ただの魔法使いです

端木 子恭

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麦秀に寄す心

守備戦

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 いくらも寝ないうちに、リケの南北に広い湾に軍艦が現れた。
 朝霧の間を抜け出てきたガレー船。数は8隻だ。

 陸上戦を担当するケイレブが400人受け持って港にいる。
 レイはスロープのそばで300人を担当して待機していた。
 ウーシーはバレットの兵士150人と船上にいる。

 グラントは80人を率いて船首にいた。
 渡り板を支えて待機している。
 甲板の中程には、ウーシーが見せたがっていた巨大投石機が設置してあった。

「これ、すっげー飛ぶからね。グラント、ぶつからないようにね」
「……うん」

 とてもうきうきしている。
 グラントはそんな親友に魔王をひっかけた。

「魔王、ウーシーに弾が当たらないように守って」

 ガレー船から帆船の方へ石が飛んできた。
 グラントが空中でそれを砕き、大きな音が響く。
 船の後方の太鼓が鳴った。

 開戦だ。

「放て」

 ウーシーのよく通る声が命じる。
 投石機が開放された。飛んでいった石は敵船を掠めて海へ落ちる。
 縄をかけ直す間にウーシーは先端のツメの角度を変えた。
 
「よし、もう一回っ。放て」

 二回目に飛んで行った石は、ひとつのガレー船の横腹を撃ち抜く。
 船の揺れが止まり、傾いていった。
 一隻が衝角攻撃のために帆船へ寄る。

「うちかけて!」

 グラントが命令した。
 上から倒れていった渡り橋が敵船にかかる。
 走っていって甲板に大穴を開けた。そこからリケの兵士が中に入る。
 押し出されるようにハッチから飛び出してきた敵兵を、待機していた兵が海へ突き落としていった。

「乗っ取ったらすぐに20人で漕ぎ出して!」

 渡り橋は帆船から外れるようになっていた。
 グラントが支えて回収すると、反対側を別の船にかけた。

「次へ行く! 乗り移ろう!」

 同じように甲板に杖を差し向けて大穴を開けた。
 杖を背中に収納すると細めの長剣を抜いて走る。
 奪った船は、漕ぎ手を補充してレイが使うのだ。

 魔法使いの方にさらに二隻寄ってきた。
 離れたところにいる二隻は上陸しそう。
 最初に奪ったガレー船から橋を引き上げて、グラントは狙いをつけさせた。

「橋を渡すよ!」

 片方の船首へと橋をかける。
 向こうからも渡ってきて混戦になった。
 もう一隻が衝突してくる。リケの隊がいる船に穴が開いた。

「二手に分かれる! 漕ぎ手が出てきている。落として!」

 グラントが預かったのは、ただ適齢な部隊である。

 もはや武器を捨てて敵の背中を押している者もいた。
 小隊の長のような人間をグラントが受け持つ。

 切れない剣だってバレる前に海へ突き落としていた。
 刃のない剣だが、サイラと作ってくれたものなので、きっと名剣。


「制圧し切れていなくていい! すぐに岸へ漕ぐんだ! 急いで!
 残った敵兵は陸でケイレブの隊に任せる!」

 甲板にて半数ほどが戦っている状態で、ガレー船は動き出す。
 少し漕げば岸に着くはずだ。






 ケイレブの配置している港には、ほとんど同時に二隻がついた。



「狙いすぎなくていいから」


 長い布を二人ひと組で握っている兵士たちに声をかけた。

 二ヶ月間訓練した経験のある兵士たちは、20代の者が多い。

 ケイレブは少し後方から指示を出す。
 船から下りた敵は小隊ごとにまとまると、盾を構えて進んだ。

「思いっきり、放れ!」

 ケイレブの大声と同時に太鼓が鳴る。
 最前列の兵士が腕を振り上げた。
 拳ほどの石が一度空に上がる。敵兵の上にばらばらと落ちていった。

「この二隻に大将はいないみたいだぞ。
 投石部隊は最後尾に下がって準備だ! 槍部隊、前へ出ろ!」

 大きな盾と組んだ槍兵が前に出る。
 石を潜り抜けた敵は剣を抜いて向かってきた。
 二人ひと組で落ち着いて一人倒せばいいはずである。

 しかし盾の間から幾人かがこぼれるように入ってきて、すぐに敵と味方が入り乱れた。
 引け腰の兵士たちに、「こうして」「こう」と世話を焼きながらケイレブは戦う。
 ちょっと当てただけでケイレブは兵士を褒めた。

 自分は幅広の長剣を振り回している。
 重い鋼鉄は相手の装備の隙間から食い破るように入っていった。

「リケを守れ! 港で全員倒す!」

 ケイレブが腕を振り回す。
 その太い指に掴まれた敵は、枯れ木のように飛ばされた。


 剣の戦いが鈍くなってきた頃にケイレブが左手を挙げる。
 太鼓が連打で鳴った。
 リケ兵が剣をおさめて後方に走る。隣国の兵士はそれを追った。

「行け! まっすぐ放て!」

 いち早く最後尾に下がっていたケイレブが号令する。 
 ひときわ大きく太鼓が鳴った。
 逃げ遅れたリケ兵が走った勢いのまま地面に伏せる。
 その上を、石が飛んでいった。真正面から投石を受けた敵兵が倒れる。

 ケイレブは飛び出してまだ立っている者に斬りかかった。

「降伏するなら武器を捨てて伏せていろ! 立ってる者は斬るぞ!」

 味方を振り向いて指令する。

「突撃せよ、リケ隊!」

 大きな手が、導くように海の方へと差し向けられた。

 



 時々帆船から弾が飛んできて敵を撃ち抜いた。
 投石器から石が飛んでいく。

 グラントは岸を確認する。2隻上陸してケイレブの隊と戦っていた。
 あちらは二ヶ月訓練を受けた、リケの精鋭部隊が混じっている。

 奪えた船は2隻。上陸したものが2隻。沈没2隻。
 残り2隻のうち1隻は目の前である。

 長剣をおさめて杖を構えた。

 大将にはまだ出会っていない。 
 きっと残っている2隻のうちのどちらかにいるのだ。

 味方の残兵は20人弱。
 いけるかな。

 渡り橋を持ち上げて、少し距離の足りない場所にいるガレー船へと投げた。

 船尾に座っていた人間が立ち上がる。
 身のこなしから、戦の経験が豊富な者だという印象を受けた。
 
 橋を引いてこちらに寄せる。

 最初に奪ったガレー船が岸にたどり着いた。
 レイが乗り込むのが見える。
 グラントが橋をかけたのとは別の船に帆船からの石が当たった。

 

「行こう」

 味方の兵に声をかけ、渡り橋に飛び移る。
 グラントは走ってガレー船に乗った。



「漕ぎ手は外へ出るな! さあ、後進せよ!」


 船上にいる人間がそう命じる。
 軍服の襟には見たことのある徽章があった。

「バロール……?」

 50歳くらいのその人を、グラントは凝視する。

 後ろから来る兵士には戻れと合図した。

 相手は青い石のついた長い杖を持っていた。魔法使いなのだ。
 背はずいぶん小さくて、ウーシーと同じくらい。

 自分も引き返そうと味方のいるガレー船を見やった。

「この徽章を知ってるのか」

 白髪の混じった刈り上げ頭のその人は、グラントを見て笑う。
 魔法使いと分かって自分の杖を指した。

「私はメイソンと同じ騎士団にいたことがあるんだ。
 おまえ、名は? リケの人間なのか? 師匠は?
 ……ああ、人に聞くならまず自分からだ。 私はガンナー。
 元バロール騎士団だが、国を追われた。
 魔法を教えてくれたのはジェロディだ」

 何か重い病を抱えた人間のように痩せていた。
 灰色の瞳が鋭い。

「リケに救援を頼まれて参りました。
 わたしはグラント・ルース。ジェロディの弟子です」

 グラントの答えに彼は笑みをのせたまま首を傾げた。

「あの人、まだ弟子を取り続けてんだ。元気だねえ」
「適当にやっています」

 グラントが杖の石をガンナーの喉元に向ける。
 どういう人間なのだろうと、兄弟子の目を覗いた。
 すると彼は鼻で息を吐いたのだ。

「幻術使い。へぇ……、ジェロディは嘆かなかったか」

 一瞬で解かれている。

「私は彼の汚点だ。彼に背いてシュトラールで犯罪者になった。
 グラントと同じ幻術使いだよ。
 おまえは術をかける速度がずば抜けて速いんだな」

 褒めているというより、あしらっているような口調だった。

「相手を瞬時に閉じこめてしまうんだ。視線を合わせるのか。
 礼儀正しい人間なんだろうな、グラントは。
 速いが、浅い。心に深い傷はつけない程度にしてるのかな。
 幻術の世界にしっかり取りこまれると、解けた時傷つくからねえ」

 うんうんと分析してみせることが、いちいち合っていて気味が悪い。

「素直なんだなあ。なんて言うか……」

 青い石が宙を横切った。
 グラントは咄嗟に動きを止める。
 あたりが真っ白になって、グラントは振り払うように瞬きした。

「そう。な。これは単純なかけ方。
 自分がやっているから難なく解ける」
 
 ガンナーはまるで先生のように話しかける。

「強い幻術使いは、さらに違う世界に押しやる」

 彼はひらりと空いている方の手を振った。
 まるで怖がるなと宥めるように。

「……」

 開いた手のひらに大きな紋章がある。
 グラントは思わずそれを見た。

 それ自体に幻術をかける作用はなかった。
 なのに、周りの景色がみるみるなくなっていく。
 
 ここは船の上だ。
 自分はガレー船の上に立っている。
 
 分かっているのに戻らない。
 


 自分は……



 手元を見た。
 知らない人の手があった。
 白くて綺麗な肌をしている。
 きっと冷たい風に晒されたことなんてないような。



 誰?



 そして、目を開いたまま倒れてしまった。

 
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