26 / 73
26.優しいからこそ巻き込みたくない
しおりを挟む
父親のケーキがゴミのように扱われたことが確かにショックだった。
イオンを殴ろうとして必死に堪えたぐらいだ。
でも我慢できたのは暴力だけで、俺はあの場で子供みたいに泣いていたというのか。
しかも泣きましたって顔で商店街まで歩いてきたとか。
「……精神的に死にそう」
完全に黒歴史だろう。俺もう十八歳だぞ。
この国では十八歳は大人扱いで結婚してる奴もそれなりにいる。しかも俺は前世で二十代だった記憶も持っているのに。
大人になってから泣いたことが無い訳では無いけれど、流石に恥ずかし過ぎる。
蛇口から水を出して乱暴に顔を洗う。
近代ヨーロッパっぽい国だけど都市部なら平民の家に当たり前に水道がある。たっぷりのお湯に浸かれる風呂もある。
前世の記憶を取り戻した時は突っ込みたくなったし自分がゲーム世界に取り込まれたとノイローゼになりかけた。
でも井戸とかじゃなく水道を使えるのは本当に便利だし、風呂の無い暮らしなんて耐えられない。
今では乗用車やバイクがあれば配達がもっと楽になるのにと欲張りな事すら考えている始末だ。
移動に関しては平民は良くて馬車止まりなのは地味にきつい。
噂では魔法や飛龍で移動したり出来る国もあるらしいが他国で暮らす予定は無かった。
そう移動事情に思いを馳せても鏡を見ると、恥を晒したことを思い出してしまう。
俺は濡れた顔のまま恨めし気に呟いた。
「何で誰も教えてくれなかったんだよ……」
「俺が教えてやっただろ」
独り言のつもりだったのに返答があってギョッとする。
振り向くと家主であるポプラが立っていた。
「ほら、乾いたタオル」
「……どうも」
顔を拭く為のタオルを手渡されて礼を言う。
ポプラは女好きだけど色々気が回って親切な奴だ。だから女性にも人気なのかもしれない。
背が高くて顔が良いという部分も大きいとは思うが。
俺はタオルで顔の水滴を拭うと、少し上にある友人の顔を見上げた。
いつも浮かべている笑みが無い。すると飄々とした雰囲気が消え、背が大きいせいで妙な迫力があった。
嫌な予感がした。
「で、なんで泣いてたんだ」
「……別に」
まあ、そりゃ気になるだろう。大の男が泣きはらした顔で歩いていたなら。
それが自分の友人なら尚更だ。こいつは親切だから家に連れて来て俺にそのを指摘して顔を洗わせてくれた。
でもそれ以上は掘り下げないのも優しさでは無いだろうか。
「別にってなんだよ」
「俺だって理由無く泣く時だってあるよ」
「理由無いのに泣いてたらやばいだろ」
それはそうだ。
前世で仕事が忙し過ぎた時に悲しくないのに涙が止まらなくなった時を思い出した。
俺はどうやらストレスにボロ負けすると泣くらしい。ケーキを壊されて涙が出た理由に今更気づく。
ポプラの指摘で涙の理由を自覚したが、それを馬鹿正直に話す気にはなれなかった。
こいつは軽薄なハンサムに見えて意外な程情に厚く優しい男なのだ。
ゴールディング邸でのイオンとのゴタゴタを正直に話したから、相手が高位貴族でも構わず怒鳴り込む可能性がある。
それにイオン暴走の原因になったディエについても報復めいたことはするかもしれない。
基本ポプラは女性には甘いけれど、何でも許す男じゃないのは長い付き合いで知っていた。
男女ともに知り合いの多い彼がディエを探し出すのは簡単だろう。
その上で嘘を吐いて俺を悪人にしたことを抗議する。
するとディエは多分イオンにそのことを言いつける。恐らく自分が完全に被害者だという形で。
そしてディエに惚れこんでいるイオンは再度怒り狂う。
結果、俺とポプラに対して公爵令息という立場と権限をフルに使って制裁しようとするだろう。
ポプラをあの面倒くさい二人に巻き込みたくない。俺はそう思った。
イオンを殴ろうとして必死に堪えたぐらいだ。
でも我慢できたのは暴力だけで、俺はあの場で子供みたいに泣いていたというのか。
しかも泣きましたって顔で商店街まで歩いてきたとか。
「……精神的に死にそう」
完全に黒歴史だろう。俺もう十八歳だぞ。
この国では十八歳は大人扱いで結婚してる奴もそれなりにいる。しかも俺は前世で二十代だった記憶も持っているのに。
大人になってから泣いたことが無い訳では無いけれど、流石に恥ずかし過ぎる。
蛇口から水を出して乱暴に顔を洗う。
近代ヨーロッパっぽい国だけど都市部なら平民の家に当たり前に水道がある。たっぷりのお湯に浸かれる風呂もある。
前世の記憶を取り戻した時は突っ込みたくなったし自分がゲーム世界に取り込まれたとノイローゼになりかけた。
でも井戸とかじゃなく水道を使えるのは本当に便利だし、風呂の無い暮らしなんて耐えられない。
今では乗用車やバイクがあれば配達がもっと楽になるのにと欲張りな事すら考えている始末だ。
移動に関しては平民は良くて馬車止まりなのは地味にきつい。
噂では魔法や飛龍で移動したり出来る国もあるらしいが他国で暮らす予定は無かった。
そう移動事情に思いを馳せても鏡を見ると、恥を晒したことを思い出してしまう。
俺は濡れた顔のまま恨めし気に呟いた。
「何で誰も教えてくれなかったんだよ……」
「俺が教えてやっただろ」
独り言のつもりだったのに返答があってギョッとする。
振り向くと家主であるポプラが立っていた。
「ほら、乾いたタオル」
「……どうも」
顔を拭く為のタオルを手渡されて礼を言う。
ポプラは女好きだけど色々気が回って親切な奴だ。だから女性にも人気なのかもしれない。
背が高くて顔が良いという部分も大きいとは思うが。
俺はタオルで顔の水滴を拭うと、少し上にある友人の顔を見上げた。
いつも浮かべている笑みが無い。すると飄々とした雰囲気が消え、背が大きいせいで妙な迫力があった。
嫌な予感がした。
「で、なんで泣いてたんだ」
「……別に」
まあ、そりゃ気になるだろう。大の男が泣きはらした顔で歩いていたなら。
それが自分の友人なら尚更だ。こいつは親切だから家に連れて来て俺にそのを指摘して顔を洗わせてくれた。
でもそれ以上は掘り下げないのも優しさでは無いだろうか。
「別にってなんだよ」
「俺だって理由無く泣く時だってあるよ」
「理由無いのに泣いてたらやばいだろ」
それはそうだ。
前世で仕事が忙し過ぎた時に悲しくないのに涙が止まらなくなった時を思い出した。
俺はどうやらストレスにボロ負けすると泣くらしい。ケーキを壊されて涙が出た理由に今更気づく。
ポプラの指摘で涙の理由を自覚したが、それを馬鹿正直に話す気にはなれなかった。
こいつは軽薄なハンサムに見えて意外な程情に厚く優しい男なのだ。
ゴールディング邸でのイオンとのゴタゴタを正直に話したから、相手が高位貴族でも構わず怒鳴り込む可能性がある。
それにイオン暴走の原因になったディエについても報復めいたことはするかもしれない。
基本ポプラは女性には甘いけれど、何でも許す男じゃないのは長い付き合いで知っていた。
男女ともに知り合いの多い彼がディエを探し出すのは簡単だろう。
その上で嘘を吐いて俺を悪人にしたことを抗議する。
するとディエは多分イオンにそのことを言いつける。恐らく自分が完全に被害者だという形で。
そしてディエに惚れこんでいるイオンは再度怒り狂う。
結果、俺とポプラに対して公爵令息という立場と権限をフルに使って制裁しようとするだろう。
ポプラをあの面倒くさい二人に巻き込みたくない。俺はそう思った。
380
あなたにおすすめの小説
四天王一の最弱ゴブリンですが、何故か勇者に求婚されています
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
「アイツは四天王一の最弱」と呼ばれるポジションにいるゴブリンのオルディナ。
とうとう現れた勇者と対峙をしたが──なぜか求婚されていた。倒すための作戦かと思われたが、その愛おしげな瞳は嘘を言っているようには見えなくて──
「運命だ。結婚しよう」
「……敵だよ?」
「ああ。障壁は付き物だな」
勇者×ゴブリン
超短編BLです。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!
月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、
花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。
姻族全員大騒ぎとなった
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
推し様たちを法廷で守ったら気に入られちゃいました!?〜前世で一流弁護士の僕が華麗に悪役を弁護します〜
ホノム
BL
下級兵の僕はある日一流弁護士として生きた前世を思い出した。
――この世界、前世で好きだったBLゲームの中じゃん!
ここは「英雄族」と「ヴィラン族」に分かれて二千年もの間争っている世界で、ヴィランは迫害され冤罪に苦しむ存在――いやっ僕ヴィランたち全員箱推しなんですけど。
これは見過ごせない……! 腐敗した司法、社交界の陰謀、国家規模の裁判戦争――全てを覆して〝弁護人〟として推したちを守ろうとしたら、推し皆が何やら僕の周りで喧嘩を始めて…?
ちょっと困るって!これは法的事案だよ……!
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる