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多頭竜顕現 【3】
しおりを挟む「ハァーッ!」
――ゴォッ
渾身の気合いを、横殴りに吹きつけてきた風がさえぎる。
竜の目を狙った必殺の突きだったが、簡単にかわされた。
首をひとつ狙うにしても、他の首が邪魔をしてくるのだ。その口から放たれる声が大地を震撼させる風となって吹きつけ、簡単に攻撃させてはくれない。
それに、なんと固い鱗だ。運良くひと突きできても、かすり傷ほどにもなっていない気がする。
だが、ここで怯んではいられない。もう、後には引けないのだ。創造神の使いに、剣を向けてしまったのだから。
それに、あまり時間をかけてもいられない。
多頭竜に戦いを挑む自分の周囲を、じりじりと軍兵が囲い始めている。
左右に動き、飛びすさって攻撃を繰り出す合間、目の端に、何かを叫び続けているカルスの姿も映っていた。
神使に剣を向ける不届き者として拘束されてしまう前に、決着をつけなければ。
「ふぅ……」
短く息をつき、呼吸を整える。
「よし」
もう一度剣を振り上げ、また駆け出した。
巨大な敵に向かって。
――キンッ!
甲高い金属音が、短く響いた。
「……くっ……」
手首が痺れ、手にした剣の重みがなくなっている。
剣が折れたのだ。
多頭竜の胴体を覆う固い鱗に阻まれて。
戦場で使う業物の大剣とは違い、護身用の剣で竜を相手にするのは、無謀だったか。
どうする?
一気に、汗が吹き出した。
が、目に入らぬよう、額の汗を片手で拭っただけで左右に目を走らせ、高速で頭を働かせる。
兵士の剣でも奪うか。もしくは弓を……しかし、そうしている間に多頭竜は彼女をその手にかけてしまうのではないか?
「シュギル様っ!」
「ロキ?」
お前、なぜそんなところに居る?
いつの間に、こんな近くに来ていたのか。周囲を取り囲んでいる軍兵の集団から人波をかき分けるように出てきたロキが、大声で呼びかけてくる姿をみとめた。
「シュギル様、これをっ!」
片手を大きく振り上げ、その手に持っていた物を素早く投げ渡してくる。
それは横向きに回転しながら宙を飛び、受け取るために高く掲げた私の左手に、カチャリと音を立てておさまった。
「……っ、ロキ。よくやってくれた!」
ロキが投げて寄越してきた物。それは、私が戦場で愛用している、ギルトゥカス英雄王の宝剣だった。
それと知るなり、素早く鞘から抜き放つ。手に馴染んだ柄の感触を握り込んだ手のひらで確認した時には、もう走り出していた。
祭壇の階段を二段飛ばしで駆け上がり、反動をつけて高く飛ぶ。
ずっと狙いを定めていた、一点をめがけて。
これまでの戦闘で、恐らくは、と目星をつけていた、多頭竜の弱点と思われる場所。九つ首のうち、唯一、蒼天色の青眼を持つ中央のひとつ首。
琥珀色の目を持つ他の首が護るようにうごめいているそこに向かって、大剣を叩きつけた。
渾身の力を込めて。
――ザシュッ
一閃。
鈍い音を立て、自らが薙ぎはらった大剣の軌跡。その行方を確認することなく、地に降り立った。
手応えは、充分にあった。
そして、背後でゴトリと立てられた音に軽く首をひねり、それに目線をやる。
王国の守り神。九つの頭を持つ竜。そのひとつ首、青眼を持つ頭部が、そこに転がっていた。
手にした大剣は、柄から切っ先まで竜の血にまみれ、どす黒く粘つくその色を刀身にねっとりと滴らせている。
王国の未来を約束する神聖な存在を、今、自分は手にかけてしまったのだ。
白の少女を護りたい。ただ、そのためだけに――。
「……さて、これからどうするか」
自らが剣の一閃で落とした首の青眼を見やり、そんな呑気なことを呟いた。
なぜなら、中央の青眼の頭部を失った竜は、その直後、荒々しい咆哮を辺りに響かせたが、少女を喰らうことなく、既に飛び去っていたから。
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