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生贄の少女 【3】
しおりを挟む「――シュギル様」
「これは、ミネア様。ただいま戻りました」
カルスとともに王宮に戻れば、侍女を従えたミネア様と庭園で出くわした。
父上のために摘んだばかりなのだろう、正妃というこの上ない身分であるのに、自らの手にも薬草を入れた籠を持っておられる。愛情深く、気さくな義母上に丁寧に頭を下げ、挨拶を告げた。
「母上、僕も戻りましたよ」
それまで横に並んでいたカルスがぴょんと一歩前に出て、後ろで手を組んだ姿勢でミネア様の持つ籠を覗き込んで満面の笑みを見せる。
「あら、わざわざ言わずとも、ちゃんと姿は見えていますよ。剣のお稽古をすると言っていたはずなのに、何時間も手ぶらで姿をくらませていた嘘つきな子のことならね」
「……っ、それはっ……」
しっとりと微笑みながらのお母上の御言葉にカルスが口ごもり、半歩下がった。
……うん。確かに、手ぶらではこのように言われても仕方ないな。
溢れんばかりの愛情を注いでくださる代わりに、怠惰な者には時折ちくりと棘を刺し、反省を促す。さすが、ミネア様だ。
だが、カルスにもやる気はあるのだ。ここは僭越だが私が出しゃばるとするか。
「ミネア様……」
「けっ、剣の稽古なら、これからするのです! 兄上と! 嘘など、ついておりません!」
擁護の言葉を発する前に、カルス自身によって意気込みが告げられたことで、いったん口をつぐんだ。
「まぁ、シュギル様とお稽古を? よろしいのですか? シュギル様」
「もちろんです」
カルスから私へと流れてきた正妃様の視線に微笑んで頷く。
「カルス、早速始めるぞ。剣を持って奥庭まで来い。私は先に行って待っている」
「はいっ!」
「では、ミネア様。私も、これにて失礼いたします」
勇んで走り去っていくカルスの後ろ姿を見送り、ミネア様に丁寧に礼をする。
今からなら、夕刻までにかなりの時間、打ち合えるだろう。
「――シュギル様」
御前を下がる直前、ミネア様から声がかかった。
「あの子では、あなた様のお相手を充分に務めることはできないでしょうが、どうぞよろしくお導きくださいませ」
「……っ、ミネア様! どうぞ頭をお上げください。私などにそのようにされてはっ……」
「いいえ。あの子、天真爛漫と言えば聞こえは良いですけれど、堪え性がないだけなのは良く存じておりますの。出来の悪い弟ですけれど、しっかりと鍛えてやってくださいませ」
正妃の身分の御方に頭を下げられ、こちらこそが申し訳ない気持ちになったが、カルスと同じ瞳の色を煌めかせて茶目っ気たっぷりに言い添えられた言葉に、私も笑顔を浮かべた。
「カルスは、とても可愛い弟です。では、ついつい手加減してしまいそうですが、お母上の御言葉では仕方ありません。ぐっと堪えて、鍛えることにいたしましょう」
「まぁ! うふふっ。是非、よろしくお願いいたします」
「はい。それでは、これにて」
再び礼をし、今度こそ御前を下がる。
そのまま駆け足で奥庭を目指した。「先に行って待っている」と言った手前、急がねば。
張り切っていた満面の笑顔のカルスの姿が脳裏に浮かび、口元がふっとほころぶ。
素直で率直なところが美点である弟と過ごせるこれからの時間が、実は私もとても楽しみなのだ。
ふふっ。剣の稽古が嫌にならない程度に、手加減してやることとしよう。
イラスト:南城千架様
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