33 / 87
6
覚悟の重さ 【7】
しおりを挟む「ルリーシェ!」
行くな。
「ルリーシェっ!」
行くな。その人を連れていくな。なぜ、今なのだ。なぜ!
「ルリーシェーっ!」
――ザァンッ!
降り立った時と同じく、激しい水しぶきと高波を巻き起こして飛び立った神使に向けて、波に飲まれながらも必死に手を伸ばした。
「シュギル様!」
「……っ、ロキ……」
王国の守り神がさらっていく姿だけを追っていた私は、気づかなかった。
「良かった。やっと追いつきました」
うねる波の中、ロキが私の傍近く来ていたことに。
「ひとまず陸に上がりましょう。水の中では、思うように身動きが取れませんし」
「ロキ。お前、怪我を……」
高波に揉まれ、勢いよく流れてきていた木の幹の存在にも、気づいていなかった。ルリーシェだけを見ていたから。
「私を、かばって……」
太い幹の折れた断面が、ロキの肩に突き刺さっていた。よそ見をしていた私を、かばったせいで。
泥の海に、鮮血の波が広がっていく。私は、酷い主人だ。
「済まない」
空高く飛び立った多頭竜が、神殿の上空で宙に浮いているのを確認してから、ロキに謝罪したのだから。
「御心配には及びません」
しかし、血の気を失った青ざめた表情は、そんな私に力なく笑いかけてくる。その肩から流れ落ちている赤き色を、周囲の水に絶え間なく吸わせながら。
「私のことなどよりも、早くあの御方の、もと……へ……」
「ロキっ?」
平気な様子でよどみなく話していたはずのロキが、突然気を失った。そうして、仰向けに倒れ、そのまま波の中へ沈んでいく。
「ロキっ、掴まれ!」
意識を失い、沈んでいく身体を引き上げて声をかけたが、何の反応もない。血を失いすぎたのだ。これではいけない。早く陸に上がり、止血しなければ。
が、多頭竜が引き起こしていった高波は、依然、泥の海を大きく揺らしており、失神したロキを連れて泳ぐのは、困難を極めた。
――ザァンッ!
「……くっ!」
波に乗って凶器のように襲いかかってくる流木に行く手を塞がれ、さらにメリメリと嫌な音を立てて迫ってくるそれらに、いつの間にか周囲を固められてしまっていた。これでは、身動きが取れない。
「……っ、邪魔をするな!」
ルリーシェの身柄。ロキの手当て。どちらも最優先事項なのだ。
「邪魔だ! 私の行く手をさえぎるなっ!」
身の内から迸る、憤怒の叫び。八つ当たりのようなその怒号を放った、その時――。
―キィンッ
聞き覚えのある音を聞いた。
――ザンッ!
直後、暗闇に閉じ込められた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
59
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる