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手にした戦果
魔法使いなんだって
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執務室にて本日作業している者はただ一人。
農務長トゥーレだ。
炉から戻ったクレイグは応接用の椅子に座ってだらりとのけぞっている。
「リロイが本気でマイた」
テオの足跡を追ってしまった。
騙されてしまった。
そんなに本気で行き先を隠したいなんて。
「赤ん坊の時から隠し事なんてなかったんだ。
嘘だあ。リロイが私に隠し事なんて」
「するだろ。もう大人なんだから」
今週中に冬小麦の納税に行く。
半期分の小麦の重量を確認しながらトゥーレは駄々っ子を一瞥した。
「ここにいる間はずっと子どもでい、た、い、の!」
悔しそうに椅子の肘掛けを叩く。
「実家には帰ったのか?」
「まだ」
「帰れ。心配してるんだぞ」
「平気だ。私は四男」
「領地にいるのはクレイグだけなんだから。実質長男だ」
クレイグの父より少し年上のトゥーレは家出息子を嗜めた。
「じゃあ、明日」
むーっと頬を膨らませたままクレイグは言う。
コラリー伯には息子が四人いる。
クレイグの母は上三人が一番活発な時期にクレイグを産んだ。
というかロードで周産期を過ごした。
兄三人が元気すぎて体調を崩してしまったからだ。
半年先に生まれたリロイを抱えて、エレーヌは隣の家の母子の世話も焼いた。
クレイグに歯が生える頃までロードにいたものの、母だけコラリーに帰った。
一番上の兄が都で見習い奉公に出る話が決まったので、その準備があった。
二番目、三番目、と次から次に行事が続いた。
クレイグはほとんどの時間をロードで過ごした。
もちろんコラリーから折に触れ心付けは届いていた。
でも、クレイグはあまり自分の親に頼ろうとは思わない。
何かあったとき思い出すのは、今でもエレーヌの言葉の方だ。
玄関から話し声がする。
館の主が帰ってきた。
「戻りました」
すごく生き生きした声音のわけを、聞き出したい。
クレイグは咄嗟にトゥーレを見た。
農務長は「余計なことを聞くなよ」という顔をする。
それを受けて執務室の戸口に顔を戻した。
扉が開いて、片手に剣を持ったリロイが顔を出す。
その指の間には紙があった。
素早く立ち上がったクレイグにはっとして、リロイは扉を閉める。
「何だよ、それ。見せたっていいだろ」
「まだ読んでないから見せていいか分からない」
「私をまいたな」
「やった。引っかかったんだな」
扉を挟んで言い合う。
双方向から力を加えられて軋みをあげる戸板が、折れそうだ。
「家を壊すんじゃない」
トゥーレの一喝で二人は動きを止める。
「書類仕事、してくれるのかな?
しないなら部屋へ行ってくれ」
こちとら納税の準備なのだ。
真剣にやっている。
反省したような顔をして、リロイは扉を開けた。
さっと紙は読んでしまったらしい。
クレイグが持っていっても何も言わなかった。
「剣を使ったのか?」
リロイの手にある長剣を見てトゥーレは驚く。
飾りの剣なのかと思っていた。
あんな大きい剣が、実戦向きとは思えない。
「治療師にもう振っていいと言われました」
にこっと笑って報告した。
完治したと分かり、農務長は書類に目を落とす。
明日、荷馬車に全部積めるかなあ。
「よしよし」
「何がですか」
不穏な頷きにリロイは眉を顰めた。
「植物学者。……リロイの治療師は、そんな人にも知り合いがいるのか」
手紙を見つつクレイグがテーブルに戻ってくる。
筆跡は女性だ。
綺麗でまっすぐな字。
普段から書き物をする人だとわかる。
書いたのは上等な紙。
インクにはムラがある。自家製かな。
「あの万能薬の木のこと尋ねたのか?」
クレイグの言葉にトゥーレはそちらを見た。
「リロイ様はそんなことを聞きに毎日出かけてたのか」
「魔法のことを教えてもらっていたんです」
「ま……っ」
紙を読みながらクレイグが吹き出す。
「リロイに教えてどうするんだ。魔法使いじゃない」
「魔法使いだというんだ。その人が」
「で? 何か買わされた?」
「買ってない」
「おかしな宮殿に連れてかれた?」
「ない」
予想通りの反応に、言うタイミングを間違ったと知った。
「傷を治してもらって、その上うちの庭の謎の木のことを調べようとしてくれた」
「ああ、……まあ、調べてくれたのは分かる」
世界でも珍しい木だと書かれている。
複数株あればひとつ掘り出して懸賞金を支払う団体に提出するといい。
研究機関でも調べたいはずだ。
この世に数種類しかない、強力な精霊が宿る不思議な木のひとつ。
別の木の精霊との生存競争に負けて消滅したと思われていた。
精霊の名はアズルニス。
ディアドラの見立てたとおり、精霊が宿っているはずの木なのだ。
「精霊なんて見たことないよなあ」
クレイグもそう言った。
「眠ってるんじゃないかって予想されてた」
「その、治療師が?」
顔を見合わせる。
「クレイグは実家に帰れ」
トゥーレが書類をリロイに向けなから言った。
「コラリー伯が知っているかもしれないぞ。
ここにロード領ができる前からいる一族なんだ。
昔話や文献が残っているかもしれない」
「……」
煩わしそう。
「リロイ様、これが納税所に納める分だ」
領主に仕事を託す。
その顔はすでに農務長寄りになっていた。
「そしてこちらが国営の穀物庫に売却する分。
支払いを受けたらそのまま買い物して帰ってきてくれ。
リロイ様の腕も治ったし、兵舎も後始末がひと段落だ。
ここでみんなを慰労しよう。
クレイグはとっとと行って帰ってこい。父上は先代師団長だろ。報告する義理がある。
ぐずぐずしてエールが台無しになっても知らないぞ」
「明日絶対行ってきます」
クレイグが口を一文字に結んで背筋を伸ばす。
農務長トゥーレは、頼りになった。
農務長トゥーレだ。
炉から戻ったクレイグは応接用の椅子に座ってだらりとのけぞっている。
「リロイが本気でマイた」
テオの足跡を追ってしまった。
騙されてしまった。
そんなに本気で行き先を隠したいなんて。
「赤ん坊の時から隠し事なんてなかったんだ。
嘘だあ。リロイが私に隠し事なんて」
「するだろ。もう大人なんだから」
今週中に冬小麦の納税に行く。
半期分の小麦の重量を確認しながらトゥーレは駄々っ子を一瞥した。
「ここにいる間はずっと子どもでい、た、い、の!」
悔しそうに椅子の肘掛けを叩く。
「実家には帰ったのか?」
「まだ」
「帰れ。心配してるんだぞ」
「平気だ。私は四男」
「領地にいるのはクレイグだけなんだから。実質長男だ」
クレイグの父より少し年上のトゥーレは家出息子を嗜めた。
「じゃあ、明日」
むーっと頬を膨らませたままクレイグは言う。
コラリー伯には息子が四人いる。
クレイグの母は上三人が一番活発な時期にクレイグを産んだ。
というかロードで周産期を過ごした。
兄三人が元気すぎて体調を崩してしまったからだ。
半年先に生まれたリロイを抱えて、エレーヌは隣の家の母子の世話も焼いた。
クレイグに歯が生える頃までロードにいたものの、母だけコラリーに帰った。
一番上の兄が都で見習い奉公に出る話が決まったので、その準備があった。
二番目、三番目、と次から次に行事が続いた。
クレイグはほとんどの時間をロードで過ごした。
もちろんコラリーから折に触れ心付けは届いていた。
でも、クレイグはあまり自分の親に頼ろうとは思わない。
何かあったとき思い出すのは、今でもエレーヌの言葉の方だ。
玄関から話し声がする。
館の主が帰ってきた。
「戻りました」
すごく生き生きした声音のわけを、聞き出したい。
クレイグは咄嗟にトゥーレを見た。
農務長は「余計なことを聞くなよ」という顔をする。
それを受けて執務室の戸口に顔を戻した。
扉が開いて、片手に剣を持ったリロイが顔を出す。
その指の間には紙があった。
素早く立ち上がったクレイグにはっとして、リロイは扉を閉める。
「何だよ、それ。見せたっていいだろ」
「まだ読んでないから見せていいか分からない」
「私をまいたな」
「やった。引っかかったんだな」
扉を挟んで言い合う。
双方向から力を加えられて軋みをあげる戸板が、折れそうだ。
「家を壊すんじゃない」
トゥーレの一喝で二人は動きを止める。
「書類仕事、してくれるのかな?
しないなら部屋へ行ってくれ」
こちとら納税の準備なのだ。
真剣にやっている。
反省したような顔をして、リロイは扉を開けた。
さっと紙は読んでしまったらしい。
クレイグが持っていっても何も言わなかった。
「剣を使ったのか?」
リロイの手にある長剣を見てトゥーレは驚く。
飾りの剣なのかと思っていた。
あんな大きい剣が、実戦向きとは思えない。
「治療師にもう振っていいと言われました」
にこっと笑って報告した。
完治したと分かり、農務長は書類に目を落とす。
明日、荷馬車に全部積めるかなあ。
「よしよし」
「何がですか」
不穏な頷きにリロイは眉を顰めた。
「植物学者。……リロイの治療師は、そんな人にも知り合いがいるのか」
手紙を見つつクレイグがテーブルに戻ってくる。
筆跡は女性だ。
綺麗でまっすぐな字。
普段から書き物をする人だとわかる。
書いたのは上等な紙。
インクにはムラがある。自家製かな。
「あの万能薬の木のこと尋ねたのか?」
クレイグの言葉にトゥーレはそちらを見た。
「リロイ様はそんなことを聞きに毎日出かけてたのか」
「魔法のことを教えてもらっていたんです」
「ま……っ」
紙を読みながらクレイグが吹き出す。
「リロイに教えてどうするんだ。魔法使いじゃない」
「魔法使いだというんだ。その人が」
「で? 何か買わされた?」
「買ってない」
「おかしな宮殿に連れてかれた?」
「ない」
予想通りの反応に、言うタイミングを間違ったと知った。
「傷を治してもらって、その上うちの庭の謎の木のことを調べようとしてくれた」
「ああ、……まあ、調べてくれたのは分かる」
世界でも珍しい木だと書かれている。
複数株あればひとつ掘り出して懸賞金を支払う団体に提出するといい。
研究機関でも調べたいはずだ。
この世に数種類しかない、強力な精霊が宿る不思議な木のひとつ。
別の木の精霊との生存競争に負けて消滅したと思われていた。
精霊の名はアズルニス。
ディアドラの見立てたとおり、精霊が宿っているはずの木なのだ。
「精霊なんて見たことないよなあ」
クレイグもそう言った。
「眠ってるんじゃないかって予想されてた」
「その、治療師が?」
顔を見合わせる。
「クレイグは実家に帰れ」
トゥーレが書類をリロイに向けなから言った。
「コラリー伯が知っているかもしれないぞ。
ここにロード領ができる前からいる一族なんだ。
昔話や文献が残っているかもしれない」
「……」
煩わしそう。
「リロイ様、これが納税所に納める分だ」
領主に仕事を託す。
その顔はすでに農務長寄りになっていた。
「そしてこちらが国営の穀物庫に売却する分。
支払いを受けたらそのまま買い物して帰ってきてくれ。
リロイ様の腕も治ったし、兵舎も後始末がひと段落だ。
ここでみんなを慰労しよう。
クレイグはとっとと行って帰ってこい。父上は先代師団長だろ。報告する義理がある。
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