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第五章
君に、捕らわる 【1】
しおりを挟む「あ、土岐。お帰りー」
ロッジに戻ると、同室のメンバーは俺以外、既に全員部屋に揃っていた。
「あぁ、戻った」
声をかけてきた高階に短く返し、ジャージに着替える。
「土岐くん。涼香ちゃん、大丈夫だったでしょ?」
無邪気な笑み付きの秋田の質問で、ホテルに入る前の少し様子のおかしかった彼女を思い出した。が――。
「あぁ、たぶん」
その時の様子を上手く表現出来なかったから、何となく言葉を濁してしまう。
あれは、大丈夫の分類に入るんだろうか?
俺のことは怖くないと言ってはくれたが、今ひとつ自信がない。
「えー、なになにぃ? 何かあったのかぁ?」
壁にもたれて山田とスマホゲームをやっていた武田が、身を乗り出して聞いてくる。瞳をキラキラ輝かせて。
「別に何もない。もしあっても、お前には言わない」
お前にだけは、な。
「うわ、ひでぇ! さっきも外で俺のこと、無視するし。土岐、俺に冷たすぎじゃね?」
「ふふっ。さっきのは武田が悪いんだから、仕方ないよ。せっかく土岐が頑張ってたのに、邪魔しただろ?」
横から割り込んできた高階が、何やら含みのある表情で武田と俺を交互に見てくる。いや、含みがあるのは表情だけじゃないな。
おい。『頑張ってた』って、何だ?
「あぁ、それはそうと。――ねぇ、土岐? いくら火傷の手当てをするためとは言え、女の子を後ろから抱きしめちゃうのは、どうなんだろうねぇ?」
お前……なんで、それを知ってる。
「それに、微笑みながら見つめては食べて、また見つめるを繰り返すとか。うわー、すごいなー。すごいよー。俺らにも微笑んでくれよー」
棒読みじゃないか。
「あとは、皆の見てる前でずっと頭を撫で続けるとか。土岐にしては、やるじゃないかー」
「……おい、山田」
地の底から響くような声が、俺の口から零れ出た。
「うぉっ! なっ、何だよ。お、俺はだな! ただ……」
「おいおい! すげぇじゃんか、土岐! なぁ、俺にも聞かせろよ、山田!」
座ったまま、後ろにずり下がった山田が言い訳を始めたが。それと同時に、興奮した武田が山田にのしかかった。
「うわっ! 何すんだよ、武田!」
「いいじゃん。俺にも教えてくれよー! 土岐の恋愛武勇伝! でんででん!」
図体だけはデカい武田にのしかかられて、ひと回り小さな山田がジタバタしてる様は、何というか、大猿と小猿にしか見えないな。
「なぁ、なぁ! こーんなことはヤってなかったかぁ? んーーっ!」
唇を尖らせて山田の顔に迫る武田の背中に、思いっきり投げつけてやった。武田が背もたれに使っていた枕二個を。
「いってぇ!」
「いい加減にしろ、お前ら。――ところで山田」
横に転がった武田は無視。山田に近づき、腕組みして真上から見下ろす。
「あ! ま、待て、土岐。おっ、俺はだな。高階に途中経過のメッセージをサクサク入れてただけじゃん! そしたら、次の経過を知らせろって何度も急かされてだな!」
「ほう? 〝何度も〟だと?」
仰向けに後ろに下がりながら言い訳を並べる山田から、斜め後ろへ視線を移す。そこには、ホットレモンを飲みながら涼しげに微笑む高階の姿。
「ん? 何? そんな風に睨んで。だって仕方ないじゃないか」
俺の視線を受け止めた高階が、白々しく肩を竦めて見せる。
「山田が最初に『今、土岐が白藤さんを後ろから抱きしめてるんだよう』なんて報告してきたんだよ? 詳しく知りたくなるのは幼なじみとして当たり前だろ?」
何、開き直ってるんだ。
「開き直るな」
「昔から土岐を知ってるヤツなら、誰だって知りたいさ。なぁ、基矢?」
「まぁ、そうだな」
「あーっ! そこで俺の名前も出してくれよぉー! ハブるの反対!」
高階に振られて無表情に頷く一色と、ガバッと起き上がって自分を指差してアピールする武田。と、その向こうでにっこりと笑う秋田に、ずりずりと部屋の隅まで後ずさり中の山田。同室メンバー全員を見渡した俺は「勝手にしろ」と、どうとでも取れる返事を返した。
結局、俺も、コイツらからなら、何をどう弄られても本気では怒れない。それくらいには信頼してるし、友達甲斐も感じてるんだ。
「ところで、土岐。友だち思い、且つ、謙虚で奥ゆかしい俺から、お前に重要なアドバイスがあるんだ」
どう贔屓目に見ても、謙虚でも奥ゆかしくもない表情。いわゆるドヤ顔で、腕組みしてるヤツからのアドバイスなんぞ、出来れば聞きたくない。重要な、とつけてる時点で、胡散臭さは五割増しだ。
「ごく簡単なことなんだ。明日からのスキー講習、白藤さんとペアなんだって?」
「あぁ」
このネタの発信源は秋田か。視界の端で、にこにこしてる小柄な姿を見ながら返事をした。
「その時、お前のミラーレンズのスポーツサングラス。あれを、ずっとかけておくこと。それだけ」
「は? サングラス? おい。それのどこが、重要なアドバイスなんだ?」
「えー? もう、仕方ないな! じゃあ、ひとつだけヒントをやるよ」
呆れ返った口調で眉間に皺を寄せた高階が、口元にぴっと人差し指をあてがう。妖しい笑みを浮かべながら言葉が継がれた。
「評判が良いから、だよ」
「は? 評判? 評判って、どういう……」
「ヒントは、ひとつで終わりだ。これ以上は言わない」
パンっと、一回。手を叩いた音が響く。次いで、意地の悪い笑顔が見上げてくる。その表情で、この件ではもう会話する気がないと伝わった。
「……わかった」
意味は理解出来てないが、言われたことはわかったから。そのアドバイス通りにしてやる。
というか、そもそも使うために持ってきたものだからな。
ミラーレンズのスポーツサングラス。スキー場で使い倒してやろう。
10
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