77 / 87
epilogue
携えるは、ただひとつの愛 【3】
しおりを挟む「それに、ミネア様も随分と落ち着かれたと、ザライアから聞いた。なれば、余計に私が行かぬほうが良いだろう?」
私への憎悪と狂気に蝕まれていたミネア様は、神殿長ザライアの名のもと、修養という名目で神殿の斎場で過ごし、心身ともに落ち着かれたということで、つい先日、王妃宮へと戻られた。
驚いたことに、あの狂った変貌の大半はレイドによる洗脳のせいだったらしい。
が、ミネア様がお心の内に抱え込まれていた闇は、小さくとも確かに存在していて。
私はそれを知っていたのに、実際には見えてはいなかったのだ。
国内の有力者の娘の中から母の女官に選ばれ、その後、父に無理強いされてカルスを身ごもったこと。
その時、ミネア様には婚約者がいたこと。
私は、それを知っていたのに。
父を恨むことなく、実母に疎まれていた私にも愛情を注いでくださったから、その一面しか見ていなかった。
見えていなかったのだ。
どうして私にも優しくしてくださるのかと、幼い私は、一度ミネア様にお尋ねしたことがある。
その時、側妃である自分に、私の母が優しくしてくれるのが嬉しいからだと答えてくださったのを、ずっと鵜呑みにしていた。
その時の笑みが、とても静かで、優しかったから。
実は、私の母から陰湿な苛めを受けていたというのに。
母、アステイアは、とても美しく、気性の激しい人だった。
我が国との戦に負け、その協定のために父に嫁いできた母にも、ミネア様と同じく、想う相手がいたという。
母付きの護衛の騎士だった恋人と引き裂かれ、祖国の安寧のためだけに私を産んだ。
が、自身をそんな境遇に追い込んだ父ドラシュを、気位の高い母が愛せるわけもなく。心を開かない母の代わりに父が側妃に迎えたミネア様にも、きつい仕打ちをするようになったという。
その後、再び起こった隣国との戦で、恋人であった騎士が戦死したことを知り、その後を追って自害してしまった。
私の十歳の誕生日のことだ。
大地の女神様に全てをさらけ出し、神殿の奥宮で贖罪の祈りを続けているレイドの告白で知った実母の姿と人生は、彼女を愛していた私にはとてもつらく、痛々しいものとなった。
「国王陛下が御譲位なされたら、王妃様もご一緒に湖畔の離宮に移られるそうですね」
「そうなされると聞いた。カルスが即位すれば、間を置かずに妃も迎えるだろう。そのために王妃宮を空けておかねばならないしな」
レイドの告白で知った事実は、もうひとつある。
酷い仕打ちを受けたにも関わらず、アステイア妃の息子である私を慈しみ、育てたことを不憫に思ったレイドが、王妃宮での祭祀を利用してミネア様を洗脳した。
ミネア様の子であるカルスを王位につけるべく、機会を窺うように。
元々のミネア様は、控えめで愛情深い性質。だから、母に疎まれていた私をカルス同様、可愛がってくれたのだが。その心には、黒い染みが、徐々に広がっていた。
ミネア様がレイドと引き裂かれ、父ドラシュの側妃となったのは、心を開かない母アステイアの身代わりのため。
傲慢で独善的な王が、真実愛していたのは、アステイアひとりだった。
父は、隣国に赴いた際に母を見初め、深く愛するようになったが、乱暴な態度しかとれずに見向きもされなかったという。
その後、戦を利用して政略結婚で正妃に迎えるものの、一向に心を開かない母に焦れ。当てつけと身代わり、両方の目的でミネア様を側妃に。
結果、ミネア様とレイドの運命を狂わせた。
10
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】シロツメ草の花冠
彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。
彼女の身に何があったのか・・・。
*ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。
後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。
孤独な公女~私は死んだことにしてください
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【私のことは、もう忘れて下さい】
メイドから生まれた公女、サフィニア・エストマン。
冷遇され続けた彼女に、突然婚約の命が下る。
相手は伯爵家の三男――それは、家から追い出すための婚約だった。
それでも彼に恋をした。
侍女であり幼馴染のヘスティアを連れて交流を重ねるうち、サフィニアは気づいてしまう。
婚約者の瞳が向いていたのは、自分では無かった。
自分さえ、いなくなれば2人は結ばれる。
だから彼女は、消えることを選んだ。
偽装死を遂げ、名も身分も捨てて旅に出た。
そしてサフィニアの新しい人生が幕を開ける――
※他サイトでも投稿中
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!
鈴宮(すずみや)
恋愛
ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。
「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」
とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?
これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる