ただの魔法使いです

端木 子恭

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貿易島

目撃者

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 今回の区間は比較的天候に恵まれた。
 ポノの働く船は、客船である。

 観光客船ではない。
 島から島へ「話」を売りに行く人を乗せて運ぶ。
 おもしろい人が多いが、胡散臭い人も中にはいた。

 ポノは貿易の島に立ち寄っては人の良さそうな船員から土地の話を聞く。
 強く興味をひかれる場所があったら、仕事を辞めて行ってみようと考えていた。

 ところが、何年経ってもここぞという土地が決まらない。
 ポノが話を聞いた人の国は100を超えた。
 どれも魅力的で、楽しそう。

 国の名前と特産品、おおまかな場所くらいはメモしてあった。
 時々振り返って読んでいる。

 その度に想像がふくらんで、ワクワクするのだが、今の仕事をやめられていなかった。

 今日も接岸後、鞄にノートをねじ込んで下りた。
 客は飲み屋街や歓楽街へ向かう。

 ポノは桟橋をひとつひとつ歩いた。
 船を見て、見たことがない国のがあれば船員を探す。
 
 1つ、海の上の小島の王国だという船があって、話を聞いた。
 海底に住む珍しい魚が特産品で、生きたまま世話しながら売り歩くのだという。
 大きくはないが幅が広い変わった形の船に招かれた。
 船底の生簀で、目がとてつもなく大きい魚と挨拶する。とても美味しいのだそうだ。
 すっかり話を聞き入ってしまった。


 その船を下りたときには、島のガラスの灯籠が全て灯るくらいの時間になっている。
 お腹が空いたのを思い出した。
 ポノは黒色の天パをがしがしやりながら駆け足で倉庫の並ぶところへ行った。

 この島は初めてきたのでまだどこにどんな飯屋があるのか知らない。
 右往左往しながら探していると、知っている顔を見かけた。

 もう食事が済んだのなら、おすすめを聞こう。

 そう思って後を追った。
 その人はジャジットと言って、ポノより少し年上だった。年上だが、後輩だ。
 ひとつ前に立ち寄った貿易島で船長が雇った。
 手足がとっても痩せていて、胴だけぽっこりしている。
 変わった体型の人だ。そのジャジットが、知らない国の倉庫の前で止まる。

 入り口のところにいた護衛の人と話しているみたいだ。
 その人の影に隠れたと思ったら、見えなくなった。

 ポノは目をしばたかせながらその前を通り過ぎる。

 ジャジットみたいな特徴的な後ろ姿の人を簡単に見失うなんて。
 どこかお店に入ったんだろうか?
 護衛の人はなぜだかぼうっとした表情をしていた。

 倉庫をいくつか過ぎたところで振り返ってみる。
 ジャジットは、先ほどの倉庫の前を歩いていた。荷車をひいている。
 荷物には油の染みた布がかかっていた。

 急に決まった取引だと思った。
 ジャジットは仕事中。


 そう思ったが、ポノはなんとなく再び彼についていった。
 知らない船が停まっている桟橋へ入っていく。小型船の前で止まった。

「……」

 ジャジットは、樽をひょいと持ち上げて、屋根の下へ隠してしまう。
 ポノはどきんとして、それから一目散に飯屋の方へ走った。
 目は合わせなかったから、ポノが見てたって気づいてない。多分。気づいてない。気づかないで。

 何を選んだのか記憶にないが、とにかく何かを食べた。
 お腹いっぱいになったら落ち着くと思って。
 だけど落ち着かないから店を見て歩いた。背後を何度も確認した。

 飯屋が徐々に閉まっていく頃、飲み歩いている船長に捕まった。

「ポノ、泥棒が出たんだって」

 ぎくっ! となって変な顔をされる。

「どっかの国の油の樽がなくなったんだと。
 見張りを襲ったり手荒なことはされていないらしいが、気をつけろ。
 早めに宿へ戻るんだぞ」

 自分はまだ飲み歩くつもりのくせに、船長はそんなことを言って離れていった。

「泥棒……」

 ジャジット。彼だ。あれは取引じゃなかった。
 しかも彼は人間じゃない。片手で軽々油の樽を持ち上げられるなんて魔物だ。

 かあぁっと体が熱くなる。汗が吹き出してきた。
 どうしよう。ジャジットに面と向かって言えるか。何も知らない。見てない。

 口の中で「見てない」を練習していたら、数歩先に当人がいた。

「ジャ……」

 普通に話しかけようとしてみる。なのにポノの唇は震えてしまった。

「ああ……」

 顔の筋肉を動かさないまま彼は声を漏らした。
 その「ああ」は、分かっている……。

 ポノは店と店の間に走り込んだ。ゴミの山やうずくまっている人が足に引っかかる。

「見たんだね」

 突然耳元でジャジットの声がした。

「ああぁっ」

 怖くてひたすら走る。誰かに助けて欲しいのに、向かう先にはどんどん人気がなくなっていった。

「助けて……」

 うまく声が出ない。
 だって、あれは人間じゃない。勝てるわけない。

 港が見えた。どこかの船員がいるかもしれない。
 ポノは期待してそちらに向かった。

「助けて!」

 叫んで、よく見たら、そこは船を捨ててある場所。あかりも何もない。きっと無人だ。

「……」

 力が抜けていく。走ったって無駄だったんだ。
 だんだん速度が遅くなった。
 ポノがうつむきかけた時、足音が聞こえてくる。

 前方から。人だ。人の足音。
 ポノは顔を上げた。同時に誰かとぶつかった。

「魔王」

 背の高いその人は何かに話しかけた。

「ど派手にどうぞ」

 完全なる無心の表情で。無表情でそう呟く。

 夜の空よりも暗い漆黒の翼が広がった。
 鳥の魔物? 頭は鱗のような、甲冑のようなもので覆われている。
 嘴みたいに尖っていた。



 こっちも魔物かーっ!



 あわを吹きそうになる。
 
 ジャジットが足を止めた。自分より力のある魔物? 見たことがないが。
 その一瞬の隙に、ポノは抱えられていた。
 桟橋の方に移動している。誰かもう一人いて、小さな船を桟橋から離そうとしていた。

「行くぞ、ゾベル!」

 だんっ

 大きく踏み込む音がする。
 派手な音を立てて、船の中に投げ出された。

 痛い、とさっきの人が叫ぶ。

「魔王、飛翔はしないタイプ? 滑空だけ?」

 不満そうに羽根に文句を言っている。
 羽根はさっとはためいてケープになった。

「あ、人間……?」

 ポノは小さく言う。桟橋を見ると、追ってきたジャジットが見えた。
 黙ってこちらを見ている。
 その首が不自然に折れ曲がった。

「うぁ……っ」

 悲鳴に、船の二人は桟橋を見る。
 ジャジットは表情を少しも動かさないまま、自分の首を捻じ切って海に捨てた。
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