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春めく日
会合
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シェリーと祖母が念願の対面を果たした。
グラントは手を握って笑顔になる二人を見て、思い出す。
第二王子とそのお妃様が並んでいる場面だ。
祖母はお妃様に、シェリーは第二王子に。
それぞれよく似ている。
祖母はレイにも重ねて謝意を述べる。
いま現在、シェリーに住居を提供しているのは彼だ。
彼には姉が一人いて、すでに嫁いでいるのでその館を使っている。
あまり感動に浸っていては自分の寿命が訪れる。
引き締まった口調で祖母がそう言った。
それを合図に皆席につく。
「シェリーは王族として籍はもらったけれど、まだそれだけです。
爵位を与えて自活させるのか。または急いで嫁ぎ先を見つけるのか。
第二王子の側近が意思決定を行なっていて、なかなか進まないのです」
祖母は現状をそう説明した。
「レイのお父様は、あなたの将来にも関わることだから手を引かせてくれと申しています」
レイの父は政府職員だから、微妙な立場のシェリーと関わるのは心配が尽きない。
「将来のことは自分で考えております。
父の意向をくむ必要はありません」
生真面目そうな顔で、レイは答えた。
将来のこと。
彼にはまだ計画の続きがある。
そのことにグラントは驚いたような目を向けた。
彼は伯爵家の長男だから、親の全てを継げばいい。
なのにレイの行動は、継がない人間のもののようだ。
祖母はひとつ息を吐く。
「では、今後のことを話しましょう。
シェリー、あなたはこれからすることがたくさんありますよ。
自分の勉強だけでなく、所領の運営もしていかなければ」
祖母はシェリーの手を両手に挟む。
「セリッサヒルには何十人もの人間が暮らすことになります。
シェリーは彼らを快適に住まわせなければならない。
そして、衆目に、シェリーの存在を認めてもらわなければならない」
「たとえば、他の方は何をされていますか」
シェリーは気負ったような顔をして尋ねた。
「あなたの伯父は薬草の店をやっています。
体が弱い方なので、自分のためもありますが。
よく効く薬を皆に広めようという概念ね。
そして、あなたの妹にあたる人は宝飾品店をしています」
グラントの眉根が僅かに寄る。
その人は、性根の悪い人ではなさそうなのだが、軽率で無頓着という印象があった。
「質のいいものを身につけてほしいと始めた店です。
値がはるのでたまに貴族や豪商が買っていくくらいですが」
「私もお店を始めるのですか?」
「お店とは限りません。現王は無償の学校を運営しています。
荷船を提供する方もおられます。
とにかく、なんでもいい。活動を社会に認められれば」
「はい。考えておきます」
シェリーは祖母の方を見て笑う。
「グラントがいるからきっとすぐ計画が立ちます。
彼はお店をやっているのです。興味深い商いも知っていますよ」
シェリーの期待値。
レイが吹き出しかけた。グラントがそれを睨む。
「では、それは二人に任せましょうね」
祖母も乗ってきた。グラントは誰にも気づかれないようにため息をつく。
「家令にはナタリオという男性を雇いました。
レイの家に近いうちお邪魔するでしょう。
彼は貴族の家の会計を担ってきたひとです。
何か思いついたら相談なさい」
「はい」
「住まいは引き続きセリッサヒルの方が良いと考えています。
身内向けですが、王位の継承には興味がないと示せます」
「願ってもないお話です。
王位の継承についても、望みません。
私は平和に生きていければそれでいいのです」
孫娘の言葉に、祖母は笑みを大きくした。
「安心しました。
セリッサヒルにはすでに改築の指示を出していましたので。
今頃建材が運ばれていることでしょう。
もう二度と泥棒なんかに入らせない。
しっかりした造りにしますよ」
祖母の寿命は相当短いらしい。
あるいは、気の方が短いひとだ。
「交通も整えます。普段から都と行き来していれば。
泥棒も狙いにくいでしょうから」
レイは丘と都との間の道を思い浮かべるような目になる。
彼の仕事は父親の補佐官で、職場は運輸省だ。
セリッサヒルは、開けた丘。
丘を下ると裾を取り囲むように小川が流れる。
そこを越えて再び峠への道を上り、峠道に出たらひたすら歩くのが今までの行程だ。
冬の日が短い時期は、たどり着くだけで日が暮れる。
何かを組み立てるような目が、グラントを見た。
こいつ、使える? みたいな顔に見られた魔法使いは反射的に首を振る。
巻き込まないでほしい。
「交通の整備については、グラントと考えていることがあります。
魔法使いの協力があればひと月ほどでできそうです。
森林の開墾と、溶鉱炉の使用を許可くだされば」
レイが言った。
抗議のために上げかけたグラントの拳をはたき落とす。
「まあ、グラントは」
祖母は口を大きく開けた。
「頼りになる魔法使いなのですね。
騎士団の中にも珍しいのでは?」
「そうです。ただしグラントはそれを知りません。
騎士団には所属したことがございません」
「先生は誰なのですか?」
「ジェロディです」
レイは勝手に答える。
ジェロディの名前を、祖母は知っているようだった。
シェリーに向き直る。
「シェリー、グラントの先生は、現役時代ずいぶん活躍された方ですよ。
今までどこの騎士団にも入らせなかったというのは。
グラントは本当に期待されている弟子なのですね」
反抗していただけです。
グラントはそう言いたくなって舌を噛んだ。
レイは巻き込んだことをうやむやにして満足そう。
「……その、シェリーの身分について、決定を引き延ばしているというのは誰です?」
シェリーの敵がいるなら知っておいた方がいいと思った。
グラントの質問に、祖母はまっすぐ見据えて答える。
「レミーという侍従長です。
彼は二十歳そこそこの頃からシェリーの父君を擁護していました。
その時、父君の王位継承順位は第12位だったにも関わらずです。
今や第二王子の意思決定事項は全てレミーが行います」
「侍従長は文官出身の方ですか?」
「いえ、もとは騎士団バロールにいた方ですよ。
特別な武功など聞いたことがありません。
生まれたばかりのシェリーを世間から隠そうと決めたのはレミーです」
バロール。
それはグラントにとって迷惑な人たちのいたところだ。
それにしても、王位継承権の12位から2位まで来るとは。
シェリーの父君はよほど強運か。
シェリーを公から隠した理由は古い手紙に記してあった。
まだ母君が婚約者としても決まっていなかったからだ。
何人かいる候補の一人で、双方とも子どもだった。
シェリーのことを知られれば二人の結婚はない。
侯爵家としてもその後嫁ぎ先が見つからないだろう。
適切な時期が来るまで隠しておこうということになった。
レミーは約束した。
大切に育てる。
祖母は、その約束は果たされていると思っていた。
屋敷はきちんとしていたし、自分も援助していたのだ。
直接会うことは許されなかったけれど、シェリーは守られていると思っていた。
甘かったと知ったのは、グラントの手紙が届いた時である。
レミーはずっと画策していたのだ。
囲い込むことに成功した王族の男子をどうにか王位を継げる位置まで押し上げる。
そして将来自分が侍従として全てを取り仕切ることを。
その過程でシェリーの存在は邪魔だったのだと予想がつく。
手紙にはシェリーが生まれる前後のことがあった。
当時の王、シェリーの曽祖父にあたる人と父君は仲が良くなかった。
政治にも、領民にも無関心な王族の子。
それがふざけたことをしでかした。
そんなことが耳に入れば、罰として激戦地に赴任を命ぜられることも考えられた。
実際に何人かの王族が戦で命を落としてもいた。
納得できる話ではないが、父君を守ることが母君を、家を守ることにもなる。
結果として孫を隠すことに同意した。
祖母はそのことを繰り返し謝罪し、後悔していた。
シェリー専用の屋敷が立つ頃には、歩けないことと、目が見えないことが明らかになっていた。
祖母は十分な数の家人をつけたつもりだった。
都を出る時には確かにいたのだ。
シェリーの記憶によると、早い段階で家人の数は半分以下になった。
薪も食料も足りないことが増えていった。
だからシェリーはあの重い歩行器で外を歩き回った。
努力すればするほど、家人の数は減った。
あの丘で、体の不自由なシェリーは事故によって天に帰る。
レミーは少しずつそう仕向けていった。
それが期せずしてシェリーは自力で王都に来てしまった。
もはや存在は公になっている。
市場で顔馴染みもできているから、もう隠せない。
市場なんかで食べていることは、レイには内緒だけど。
目付係は理解のある人で、秘密を共有している。はずだ。
シェリーが表に出てきたことで第二王子は最近また白い目で見られている。
今までの素行の悪さを蒸し返された彼は、外出を控えていた。
けれど王宮の中で宴会をしてバレてしまうような、うっかりした方だ。
ところで、王家には国民から人気のある第一王子がいる。
病気がちだから王位を継いでも長くはないだろう。
シェリーのことで第二王子の人気が落ちたとしても、きっとさほど痛みはない。
近い将来第一王子の治世が来て、すぐに喜ばしい空気にかき消される。
すぐにその御代は終わり、次はレミーの政権が訪れる。
その時にはまたシェリーは危険に晒されるのか。
「シェリーには、これからも盾が要るんですね」
グラントがぽつりと呟いた。
グラントは手を握って笑顔になる二人を見て、思い出す。
第二王子とそのお妃様が並んでいる場面だ。
祖母はお妃様に、シェリーは第二王子に。
それぞれよく似ている。
祖母はレイにも重ねて謝意を述べる。
いま現在、シェリーに住居を提供しているのは彼だ。
彼には姉が一人いて、すでに嫁いでいるのでその館を使っている。
あまり感動に浸っていては自分の寿命が訪れる。
引き締まった口調で祖母がそう言った。
それを合図に皆席につく。
「シェリーは王族として籍はもらったけれど、まだそれだけです。
爵位を与えて自活させるのか。または急いで嫁ぎ先を見つけるのか。
第二王子の側近が意思決定を行なっていて、なかなか進まないのです」
祖母は現状をそう説明した。
「レイのお父様は、あなたの将来にも関わることだから手を引かせてくれと申しています」
レイの父は政府職員だから、微妙な立場のシェリーと関わるのは心配が尽きない。
「将来のことは自分で考えております。
父の意向をくむ必要はありません」
生真面目そうな顔で、レイは答えた。
将来のこと。
彼にはまだ計画の続きがある。
そのことにグラントは驚いたような目を向けた。
彼は伯爵家の長男だから、親の全てを継げばいい。
なのにレイの行動は、継がない人間のもののようだ。
祖母はひとつ息を吐く。
「では、今後のことを話しましょう。
シェリー、あなたはこれからすることがたくさんありますよ。
自分の勉強だけでなく、所領の運営もしていかなければ」
祖母はシェリーの手を両手に挟む。
「セリッサヒルには何十人もの人間が暮らすことになります。
シェリーは彼らを快適に住まわせなければならない。
そして、衆目に、シェリーの存在を認めてもらわなければならない」
「たとえば、他の方は何をされていますか」
シェリーは気負ったような顔をして尋ねた。
「あなたの伯父は薬草の店をやっています。
体が弱い方なので、自分のためもありますが。
よく効く薬を皆に広めようという概念ね。
そして、あなたの妹にあたる人は宝飾品店をしています」
グラントの眉根が僅かに寄る。
その人は、性根の悪い人ではなさそうなのだが、軽率で無頓着という印象があった。
「質のいいものを身につけてほしいと始めた店です。
値がはるのでたまに貴族や豪商が買っていくくらいですが」
「私もお店を始めるのですか?」
「お店とは限りません。現王は無償の学校を運営しています。
荷船を提供する方もおられます。
とにかく、なんでもいい。活動を社会に認められれば」
「はい。考えておきます」
シェリーは祖母の方を見て笑う。
「グラントがいるからきっとすぐ計画が立ちます。
彼はお店をやっているのです。興味深い商いも知っていますよ」
シェリーの期待値。
レイが吹き出しかけた。グラントがそれを睨む。
「では、それは二人に任せましょうね」
祖母も乗ってきた。グラントは誰にも気づかれないようにため息をつく。
「家令にはナタリオという男性を雇いました。
レイの家に近いうちお邪魔するでしょう。
彼は貴族の家の会計を担ってきたひとです。
何か思いついたら相談なさい」
「はい」
「住まいは引き続きセリッサヒルの方が良いと考えています。
身内向けですが、王位の継承には興味がないと示せます」
「願ってもないお話です。
王位の継承についても、望みません。
私は平和に生きていければそれでいいのです」
孫娘の言葉に、祖母は笑みを大きくした。
「安心しました。
セリッサヒルにはすでに改築の指示を出していましたので。
今頃建材が運ばれていることでしょう。
もう二度と泥棒なんかに入らせない。
しっかりした造りにしますよ」
祖母の寿命は相当短いらしい。
あるいは、気の方が短いひとだ。
「交通も整えます。普段から都と行き来していれば。
泥棒も狙いにくいでしょうから」
レイは丘と都との間の道を思い浮かべるような目になる。
彼の仕事は父親の補佐官で、職場は運輸省だ。
セリッサヒルは、開けた丘。
丘を下ると裾を取り囲むように小川が流れる。
そこを越えて再び峠への道を上り、峠道に出たらひたすら歩くのが今までの行程だ。
冬の日が短い時期は、たどり着くだけで日が暮れる。
何かを組み立てるような目が、グラントを見た。
こいつ、使える? みたいな顔に見られた魔法使いは反射的に首を振る。
巻き込まないでほしい。
「交通の整備については、グラントと考えていることがあります。
魔法使いの協力があればひと月ほどでできそうです。
森林の開墾と、溶鉱炉の使用を許可くだされば」
レイが言った。
抗議のために上げかけたグラントの拳をはたき落とす。
「まあ、グラントは」
祖母は口を大きく開けた。
「頼りになる魔法使いなのですね。
騎士団の中にも珍しいのでは?」
「そうです。ただしグラントはそれを知りません。
騎士団には所属したことがございません」
「先生は誰なのですか?」
「ジェロディです」
レイは勝手に答える。
ジェロディの名前を、祖母は知っているようだった。
シェリーに向き直る。
「シェリー、グラントの先生は、現役時代ずいぶん活躍された方ですよ。
今までどこの騎士団にも入らせなかったというのは。
グラントは本当に期待されている弟子なのですね」
反抗していただけです。
グラントはそう言いたくなって舌を噛んだ。
レイは巻き込んだことをうやむやにして満足そう。
「……その、シェリーの身分について、決定を引き延ばしているというのは誰です?」
シェリーの敵がいるなら知っておいた方がいいと思った。
グラントの質問に、祖母はまっすぐ見据えて答える。
「レミーという侍従長です。
彼は二十歳そこそこの頃からシェリーの父君を擁護していました。
その時、父君の王位継承順位は第12位だったにも関わらずです。
今や第二王子の意思決定事項は全てレミーが行います」
「侍従長は文官出身の方ですか?」
「いえ、もとは騎士団バロールにいた方ですよ。
特別な武功など聞いたことがありません。
生まれたばかりのシェリーを世間から隠そうと決めたのはレミーです」
バロール。
それはグラントにとって迷惑な人たちのいたところだ。
それにしても、王位継承権の12位から2位まで来るとは。
シェリーの父君はよほど強運か。
シェリーを公から隠した理由は古い手紙に記してあった。
まだ母君が婚約者としても決まっていなかったからだ。
何人かいる候補の一人で、双方とも子どもだった。
シェリーのことを知られれば二人の結婚はない。
侯爵家としてもその後嫁ぎ先が見つからないだろう。
適切な時期が来るまで隠しておこうということになった。
レミーは約束した。
大切に育てる。
祖母は、その約束は果たされていると思っていた。
屋敷はきちんとしていたし、自分も援助していたのだ。
直接会うことは許されなかったけれど、シェリーは守られていると思っていた。
甘かったと知ったのは、グラントの手紙が届いた時である。
レミーはずっと画策していたのだ。
囲い込むことに成功した王族の男子をどうにか王位を継げる位置まで押し上げる。
そして将来自分が侍従として全てを取り仕切ることを。
その過程でシェリーの存在は邪魔だったのだと予想がつく。
手紙にはシェリーが生まれる前後のことがあった。
当時の王、シェリーの曽祖父にあたる人と父君は仲が良くなかった。
政治にも、領民にも無関心な王族の子。
それがふざけたことをしでかした。
そんなことが耳に入れば、罰として激戦地に赴任を命ぜられることも考えられた。
実際に何人かの王族が戦で命を落としてもいた。
納得できる話ではないが、父君を守ることが母君を、家を守ることにもなる。
結果として孫を隠すことに同意した。
祖母はそのことを繰り返し謝罪し、後悔していた。
シェリー専用の屋敷が立つ頃には、歩けないことと、目が見えないことが明らかになっていた。
祖母は十分な数の家人をつけたつもりだった。
都を出る時には確かにいたのだ。
シェリーの記憶によると、早い段階で家人の数は半分以下になった。
薪も食料も足りないことが増えていった。
だからシェリーはあの重い歩行器で外を歩き回った。
努力すればするほど、家人の数は減った。
あの丘で、体の不自由なシェリーは事故によって天に帰る。
レミーは少しずつそう仕向けていった。
それが期せずしてシェリーは自力で王都に来てしまった。
もはや存在は公になっている。
市場で顔馴染みもできているから、もう隠せない。
市場なんかで食べていることは、レイには内緒だけど。
目付係は理解のある人で、秘密を共有している。はずだ。
シェリーが表に出てきたことで第二王子は最近また白い目で見られている。
今までの素行の悪さを蒸し返された彼は、外出を控えていた。
けれど王宮の中で宴会をしてバレてしまうような、うっかりした方だ。
ところで、王家には国民から人気のある第一王子がいる。
病気がちだから王位を継いでも長くはないだろう。
シェリーのことで第二王子の人気が落ちたとしても、きっとさほど痛みはない。
近い将来第一王子の治世が来て、すぐに喜ばしい空気にかき消される。
すぐにその御代は終わり、次はレミーの政権が訪れる。
その時にはまたシェリーは危険に晒されるのか。
「シェリーには、これからも盾が要るんですね」
グラントがぽつりと呟いた。
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