その木かげで待つひとへ(1)光る道を進んで

端木 子恭

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背を預ける時

矛盾する誠実

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 魔法使いの施した治癒の技のおかげで、盗賊たちは怪我を治せた。
 頭痛が起こった者も命を取り留めている。

 ガエルを通じて出ていく人間も数人いた。
 残ってしばらく働きたいという者も多かった。

 ハーゼも残ることにした。
 主門近くの古い兵舎にそのまま住まうことにした。

 連れてきた職人や農民は捕虜が使っていた農村の家を何人かで使う。
 職人の中にはまだ修行中にさらってこられた人間もいた。
 できるならどこかの熟練工の元で再び修行したいと希望を口にしている。

 すでにフメルへは道路を作る職人とテオが向かった。
 舗装するわけではないので一週間ほどで戻ってくる。

 そうしたら家畜に食べさせる用の木の葉を入荷するのだ。
 それをアレスティアの他の領地へ売りにいく。
 畜産が主な産業である領地。
 ロードやコラリーからも飼料を仕入れたいと申し出てくれたところへ。

 そこではさらにフメルの木の実の出荷先の見込みをつける。
 
 そんな、商いの目処がついて楽しくなってきたところなのに。



「クレイグ? みんなと一緒にお茶しよう。
 料理係が心配して菓子を焼いてくれたよ?」


 リロイは立てこもる幼馴染を宥めようとしている。


「菓子だけ置いてけ。リロイはいらない」

 扉越しに困っているであろうその顔を分かっていた。
 けれどクレイグはそんな返事をする。

「扉開けて」
「やだ」
「菓子食べるよ」
「だめ」
「自分の部屋で籠城してくれ」
「やだ」

 クレイグが閉じこもっているのはリロイの部屋だ。


 花火のようなところがあるクレイグが怒っているのはよく見る。
 それに対してリロイが折れないのは初めて見た。

 家人は心配そうになりゆきを見守っている。
 今ごろトゥーレは家人一人一人に詳細を聞かれていることだろう。
 やれやれと頭を掻いている姿が目に浮かんだ。

 説得を束の間休み、リロイは片手で額に触れる。
 籠城の直前にくらった拳骨のあとがあった。
 大した痛みではなかったがすっと消える。
 本当に効果があるのだと驚いた。


 リロイが内緒にしていた治療師がディアドラだった。
 クレイグはまずそのことに怒っている。


 ディアドラがヘイデンの軍に所属する魔法使いで。
 あろうことか隊長を任されるくらいの実力があったことも怒っていた。

 彼女の身分を知ってなお、リロイが離れようとしなかったことにも腹を立てている。
 また今度って言ったことが信じられなかった。

 もう会ってはならないと言うのに、分かったと言わないリロイに怒っている。

 オーヴェに知れたらリロイの身が危険だ。
 リロイだけではない。ロードが危機に瀕する。

 治療師も、植物学者も、他にいる。

 わざわざ難しい立場の人間と付き合うことはない。
 なのにリロイはディアドラを拒まない。そのことが腹立たしい。

 リロイだって理解しているのに。
 クレイグに「分かった」と一言言えばいい。

 もう会わない、安心してと言えば、クレイグの籠城は終わる。

 でもそれは嘘をつくことになると明らかだ。
 だから言えない。クレイグに嘘をつきたくない。



 そんな心情も本当は分かっている。



「ディアドラがヘイデンの貴族で、軍の人間だっていうのはどうにもならない。
 会っていれば私やロードの立場が難しくなるって分かってるよ。
 でも、他の学者や魔法使いでは嫌なんだ。私は彼女から聞きたいことがたくさんある」
「あの人がそんなに優秀か?
 どんなに優秀だって、あの人じゃなきゃいけないことなんてないぞ。
 他にもっと詳しい人がいる。ヘイデンは学問の国なんだから」

 そうだ。ヘイデンから魔法使いではない学者に来てもらえれば。
 そういう人を雇えれば問題はない。

「彼女以外の人はロード全体を深く感じ取れない」

 地の精霊の力。命を司る魔法使い。

「私の魔法のことを私よりも知っている。最初に見た時に見抜いたんだ。
 私の魔力には役割がある。意味がある。
 そして薬の木だと思っていたものを木の精霊アズルニスだと名前を蘇らせた。
 危険を冒して駆けつけて、アズルニスを見つけた」
「そういう任務なんじゃないか? 諜報の命令を受けているとか」
「あれは任務じゃないよ」

 ディアドラの後輩も話していた。
 彼女の任務はヘイデン内部の事柄に関すること。
 リロイやアレスティアには関係ない。
 後輩の救出も、彼女が助けたくて任務を隠れ蓑に国外へ出ただけのことだ。

「制限のある身の上で精一杯たたかっている。そういう人だ。
 私はディアドラから聞きたい。
 もっと色々な話を聞きたい。魔法のことだけじゃない。
 ロードがどういう土地だったのか。どんな役目を負って、何をしていたのか。
 失われた精霊とのやりとりも、ディアドラと探していけば見つけられる気がする」


 クレイグにはない力。できない魔法。

 ディアドラがいいというのも理解できなくはない。
 ただ雇われてきただけでは情勢によってすぐいなくなってしまう。

 ロードに飛び込んできたあの姿は、掛け値なしの使命感。
 そんなものに衝き動かされているようだった。



「……クレイグは、ロードを本当の意味で守りたくはないか?」


 リロイは静かに尋ねた。


「ディアドラと会うのをやめて、国内の政治のために防護壁を立てるのは、間違ってない。
 でもそれでは私が何も知らないままなんだ。
 この土地のことを知らない。敵よりも知らないでいる。
 それこそロードにとって危険なことじゃないのかな」
「じゃあ敵を倒してからあの人に話を聞けばいい。
 わざわざつけ入る口実を与えるような真似をしなくても」
「何も知らないまま、オーヴェに勝てる?」

 年次評議会での影響力の強さを思い出す。
 オーヴェの利権を守るためにはロードの声なんか簡単にかき消された。

「それに、きっとオーヴェは何もしなくても口実を作る。
 そういう人じゃなかった?」

 その通りだ。
 何も知らないまま巻き込まれた事があったと苦い顔になる。

 知らないまま軍の上層に飛びこんだ。
 何も見えていないのに、同じ未来を描くリーンに味方した。

 危険なことをしているのはクレイグも変わらない。

「嘘だっていいんだ。ディアドラが私に教えてくれるのは任務の上だって構わない」

 扉の向こうでリロイが言った。

「私はロードを復興させたい。
 高い自治能力で国と対等に交渉できる領地にしたい。
 それがロードを守るということになる。
 そのためにはこの土地のことを深く理解しなきゃならない」

 これまでのままなら、誰も教えてくれないことだ。
 ロードのことを中枢から知る者はもういない。

 途切れてしまったものを復活させる必要がある。
 それはクレイグも薄々感じていることだった。

「無知でいるよりましだと思わないか? 危険でも、備えておく方が」

 クレイグは触れていた壁から離れた。

「危険に対処するのは領地のみんなだ。分かってて言ってるのか?」

 近づいてくる足音に気づいたらしい。
 リロイが幾分肩の力を抜く気配がした。

「うん。分かっている」

 声色は小さく笑っている。

「ロードにはクレイグがいるから平気だって、信じてる」

 扉が開いた。
 素早く飛び出したクレイグの両手がリロイの襟を掴む。

「そうだな。私はどうせ見張っておく」

 ぐいぐいと部屋に引き入れた。
 顔はまだ怒っている。

「先に言っておくぞ。
 『だから、やめろって言ったんだ! 碌なことにならない!』」

 クレイグは、この先どうなろうともうこの言葉は言わない。
 そして、これを言いたくなる事態が起きるかもしれないと感じていた。

「ほしい情報をもらえばいい。
 ロードが危ないと知れば私はリロイごとあの人を切り離すからな」

 これを言うクレイグの心が痛んだ。

「……うん」

 それでも受け入れる。
 リロイが選んだ道を進むことを。


 リロイはキッチンから預かっていた焼き菓子をクレイグの手に乗せた。


「一本全部あげる」
「おまえは私のこと簡単なやつだと思ってるな」

 案外簡単にちぎって食べる。

「思ってないよ」

 肩で笑う人間に説得力はない。
 そんなリロイが壁に視線をやった。

 クレイグがどうしてこの部屋に立て籠ったのか理由に思い至る。
 壁に近寄って無数のピンあとをなぞった。

「……」

 壁に寄せられた、幼い頃に使っていた寝台に腰かける。
 今はソファのような扱いになっていた。

 ここで母とクレイグと三人で毎晩のように話した。
 冒険の地図をかいた。
 作ってみたい武器を想像した。
 騎馬にしたい動物を空想した。

 この壁一面に描いた夢。

  クレイグは一人ここに取り残されたような気分だったんだ。

「ごめん、クレイグ」

 それはクレイグと元いた場所に戻るための謝罪ではなかった。

 もう歩き出してしまった。
 いつの間にかそうしていたことを謝った。

 行ってくると伝えるいとまもなかった。

「うん……」

 遠くに行く前に一度だけ、リロイが振り返ったような言葉だった。
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