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端木 子恭

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あぶらとたんぱく質

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 台風が来た。

 台風が来たけれど、父は車を出してくれた。
 妖怪ツレテッテーには勝てない。

 寂しさもあった。
 この2週間、娘に「いってらっしゃい」を言ってもらっていない。
 コーチをしているから。
 
 思春期の娘の心が離れないように、父は車を出してくれた。

 土曜日はクラブやサークルの予約で体育館は埋まる。
 ギャラリーの外周にあるランニングコースと、2階にあるトレーニング室は割と空いていた。
 
 台風と言ったって、直撃ではない。
 雨雲レーダーも今のところ大丈夫そうだ。

 学校で使う体育館シューズを持参して、着替えも2セット持ってきている。
 お茶も2リットル持ってきた。

 2時間で500円でシャワーまで入って帰れる市営体育館は素晴らしい。

「お父さん、このチヅルくんがね、国語の小テスト7点取らせてくれた先生なの」

 ランニングコースを歩きながらヒスイは父に説明した。
 車の中ではチヅルが緊張してほとんど口をきかなかったから。

「チヅルくん、うちのお父さんはこう見えて元サッカー部。
 眼光もなだらかだし背もスポーツ選手としては高くない。
 もはや筋肉なんか落っこちちゃってるけど。
 今でも体動かすのは好きなんだよ」

 父と普段からよくコミュニケーションが取れているからだろう。
 ヒスイの紹介はまずまず良かった。

 眼鏡をかけていてやせ型のおじさんをチヅルはそっと見る。
 かっこいいな、と思った。
 その機敏に動けそうな体つきがうらやましい。
 ヒスイのことかわいくてしかたなさそうで和む。

「チヅルくんはね」

 父を振りかぶってヒスイは師匠を紹介する。

「学年でもいつもトップクラスにいる秀才。
 習字がすごくて。字体も何種類もくり出すんだよ。
 アーティストなの。
 ストレス太りするタチで、お米大好き」

 なんだそれ。

 チヅルはかくっと小首を落とした。

 お父さんの紹介とは打って変わっている。
 チヅルのことはあまりよく知らない。

 そんな紹介されて友達になりたい人いるかな。

 コースを1周して、いよいよみんなで走り出した。

 ヒスイの父がチヅルに話しかける。

「ヒスイは?学校ではどんな子?」

 ギャラリーの上にある窓が近かった。
 叩きつける雨風に負けないように、チヅルは普段より大きな声で話さなければならない。

「いつも昼休みは鬼ごっこしていて元気です。
 ほんとに毎日しています。楽しそうです。
 気が付いたらどこかを走っているのでよく見かけます」

 父が苦笑した。

「鬼ごっこ」

 楽しいよ?鬼ごっこ、とヒスイは不思議そうである。

「ヒスイは図書室には行かないの?」
「お父さん行ったことあるの?」
「なーい」

 あはは、と父子は笑った。

「チヅルくんは行くんだよ。
 こないだは漢文読んでた。
 お父さんみたいなマンガじゃないよ」

 へええ、といった父の顔も「やべえ」と言っていて、ヒスイは安心する。

「チヅルくんは字を見て絵を想像できるんだって」
「超能力」

 2周目に入るとヒスイが速度を上げた。

「10周ねー」

 とっとっと、とリズムの良い足音が響く。

「自分のペース守ってね」

 ヒスイの父が声をかけた。
 はい、と返事して、チヅルは走る。
 
 河川敷を走るよりはるかに楽なのはどうしてだろう。
 橋から橋くらいまでの距離を走っている筈なのにあまり苦しくなかった。

 父なら分かるかな。
 でもなんと声をかけていいか分からない。
 しばらくじーっとおじさんを見つめてしまった。

「質問がある人ー?」

 後ろから追いついてきたヒスイがそう言って肩を叩いた。
 あっという間に抜き去って消える。

 彼女はきっと、たんぱく質のかたまりだ。
 靱やかな筋肉を持つ小さなアスリート。

「質問?」

 ヒスイの父が振り返った。

「あの…。河川敷を走るより今日は疲れない気がしてて。
 どうしてかなあって思ってました」

 ふうふう言いながら質問する。

「着地面が柔らかいから体に負担が少ないよね。
 体にかかる負担が少ない運動と言えば、水泳もそうだよね。
 消費カロリーのわりに疲れたって分かりづらいでしょ」

 おじさんは答えを持っていた。

「毎日同じことしてると気分もつらくなってくるから。
 いろんな運動ができると理想的」

 チヅルはヒスイの父が息を切らしているのに気づく。
 運動をしたことがある人は息が上がらないと思い込んでいた。

 そんなわけないか。

 なんとなく、自分が太っているから息する音が大きいと思っていた。
 ヒスイの父も結構息づかいの音が大きい。
 そして、背後から迫るヒスイの呼吸もはっきり聞こえた。

 じゃあ、でぶだから鼻息うるさいって言われたのは…。

 言いがかり。
 ようやくそれに気づいた。

「やべえ、疲れた。お父さん10周いけないかも」

 ヒスイの父が弱音を吐く。

「お父さんも朝走ろ」

 ヒスイが笑いながら追い抜いた。
 次に追い抜くとき、ヒスイはチヅルに声をかける。

「チヅルくん、速くなってるよ。
 今度タイム計ってみよう。
 お父さん追い越せそうならやっちゃっていいから」

 チヅルの父が「まだ負けない」と頑張っていた。

 チヅルだけじゃない。
 みんな、疲れても元気が出なくても負けないで走ってる。
 大人でさえも。
 
 チヅルはよいしょと腿に力を入れた。
 

  
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