花霞にたゆたう君に

冴月希衣@商業BL販売中

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第四章

天花舞う【2】

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「はーい、じゃあ皆さん、今のお手本通りにやってみてくださいね」
「わ、上手に出来るかしら?」
「ドキドキするねー」
 きびきびとした講師の声に、メンバーの声が続いた。
 ホテルから真っ直ぐに向かった先は、畑と水車がある大きな屋敷。そこで、蕎麦打ち体験の真っ最中だ。
 学年行事で訪れたスキー場だが、初日の今日だけは、各班ごとの行動で、地元の民家にお世話になって様々な体験をする。竹細工作りや炭焼き体験もお勧めコースにあがっていたが、秋田と女子全員の希望で蕎麦打ちに決まった。
 山田の希望は知らなかったが、俺は彼女と一緒に居られるなら何でも良かったから、すぐに賛成したんだ。
 それにしても、と不満と疑問が湧き出る。
 おい、秋田。この並び方は、どういうことだ?
 いかにも地元の豪農といった感じの大きな屋敷の土間。そこに据えられた天然木の巨大なテーブルの前に陣取っている俺たち。奥から明石、山田、秋田、笹原、白藤さん、俺の順に並んでる。
 最初、秋田が俺の隣にいた。なのに、蕎麦打ちの手本を見学する直前、秋田が移動した。
 男女ペアになるよー、と、彼女を俺の隣に引っ張ってきた。
 それなら、秋田自身が笹原と入れ替われば済むはず。この状況は、さっきのショックを少なからず引きずってる俺には、なかなかの仕打ちだ。
 見てみろ。この子を。隣に立ってるはずなのに、斜め45度、右を向いてる。つまり、俺から見えるのは横顔どころか後頭部のみだ。
 とことん、避けられてるじゃないか。
 駄目だ。今日、何回目の拒絶だ? いくらメンタルの強い俺でも、一日に何度も打ちのめされれば、さすがにへこむ。
 唯一の救いは、どれだけへこんでいても表情には一切出ないから、誰にも内心を気づかれないことだけだな。


「あら。君、上手いねー。家でも、蕎麦打ちやってるの?」
「いえ。蕎麦は初めてです」
 無心になりたくて、ひたすら目の前のものに打ち込んでたら、蕎麦打ち体験の講師が声をかけてきた。
 敷地内で営業している蕎麦屋の経営者で、この家の娘でもある人。この春に祥徳大学を出たばかりの、俺たちの先輩だ。大学で経営学を学びながら、何軒もの店で修業を積んだと言っていた。
「ふーん。『蕎麦は初めて』ってことは、麺打ちの経験はあるんでしょ? 手つきを見ればわかるわ」
「はぁ」
「初心者だと思ってたから、二八にはちで教えようと思ってたんだけど」
 二八蕎麦か。そうだろう。初心者なら、小麦粉を繋ぎに加えたほうが楽に作れるからな。
「ね! 君、十割そばを打ってみない? いや、打とうよ! 教えるから、ちょっとこっち来て? うわぁ、テンション上がるー!」
「は?」
 何なんだ? 
 パンっと両手を打ち鳴らして早口でまくし立てた講師が、俺の腕を掴んで強引に自分の作業台に引っ張っていこうとする。
「あっ」
 その時、背後から、俺の好きな声が小さく聞こえてきた。
「君、どうしたの? 今からだと時間ギリギリだから、早く来てよ」
 途中まで引っ張られてた俺が、急に立ち止まったまま動かないのを訝しんだ先生の声がすぐ傍で聞こえるが、俺の目は彼女の顔から離れない。
 小さく口を開いて、不安げにじっと俺を見てくる。
 どうした? なんで、そんな表情してるんだ?
「先生。俺、二八蕎麦のままでいいです。俺たち、ペアで蕎麦打ち体験の感想を書かないといけないので」
「えー! せっかく、いい弟子を見つけたのに! ねぇ、打とうよ。十割ぃー!」
「すみません」
 さり気なく、失礼にならない程度に力を入れて、先生の手から腕を抜く。そして、彼女に向き直った。
 その手の下にある、ぽろぽろと幾つもの塊になった、蕎麦粉が目に入る。手の甲から指先までが蕎麦粉まみれだ。
 独りで不安だった? ごめん。
 彼女の隣に戻って、その細い指先がかかっている黒内朱のこね鉢と、俺のこね鉢を交換する。
「えっ? あ、あのっ」
 驚いて俺のほうに出してきたその手に、麺棒を渡した。
「こっちは引き受けるから、それを伸ばしてくれる?」
「でも」
「早く。時間、無くなるよ?」
「は、はい!」
 彼女がこねていた蕎麦粉をこね直しながら隣を見やれば、一生懸命に蕎麦を伸ばしている横顔がある。
 自宅から持参したんだろう、ピンクの割烹着が可愛らしい。後ろで髪をひとつに結んでいるから、ピンク色の襟ぐりから浮き上がるように、白いうなじが際立っている。
 やばいな。目が離せそうにない。
「そこのS系眼鏡くん! いつまでこねてるの? 時間が無くなるわよ?」
 S系? 俺に言ってるのか?
 声を辿ると、盛大に吹き出してる山田の向こうで、いつの間にか秋田を十割蕎麦の弟子にしていた先生が、意地悪い笑みでペロッと舌を出していた。


「では、次はお蕎麦を茹でます。茹で過ぎは禁物ですからね」
「はーい」
 大きな鍋を心配そうに覗き込んでは、チラチラと時計を見る、ピンクの割烹着の女子。そんな可愛らしい姿が、俺のすぐ隣にいる。
 本当に、何にでも一生懸命な子だな。
「あ、時間だ」
 小さく呟いて、慎重にザルの中に麺を集め始めるのを見守る。
「あっ、熱っ!」
「……っ、それ貸して!」
 沸騰した茹で汁が手首に跳ねたんだ。すぐさまその手からザルを取り上げ、彼女の手首を傍にある氷水に浸けた。
「こ、このお水っ、お蕎麦用のっ!」
「そんなの構わない」
 茹で上がった蕎麦をしめるための氷水だが、火傷の手当てが先決。
 ――もう、大丈夫だろうか?
 たっぷりの氷水を張ったボウルに突っ込んだ手の感覚は、すぐに無くなった。指先が縮み上がるようだ。
 あまり冷やしすぎるのも良くない。そっと持ち上げて、火傷の部位を確認する。
 良かった。皮膚は少し赤くなってるが、後は流水で冷やすだけでいいだろう。
「こっち、来て?」
「は、はい」
 シンクの水道水の量を調節し、彼女の手首にあてる。慎重に、慎重に。
「痛くない?」
「……」
「白藤さん? 痛いの?」
「あ……だ、大丈夫、ですっ」
 何だ? キョロキョロと周りを見て、明らかに挙動不審……。
 ……あ! 俺、またやったのか?
 火傷の手当てのことしか頭になかったが、そう言えばずっと手首を掴んだままだった。
 それどころか、今の自分の体勢を自覚して眩暈がしてきた。彼女の背後から手を回して、まるで抱きしめるような――。


 しまった!
 よくよく見れば、瞳も潤んでるじゃないか。俺はこんなに学習能力の無いヤツだったのか?
「すみません、先生。彼女が火傷をしたので、塗り薬をいただきたいんですが」
 そっと手を離し、彼女に密着してた身体も横にずらした。
「涼香ちゃん、大丈夫っ?」
 慌てて駆け寄ってきた秋田たちに後は任せて、ザルに乗ったままの蕎麦の硬さを確かめる。まだ伸びてない。氷水にさらせば大丈夫だ。
 彼女の手当てが終わったら、すぐに食べられるようにしておこう。
 けど、どうするよ。俺。
 絶対、怖がらせた。
 いつも、こうだ。彼女のことになると、他のことは何も見えなくなる。おまけに、それで怯えさせた。もう、救いようがない。
 彼女の手、折れそうに細かった。少し震えてた。
 いったん意識してしまえば、俺も落ち着かない。鷲掴みにした手首に触れてた部分、手のひらだけが熱く感じる。
 手も胸も、ずっと熱いんだ。


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