女運の悪い悪役令息が不憫過ぎるので構ってみたら懐かれた件

砂礫レキ

文字の大きさ
49 / 73

49.

しおりを挟む
 憂鬱な気分を家族に悟られたくなくて俺は朝食を手短に済ませると配達の時間まで散歩に出ることにした。
 商店街は早朝から賑やかだ。屋台で朝食を食べている人々もいる。
 花屋は開店前らしくポプラの姿は居なかった。客層が早朝向きでは無いのだろう。

 既に営業しているのは食品系の店舗が多い。港ではもっと早い時間から魚の競りもやっているらしい。
 うちの菓子店は決まった業者から材料を購入し定期的に配達して貰っている。量が多いからだ。
 自宅で飲み食いする食料は当然だが商店街に買いに行く。試作用に使う果物とかもだ。

 だから商店の人々とも顔見知りで軽い挨拶を交わしながら俺は街の賑わいを肌で感じた。
 前世とは人々の服装も人種も全然違う。でもそれが嫌じゃない。

 俺はアリオ・ブルームとしてちゃんと生きていける。
 まだケーキを作ったりは手が震えて出来ないけれど、それも時間が解決してくれるだろう。
 過去の惨めな死の記憶を今の生活が完全に消してくれたなら。

 けれどその為にはイオンが転落死する悪夢を見なくなる必要がある。 
 思考が振り出しに戻り俺は溜息を吐いた。

「……散歩で嫌な夢も忘れられると思ったのに」

 小声で呟きながら商店街を通り過ぎる。
 日差しの強さを感じ俺は見慣れた街路樹の下に入った。
 木と土の匂いに気分が落ち着く。そういえばこの樹の葉は軽い鎮静効果があるらしい。

 路上での喧嘩や騒ぎの減少を願って植樹されたと前聞いたことがある。
 たまに住民が若葉を摘み取って茶にして飲んでたりもする。
 俺も医師に勧められて何度か同じことをした。

 ここからもう少し歩いた所にかかりつけの医院がある。
 俺が前世病を発症してから定期的に検診を受けている場所だ。
 その医師からは「前世病は基本完治することは無い」と宣言されている。
 
 当たり前だ、前世の記憶があるという事実は消えない。
 過去に振り回され支配されないよう生きるだけだ。無理やり過去の記憶を消そうとしてはいけない。

 昔、貴族の子供が前世病を発症し別人のようになったことがあったらしい。
 親は錬金術師を雇い禁忌の術と薬で前世の記憶を無理やり消そうとした。
 しかしそれは失敗し子供は廃人のようになり錬金術師は縛り首になったという話だ。

 この話を俺は二人の人間から聞いた。
 一人はかかりつけの医師、そしてもう一人は知り合いの錬金術師。
 どちらも絶対そんなことはしないようにという警告付きだった。

 父も姉も医師から同じ説明を受けて絶対しないと宣言した。
 どうやらその貴族以外にも無理やり前世の記憶を消そうとする家族は定期的にいるらしい。
 患者の意思を確認せず食事や飲み物に薬を混入させて。想像すると鳥肌が立った。

「やば……」

 半袖だから肌の異常が目立ってしまう。掌で自分の腕を何度かさすった。
 それで消えるものではないけれど。

「お寒いのですか?」
「あ、いや……」

 案の定心配するような声が投げられる。
 商店街の人だろうか。それにしては言葉遣いが上品な気がする。

 俺は声の方向に顔を向けた。

「あ……」

 品の良い老紳士がこちらを見ている。
 イオンの執事だった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。 とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて── 「運命だ。結婚しよう」 「……敵だよ?」 「ああ。障壁は付き物だな」 勇者×ゴブリン 超短編BLです。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される

あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。

推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜

ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。 ――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん! ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。 これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…? ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

悪役令息の兄って需要ありますか?

焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。 その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。 これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。

処理中です...