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北の大地の娘
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………!!
………………!!
…どこか遠くの方で声がする。
誰かが名前を呼んでいるのだろうか。
頭がズキズキ痛んで思考が続かない。
痛いから出来れば静かに眠らせてほしい。
あんなに苦しかったのだから。
そう、息も出来ないほどに…
……ん?
重い瞼をゆっくりと開く。
意識が体全体に満ちていく。
頭が、背中が、あちこちが痛い。
おそらくは落ちた時の痛みなのだろう。
……落ちたって…誰が?
痛む頭を押さえようとして動かした手は、横から小さな手に掴まれた。
「サラ…っ!」
握られた手から温かい体温が伝わってくる。
ベッドの傍らで揺れる柔らかな金色の髪。
碧い瞳がベッドに寝ていた顔を覗き込む。
瞼を開くと幼い面影の男の子と目が合った。
見覚えがある、ような気がした。
″私”は誰かを助けようとしていて、
それはこんな年頃の男の子ではなかったか。
この子は無事で良かった…。
強張っていた体が少しだけ楽になった。
「サラ…いたい所、ない?」
彼女が目覚めた瞬間から堰を切ったように流れる涙を
ゴシゴシ拭いながら、男の子が心配そうに声をかける。
溢れた感情を必死で隠そうとする幼い姿に、思わず頬が緩んだ。
「可愛い顔なのに…泣くと台無しよ」
心の中で呟いたはずなのに、声として出てしまったらしい。
思ったより幼い声色に何か違和感を覚える。
…今の声、何?
「…サラには言われたくない」
ぷくっと頬を膨らませて、男の子がサラの頬を両手で挟んだ。
…何か機嫌を損ねる事を言っただろうか?
長い睫毛の大きな瞳にじっと見つめられて
一瞬返す言葉を失う。
綺麗だから綺麗と言ったのに…コンプレックスでもあるのだろうか。
考えながら彷徨わせた視線の先に、夜の暗闇に染まるガラスの窓が見えた。
まるで鏡のように明るい室内を反射し映し出している。
サラは息を呑んだ。
同じ顔が2人いる………のは何故?
「ユーリ、サラが目を覚ましたというのは本当か?」
品の良い長身の男性が勢いよく部屋に入ってきた。
優しげな眼差しで2人に向かって歩み寄る。
ユーリ、と呼ばれた男の子は大きく頷き、
ベッド上に視線を移すと目を丸くしたままのサラを見つめる。
「いくらサラでも…あんな無茶はもうしないで」
「その通りだよ、サラ。2人ともスウォルト家の大事な宝物なのだから…」
男性は大きく広げた腕で、優しく2人を抱き締めた。
◆
目が覚めて時間の経過と共に記憶が蘇ってきた。
私の名前はサラ・スウォルト。
隣にいるのはユリウス・スウォルト。
同年同日に生まれてきた双子の姉弟。
この世に生を受けて5年が経過していた。
事故が起きたのは今日の昼間。
木に登って遊んでいた時ユリウスがバランスを崩し、
助けようとしたサラがユリウスを庇うような体勢で地面に落ちたらしい。
この瞬間サラの中にもう一つの記憶が混入した。
途切れ途切れの、苦しくて悲しい記憶…
あれは過去なのか未来なのかも分からない。
心残りの結末は確認のしようがない。
でも今日、サラがユリウスの事を守れたのなら…
きっとあの時の男の子も私は守れたのだろう。
ユリウスの存在が私に希望を与えてくれた。
神様はサラとして生きる機会を与えてくれたのか
あの痛みを忘れないようサラに思い出させたのか
前者でも後者でもどちらでもなくても……
もしかしたら全部夢でした、なんてオチがあるかもしれないけれど。
今度は悔いなく生きてみよう。
諦めず、頑張ることをやめないでいよう。
命はたった一つなのだから…
5歳にしては深すぎる決意を胸に抱いてサラは立ち上がる。
頭にたんこぶが出来たけど手足は問題なく動くし、
背中は痛いけど立てるからどこも折れてはいないだろう。
落ち葉が衝撃を吸収したと庭師のジョンが教えてくれた。
─お2人は恵まれていらっしゃる。
スウォルト家の領地は国の北に位置する
雪の地帯です。落葉するのは屋敷内で
先代が植えたこの木だけなのですよ─
双子誕生から5度目の季節が、まもなく訪れようとしていた。
………………!!
…どこか遠くの方で声がする。
誰かが名前を呼んでいるのだろうか。
頭がズキズキ痛んで思考が続かない。
痛いから出来れば静かに眠らせてほしい。
あんなに苦しかったのだから。
そう、息も出来ないほどに…
……ん?
重い瞼をゆっくりと開く。
意識が体全体に満ちていく。
頭が、背中が、あちこちが痛い。
おそらくは落ちた時の痛みなのだろう。
……落ちたって…誰が?
痛む頭を押さえようとして動かした手は、横から小さな手に掴まれた。
「サラ…っ!」
握られた手から温かい体温が伝わってくる。
ベッドの傍らで揺れる柔らかな金色の髪。
碧い瞳がベッドに寝ていた顔を覗き込む。
瞼を開くと幼い面影の男の子と目が合った。
見覚えがある、ような気がした。
″私”は誰かを助けようとしていて、
それはこんな年頃の男の子ではなかったか。
この子は無事で良かった…。
強張っていた体が少しだけ楽になった。
「サラ…いたい所、ない?」
彼女が目覚めた瞬間から堰を切ったように流れる涙を
ゴシゴシ拭いながら、男の子が心配そうに声をかける。
溢れた感情を必死で隠そうとする幼い姿に、思わず頬が緩んだ。
「可愛い顔なのに…泣くと台無しよ」
心の中で呟いたはずなのに、声として出てしまったらしい。
思ったより幼い声色に何か違和感を覚える。
…今の声、何?
「…サラには言われたくない」
ぷくっと頬を膨らませて、男の子がサラの頬を両手で挟んだ。
…何か機嫌を損ねる事を言っただろうか?
長い睫毛の大きな瞳にじっと見つめられて
一瞬返す言葉を失う。
綺麗だから綺麗と言ったのに…コンプレックスでもあるのだろうか。
考えながら彷徨わせた視線の先に、夜の暗闇に染まるガラスの窓が見えた。
まるで鏡のように明るい室内を反射し映し出している。
サラは息を呑んだ。
同じ顔が2人いる………のは何故?
「ユーリ、サラが目を覚ましたというのは本当か?」
品の良い長身の男性が勢いよく部屋に入ってきた。
優しげな眼差しで2人に向かって歩み寄る。
ユーリ、と呼ばれた男の子は大きく頷き、
ベッド上に視線を移すと目を丸くしたままのサラを見つめる。
「いくらサラでも…あんな無茶はもうしないで」
「その通りだよ、サラ。2人ともスウォルト家の大事な宝物なのだから…」
男性は大きく広げた腕で、優しく2人を抱き締めた。
◆
目が覚めて時間の経過と共に記憶が蘇ってきた。
私の名前はサラ・スウォルト。
隣にいるのはユリウス・スウォルト。
同年同日に生まれてきた双子の姉弟。
この世に生を受けて5年が経過していた。
事故が起きたのは今日の昼間。
木に登って遊んでいた時ユリウスがバランスを崩し、
助けようとしたサラがユリウスを庇うような体勢で地面に落ちたらしい。
この瞬間サラの中にもう一つの記憶が混入した。
途切れ途切れの、苦しくて悲しい記憶…
あれは過去なのか未来なのかも分からない。
心残りの結末は確認のしようがない。
でも今日、サラがユリウスの事を守れたのなら…
きっとあの時の男の子も私は守れたのだろう。
ユリウスの存在が私に希望を与えてくれた。
神様はサラとして生きる機会を与えてくれたのか
あの痛みを忘れないようサラに思い出させたのか
前者でも後者でもどちらでもなくても……
もしかしたら全部夢でした、なんてオチがあるかもしれないけれど。
今度は悔いなく生きてみよう。
諦めず、頑張ることをやめないでいよう。
命はたった一つなのだから…
5歳にしては深すぎる決意を胸に抱いてサラは立ち上がる。
頭にたんこぶが出来たけど手足は問題なく動くし、
背中は痛いけど立てるからどこも折れてはいないだろう。
落ち葉が衝撃を吸収したと庭師のジョンが教えてくれた。
─お2人は恵まれていらっしゃる。
スウォルト家の領地は国の北に位置する
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先代が植えたこの木だけなのですよ─
双子誕生から5度目の季節が、まもなく訪れようとしていた。
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