夢と知りせば

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夢と知りせば

第六章【二】

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「んまぁ! 光成さん、お聞きになられまして? 蛇神の姐さん、とんだ爆弾発言をおかましになられましたわよ。これぞ、びっくり仰天、開いた口が塞がらねぇ! ってやつですわね!」
 先輩がうるさい。言葉遣いもおかしい。が、それはもうどうでもいい。頭領同士の会話の邪魔ですよ、と注意する気力も失せた。それほど、二口桂子はとんでもない爆弾を落とした。何がどうなって、こうなった?
「あの、わたくし……狗神の長がこれほどお美しい御方だとは、ついぞ存じ上げませんでした。恥ずかしながら、一目で恋に落ちましたの。こんな気持ち、九百年ぶりですわ!」
 さよか。
 あー、はいはい、わかりました。つまり、二口桂子は一毛郷道とは今日が初対面で、一見すると少女にも見える色白美人な彼にひと目惚れしたため、それまでの剥き出しの敵意をあっさりと捨て去って郷道の妻に立候補したというわけか。
「何じゃ、それ。蛇神の姐さんは随分と都合のいい思考回路だな。郷道氏に妻子がいない前提で喋ってるけど、いた場合、今度こそ全面戦争じゃー! となる可能性、無きにしもあらず、じゃね?」
 建先輩のおっしゃる通り! 平安後期生まれの桂子ほどではないが、一毛郷道も鎌倉時代中期の生まれ。外見は中学生の彼だが、実年齢は七百歳を超えているのだから、当然、妻子はいるだろう。桂子の思い通りの展開になる可能性のほうが低い。
「桂子さんが、私の妻に? 新たに同盟関係を結ぶ目的での政略結婚ということでしょうか。それで今後の諍いが無くなるのなら構いませんよ。正室としてお迎えします」
 桂子、郷道の正室としてお迎えされることになった! 何だ、この急展開は!

「ちょっ、ちょっと待った! 当事者でもないのに口を挟んで申し訳ないけど、どうしても気になるから、源建、質問させていただきます! 郷道氏、今、蛇神の姐さんを正室にするって言ったけど、郷道氏には既にご家族がいらっしゃるのでは?」
 この時ばかりは空気を読まない(読めない)建先輩の存在がありがたい。この質問は、実は僕も気になるところだ。
「源様。家族とは、私の妻子のことですか?」
「はい、そうです!」
「その点については、ご心配は不要です。正室は、ここ数百年おりません。桂子さんを妻としてお迎えするのに何の支障もございませんよ。ただ、一族を盛り立てるため、子は大勢おりまして、その母とともに既に一族の要職に就けていますので、それはご了承いただきたいのですが」
 ここで、郷道が桂子を見た。
「もちろん、わたくしに否やはございませんわ。正室として遇してくださるとお約束いただいたのですもの。それに、美貌も財力も戦闘力も、誰にも引けを取らない自負がわたくしにはあります。既に子を成した愛妾が何人いようが、痛くも痒くもございませんもの」
 ものすごい自信だ。財力と戦闘力よりも先に美貌を持ってきて胸を張るところが、桂子らしいとも言える。

 まぁ、それくらいの自負が無ければ、ひと目惚れしたから、という理由で数百年来のライバルの妻になりたいなどと厚顔無恥なことは言えないな。しかし、そろそろ僕たちも会話に入りたいのだが……。
「ご了承ありがとう。では次に、我らが婚姻を結ぶ条件として、桂子さんに要求したいことがあります。これは即決で返答願いたい」
 郷道の声色が変わった。表情は柔和なままなのだが、その場に居る者が自然と姿勢を正すような、そんな厳しい印象。
「お聞きしますわ。郷道様、それはどのようなことでしょう」
「要求は二点のみ。まず一つ。宗家への正式な謝罪です。人違いであったとはいえ、宗家の御曹司、竜宝院敦尚を拉致監禁したことは事実なので、誠心誠意を尽くして宗家の赦しを得てください。それから、もう一つ。ここに公安の捜査官がいらっしゃることで、最早、自明でしょう。現在、蛇神一族が関わっている産業スパイなどの闇の仕事から撤退し、持っている情報は全て源様と藤原様に渡してください。以上です。桂子さん、返答は如何に?」
「お言葉に従いますわ。宗家の御当主宛の謝罪文は、既にしたためておりますの。即刻、お詫びに出向きます。二点めの条件ですが、情報の開示についてはすぐにご協力できますけれど、撤退までは少し猶予をいただきたいです。海外にも数箇所の拠点がありますから」
「即答くださったので、ひとまず、それで良いですよ。さて、公安の御二方、今お聞かせした内容が狗神家から提示できる本件の落としどころなのですが、いかがでしょうか」
「我らから言えるのは、一言のみです。一毛郷道さん、捜査へのご協力までしていただいて、感謝に堪えません」
「源が申した通りです。狗神の長よ、心から感謝申し上げます」
 建先輩と一緒に御礼を述べた。
 結界の中へ同行させてくれ、二口桂子の戦闘態勢を解いてくれただけでなく、ほんの数回の会話で、最良の形で捜査を進展させてくれた。
 この後、僕たちがするべきことは当事者の事情聴取のみだ。いくら御礼を言っても、言い足りない。


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