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覚悟の重さ 【7】

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「ルリーシェ!」

 行くな。

「ルリーシェっ!」

 行くな。その人を連れていくな。なぜ、今なのだ。なぜ!

「ルリーシェーっ!」

――ザァンッ!

 降り立った時と同じく、激しい水しぶきと高波を巻き起こして飛び立った神使に向けて、波に飲まれながらも必死に手を伸ばした。

「シュギル様!」

「……っ、ロキ……」

 王国の守り神がさらっていく姿だけを追っていた私は、気づかなかった。

「良かった。やっと追いつきました」

 うねる波の中、ロキが私の傍近く来ていたことに。

「ひとまず陸に上がりましょう。水の中では、思うように身動きが取れませんし」

「ロキ。お前、怪我を……」

 高波に揉まれ、勢いよく流れてきていた木の幹の存在にも、気づいていなかった。ルリーシェだけを見ていたから。

「私を、かばって……」

 太い幹の折れた断面が、ロキの肩に突き刺さっていた。よそ見をしていた私を、かばったせいで。

 泥の海に、鮮血の波が広がっていく。私は、酷い主人だ。

「済まない」

 空高く飛び立った多頭竜が、神殿の上空で宙に浮いているのを確認してから、ロキに謝罪したのだから。

「御心配には及びません」

 しかし、血の気を失った青ざめた表情は、そんな私に力なく笑いかけてくる。その肩から流れ落ちている赤き色を、周囲の水に絶え間なく吸わせながら。

「私のことなどよりも、早くあの御方の、もと……へ……」

「ロキっ?」

 平気な様子でよどみなく話していたはずのロキが、突然気を失った。そうして、仰向けに倒れ、そのまま波の中へ沈んでいく。

「ロキっ、掴まれ!」

 意識を失い、沈んでいく身体を引き上げて声をかけたが、何の反応もない。血を失いすぎたのだ。これではいけない。早く陸に上がり、止血しなければ。

 が、多頭竜が引き起こしていった高波は、依然、泥の海を大きく揺らしており、失神したロキを連れて泳ぐのは、困難を極めた。

――ザァンッ!

「……くっ!」

 波に乗って凶器のように襲いかかってくる流木に行く手を塞がれ、さらにメリメリと嫌な音を立てて迫ってくるそれらに、いつの間にか周囲を固められてしまっていた。これでは、身動きが取れない。

「……っ、邪魔をするな!」

 ルリーシェの身柄。ロキの手当て。どちらも最優先事項なのだ。

「邪魔だ! 私の行く手をさえぎるなっ!」

 身の内から迸る、憤怒の叫び。八つ当たりのようなその怒号を放った、その時――。


―キィンッ

 聞き覚えのある音を聞いた。


――ザンッ!

 直後、暗闇に閉じ込められた。


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