかった。

   
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。 とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて── 「運命だ。結婚しよう」 「……敵だよ?」 「ああ。障壁は付き物だな」 勇者×ゴブリン 超短編BLです。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される

あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜

ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

処理中です...