ただの魔法使いです

端木 子恭

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雪に閉ざされて

お仕事、お仕事

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 初雪が降り終わって少し経った頃だった。
 もうこの冬はとけないと決意を固めた雪が三日ほど降り続いた。

 城壁の外にはすでに腰の高さほどの雪が積もっている。

「師匠、本気?」


 グラントは静かなる抗議の目を向けた。

 服装はかなりの重装備である。
 ウールが詰まった外套を着ていた。
 その上に裏地がアザラシの毛皮のケープを羽織っている。

「起き抜けのおつかいとしては最悪ですよ」

 視線が突き刺さったのは初老の男性だった。
 彼よりは短めの杖を持っている。

 グラントの師匠、魔法使いジェロディだ。

「きんきゅうって、言うからさ。行ってやってくれないかな。
 グラントが行けばあの人元気になるし。ね」

 緊急、のところだけ妙に強調する。

「じじいの緊急はいつでもいい用事って決まってんだよ」

 はー、と毒づくが、大きな声を出したりはしなかった。

 真っ黒な髪がだるそうに伸びかけている。
 前髪の合間から覗く黒い瞳も気だるげで、もう行きたくないオーラ全開だ。
 
 呼びにきた御者は早く出たそうにそわそわしている。

 トナカイに引かせた2輪の馬車だった。
 今は車輪にそり板が固定されている。

 目的地までは夏でも徒歩で1日半かかる。
 この動物は、その距離を日中だけで駆け抜けてくれた。

「七日経って戻らなかったら店は解約してくださいね」

 きっとそうなった時は雪の中で召されている。
 春まで出てこない。

 師匠に万が一のことを頼んでソリに乗り込んだ。

 目的地はここよりもっと北の地方。
 今は引退した元将校コーマックの領地へ行く。

「じいさんによろしく。ジェロディは元気ですと伝えて」
「元気ならあんたが行ってください」
「まあまあ」

 ぽんとたぬきの毛皮の帽子をかぶせられた。
 手も革と毛皮でできた手袋だ。
 これから突っ切るのは、花もその姿のまま凍る極寒地。

 いってらっしゃーい、と師匠の気楽な声を受けながら出発した。

 御年六十歳手前のジェロディ。
 彼は現役時代、強い魔法使いだった。
 強さの目安は、騎士団に所属するくらい、らしい。

 今日向かうのはその時の上司コーマックの住む辺境伯領だ。
 荒地なので統治を引き受ける者がいなかったのだろう。

 無駄に広大だった。
 
 風の吹き荒ぶ冬の光景を思い起こして眉が寄る。
 暦の終わったこの時期は、生活も底冷えしてきていて、おつかいなんて元気はなかった。

 領地に入ってすぐ活火山がある。
 いつでもどこかから煙や水蒸気が噴き出していた。
 気軽にハイキングとはいかない。
 だがその山のおかげで領地内に雪はほとんど積もらないのだ。
 
「領地に入るまでがなー。辛いですよねえ」

 隣の御者に話しかける。
 延々と続く峠道には雪が降り出した。
 初冬の雪は細かく、湿っている。

 すでに二人とも顔面に霜がついていた。
 
「本でも読もうと思うんですけど。……好きです? 本」
「本ですか?」

 御者はこの状況でどうやって読むのかと怪訝な顔をする。

「精霊に読ますので。……何がいいかなあ」

 リュックをごそごそあさって本を取り出した。
 それをケープの中に入れる。
 抱いていた杖を持ち直して精霊を呼んだ。

「アリア」

 呼ばれた精霊は本の上、ケープの中に現れる。
 どんぐりの葉で作られた帽子をかぶっていた。
 見かけは5~6歳の少女である。
 桑で染めたような黄色いチュニックを着ていた。
 リネンの靴でトントンとケープをつつく。

「この本を読んでくれ」

 妖精の声は不思議と耳に届いた。
 露出した肌が裂けそうに痛かったけれど。
 なんとか昼過ぎまでは気が紛れる。

 
「それ、すごくいいな。なんていう魔法ですか?」

 御者が感心したように言った。
 峠道を下りに入ったところだった。
 小道に入るところに犬ぞりのあとが見える。
 こんなところに誰か住んでいるんだなとグラントは思った。

「これは魔法というか……。
 本の精霊、アリアと主従契約しているんです。
 呼び出せば本を読んでくれます。
 どんなにうるさくても近くにいればアリアの声は届くんです」


 子どもの頃、捨てられてた本に宿っていたのを見つけた。
 本をたくさん読ませてやると言ったら従者になってくれた。

「精霊も労働者かぁ」

 御者は複雑な顔をする。

「アリアは本を読みたい精霊です。
 これは願ったり叶ったりの仕事」

 グラントはそっと笑った。

「精霊の使役はもっと大変な作業かと。
 魔力で押さえつけながらこう……。必死でやるんだと思ってた。
 そうじゃないんですね」

 御者が言うのに、魔法使いは「間違いではないですよ」と答える。

「わたしはたまたま母が魔物でしたから、格下の精霊などと主従関係が結べるんです。
 わたしの方が格上だと分かると彼らはいうことを聞いてくれます」

 なんか微妙な空気が流れた。

 グラントは普段、そのことをなんとも思わない人間たちに囲まれて暮らしている。
 だから時々やらかしてしまうのだ。
 魔物を受け入れられない人間の前でもそれを見せてしまう。

 またやってしまったのかな、という顔になった。
 母が魔物であったことはどうしようもない。それが事実だ。
 それでも、初めて会う人の表情が一瞬固まるたびに、心がざわつく。

「あー……。魔物、嫌いでした?」

 御者に気を遣ってちょっと身を端に寄せた。

「いや、いや。
 そういうもんなんだって初めて聞いたから。
 驚いてしまって。不躾ですみません」

 御者は戸惑いながら謝罪する。

「都には一人、魔族の侯爵様もいるもんな。
 意外と見た目がわからないだけでたくさんいるのでしょうね」
「そうですね」

 ほとんどが人間とさして変わらない能力の魔物だ。
 都で行き交うたびに思う。

 ちょっと力持ちだったり、ちょっとだけ人間を騙すことができたり。

 その程度の力を、純粋な人間は恐れる。

 グラントなどもそうだ、と自分では思っていた。

 従う精霊たちはどれも可愛らしいものたちだった。
 アリアを初め、使いでがわからないところで言えば、例えばエコー。
 音の精霊なのだが、どこでどう役に立つ?

 きっと力の強い精霊たちはグラントなど視界に入らないのだ。





 日が沈む前に領主の館に到着した。
 やっとの思いで来たのにホールで出迎えた老人は相変わらず気難しい顔をしていた。

「遅い。うちの家畜が凍死してしまうだろう。さっそく探しにいけ」

 確かジェロディより5歳年上と聞いている。
 戦の傷の後遺症があり、腰の高さの杖をついて歩いていた。
 背中が曲がってやっとグラントと目線が合う。
 現役時代は王直下の騎士団にいたくらいだから、体格がいいのだ。
 
「旦那さま、無茶を言ってはいけません。
 この辺りは雪がつもらないだけで、普通に氷点下です。
 旦那さま以外の人間は死んでしまうんです」

 トナカイをしまってきた御者がちくりと制する。
 主人は口を歪めて押し黙った。
 それを確かめて使用人用の棟へ引っ込んでいく。

「師匠から、元気にしておりますと伝言です」

 グラントは相変わらずの伯爵の前で微笑んだ。
 顔が怖いだけで、あとたまに無茶苦茶を言うだけで、根は情のある老人だと知っている。
 温泉好きで、領内の至る所に温泉施設を建てて領民にも開放していた。
 
「どうぞ湯殿をお使いください。冷えたでしょう?」

 女中長がグラントを促した。彼女はもう20年働いている。
 グラントがミールズ孤児院に来た時にはいたから、付き合いが長い。

「グラントは見るたびに大きくなりますね。今いくつになりました?」
「春には二六になります」

 もう大きくはなってない。
 そう思ったが黙っていた。

「家畜をつかまえて欲しいっていうのは口実なんです。
 旦那さまはグラントの顔が見たかったの」

 そう言ってくれる彼女に老人と青年はお互い首を傾げる。

 こういう顔しかできない人である。
 面とむかって優しい言葉なんかかけられない偏屈な人。

 ともあれ冷え切っていることは確かだ。
 グラントは客用の棟へ進む。
 建物の中はどこも暖かく快適だ。
 石造りの館はしっかりと外の冷気と中の暖気を分け隔てる。

 明日は朝一番に起こされそうだ。
 グラントは成長が止まってからずっと着ているセーターに綻びを見つけた。
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