サラの真っ白な地図

雪猫

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本編

怪しい人

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「一体…どこに行ったんだ」

文化祭実行委員長、フェリクスの元に捜索願いが出されてからもう随分と時間が経つ。
あんな目立つ外見なのだからすぐに見つかって良さそうなのに、まだ発見の報告を受けていない。
そもそもAクラスの実行委員が自覚と責任を持って仕事をするべきだ、とフェリクスは思う。報告だって出番ギリギリで、結局本番が始まって捜索人数が減ってしまった。

あの人の事だから本番にはひょっこり出てくるだろうけど、周囲からすると気が気でない。

「フェリクス~!見てくれたか?」

オーウェンがレプリカの剣をぶんぶん振り回しながらやってきた。
本物の剣だったら危険極まりない扱いである。真剣の許可を出さなくて良かったとフェリクスは心の中で安堵した。
オーウェンは有志で剣の舞を披露していた。残念ながらフェリクスは人探しの為舞台を観る事は出来なかったが。

「え、嘘!俺あんなにカッコ良く踊ってたのに」

「仕方ないだろ。僕だってこんな依頼がなきゃ発表を楽しめたのに…」

「寮長といい、実行委員長といい、フェリクスは皆から頼られてるよなー」

「からかうなよ。ついでだからオーウェンも手伝ってくれ」

「もう出番ないしなー。いいよ、協力する。服装とか特徴を教えてくれ」

「マントで全身を覆っているらしい。顔全体に銀のマスクをしている、と」

「マントに銀の…………なぁ、フェリクス…あれじゃね?」

オーウェンが校舎を指差した。
校舎の窓にゆらりと見えた黒い物体。
黒いマント、銀のマスク。
予想以上に怪しく仕上がっていたその姿に2人は若干引いていた━━




オーウェンがそれを見つける少し前。


離れていく足音がやがて聞こえなくなってもサラは一歩を踏み出す事が出来なかった。
足が鉄の枷をつけられたように重い。
感覚が自分の物ではないようで動かない足を呆然と見下ろしていた。



「……泣いてるの?」


ふいに、頭上から声がした。

どこからともなくふわりと甘い香りが漂って、品のあるその香りは精度が良くきっと高価なものに違いない。どこかで同じような匂いを嗅いだような……一時そんな事を考えてサラは我に返った。そういえば今誰かに声をかけられたが、見知ったクラスメイトのものではない。
そもそも少しくぐもっているから誰の声か分からない。サラは恐る恐る顔を上げた。

「………!」

真っ黒なマントに覆われた銀仮面が視界に入って、思わず息を呑んだ。
サラより頭一つ分以上高い視点から無表情の仮面で見下ろしていて、怪しさが全面に現れている。

「やっぱり泣いてる」

「…な、泣いていませんっ」

慌てて手の甲で頬を擦った。サラは一瞬焦ったが頬は乾いていた。

「泣いて…た」

「いや、過去形にしたって泣いていません」

銀仮面が首を傾げた。

「意外に強情なのかな?」

「……何の話をしてるんですか?」

「質問したのに質問が返ってきた」

銀仮面はがっかりと肩を落とし、そのままヨロヨロと座り込む。

「…え、あの…大丈夫ですか?」

「喋り過ぎて息が苦しい……」

「………」

何なのだろう、この人は。
突然現れて泣いてるだの強情だの発言し、仮面の中で酸欠になっているなんて…

サラの中で相手の見た目の怪しさは薄れ、むしろ気の毒になってきた。

「…ゆっくり深呼吸してみて下さい」

しゃがみこんでいる銀仮面の背中に手を添え、まずは息を吸うようサラは声をかけた。

「…吸えない」

「あ、意識すると混乱しますよね。じゃあゆっくりと何か素敵な景色を思い浮かべて下さい」

サラは心の中で故郷の山々を思い浮かべた。
それだけで心が満たされていく。
優しい家族の顔を思い出して、ふふっと顔の筋肉が緩んだ。

「…野兎が笑ってる」

「野ウサギが…?」

真面目な声で銀仮面がサラをじっと眺めている。
ウサギも結構無表情だけど…と思ったが、目の前にいる銀仮面も無表情だったのでこれがニカっと笑う姿を想像して吹き出した。

「ちょっと可愛いかも…」

サラは笑って、じわりと目が潤むのを自覚した。笑おうとするのに目から雫がこぼれ落ちていく。
銀仮面が動きを止めた。
うわ、どうしよう……。目の周りが熱い。
一度緩んでしまった緊張の糸を張り戻すことが出来ないまま、慌てて立ち上がった。
見ず知らずの銀仮面の前で何という失態。

「ゆっくり深呼吸、だったっけ?」

銀仮面がサラの背後からポンと頭を撫でた。

サラは背を向けたままこくこくと頷く。

「それから…野兎を想像する」

「どれだけウサギが好きなんですか」

目をこすりながらサラは突っ込んだ。突っ込んでから、くすりと笑ってしまう。


「うん…結構ね…好きかも」

ふわりとマントが広がった。
黒いシルクのマントにサラの体がすっぽりと覆われる。
耳元でくぐもった声がした。

「目を閉じて、10数えるといい事あるかも」

「………?」

今自分が置かれている状況をサラは理解出来なかった。
黒いマントは滑らかでものすごく手触りが良く、何より良い香りがする。
何故そのマントに自分が包まれているのか…

泣いてる自分を励まそうとしてくれている?


しばらく間を置いて、サラはそっと目を閉じた。
サラの様子を確認し、銀仮面が言葉を紡ぐ。

「1、2、3…」

ゆっくりと、優しく。

父親でもユリウスでもクラスメイトでもない怪しげな黒いマントの銀仮面の声が、サラの体に浸透していく。
時間が緩やかに流れ、いつまでも声の余韻が消えない。
10番目の数字が永遠に来ないのではないかと錯覚する程、サラは長い間目を閉じていた。
もしかして、とっくに10数え終わっているのでは…。
そう思って目を開いた時、黒いマントは姿を消していた。


「え……」


何が起こったのか分からず、再びサラは立ち尽くした。







「何やってたんですか!」

最初に口を開いたのはフェリクスだった。
オーウェンが怪しい黒マントを校舎の中に発見し、二人で現場に急行した。
廊下で視界に入ったのは1年生と話し込んでいる怪しいマント。
彼が背後から抱きしめたのを見て、フェリクスとオーウェンは顔を見合わせ同じ気持ちである事を確認しあった後強行突破する事にした。
オーウェンは俊敏かつ正確に黒マントの動きを制止し、実行委員長のフェリクスが青筋を浮かべなから目だけで説得。1年生に気づかれないようそっと静かにその場を離れ、現在に至っている。

「現行犯を確保した気分だったよ」

オーウェンがけらけら笑っている。フェリクスは不謹慎だとオーウェンを睨む。

「カイン様…ユリウスに何しようとしてたんですか」

「何って…何だろう?」

カインは意味深な笑みを浮かべて首を傾げる。銀仮面は息が苦しいからと外していた。
吸い込まれそうな深い瞳、と評されるブルーグリーンに見つめられると同性でも鼓動が速くなってしまう程艶めいている。
今までどこか虚ろだった瞳の色は今日はなぜか活き活きとしていた。

「ユリウスはうちで預かってる大事な子ですから虐めないようにして下さい」

「さすが寮長!」

「うるさいオーウェン。それよりもカイン様は早く舞台の方に向かって下さい」

「えー」

「駄々こねないで下さい。実行委員に案内させますからもう迷子にならないように」

「この仮面、視界が悪いんだよね」

「色気が隠れてちょうどいいんじゃない?」

「目の所を改良すれば普段使いもいけるかも…」

フェリクスが真剣に話に乗っかり始めたのでカインはその場を離れることにした。



「フェリクスは真面目過ぎるよね」
カインは仲の良い二人に背を向けため息をついた。大きなため息に驚いた実行委員が何やら声を掛けてきたけれど問題ないと手を振って追い払う。

「してたよ…多分」

10数えたら。数え終わっていたら。


「またね、野兎ちゃん」



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