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第五章
君に、捕らわる 【11−4】
しおりを挟む「ちょっと! 何、こんなとこで呼びかけてんのよ」
先生の慌てた声を聞きながら、信じられない思いで涼香を見れば。俺の表情でわかってくれたのか、うんうんと可愛く頷いてくれている。知ってたんだね、君。
「ご結婚されてたんですね?」
「あ、やっぱり意外か? そうだよ。俺はまだ学生なんだけどな」
「はーいはい。話はロッジに戻ってからでも出来るでしょ? そろそろ行くわよ」
直後、エンジンをかけて先生はスタートしていった。
「あぁっ! 待ってくれよ。みいちゃん!」
この置いてけぼりの光景、さっきも見た。慌てて追いかける彰さんに遅れないよう、スキー板を持って素早く乗り込んだ。
「おっ、手早いな。助かる! じゃ、行くぞ」
前を行く、加賀先生のスノーモービルを追いかけて。飛ぶように、という表現がぴったりのスピードで雪原を走り抜ける。
が、二台の差は縮まることはない。あちらも同じくらいスピードを出してるということだな。涼香を乗せてるっていうのに、乱暴な運転はやめてほしいんだが。
「けど、良かったよ! 君たちが上手くいって!」
風に乗って、所々強弱のついた彰さんの声が飛んでくる。
「みいちゃんから焦れっ焦れの二人がいるって、聞かされてたしさ!」
焦れっ焦れ……それは悪かったな。夫婦の会話で自分たちの話題を出されてたなんて聞かされて、どう返したらいいか全然わからん。
「でも、君を見てる涼ちゃんがあんまり健気だったからさ! 双眼鏡を貸したげたんだよ!」
双眼鏡。彼女が言ってた、あれ。彰さんの私物だったのか。
「すっげー喜んでくれて、嬉しそうにずっと眺めてるから、俺も嬉しくなったよ! 本当に君のことが好きなんだなって、思ってさ」
あ……。
何だ? この感覚。くすぐったい何かが胸の底から湧き上がってきて、甘い疼きで俺を満たしていく。
嬉しい。人づてに聞かされた彼女の姿と想いに、胸が熱くなる。自然と口元が綻んでいくのを止められない。
ロッジのバルコニーで、彼女と彰さんが並んで座ってるのをゲレンデから見上げた、あの時。二人が親密に笑い合っていたシーンが蘇る。
本当に綺麗な笑顔を彰さんに見せていた涼香。その笑顔に、荒れ狂うほどのどす黒い感情に支配されて苦しかった。
けど、今はどうだ。あの笑顔が自分に向けられていたものだったと聞かされて、こんなにも嬉しい。俺が知らない彼女の様子を語る彰さんに、少しぐらい嫉妬してもおかしくないのに、だ。
「はい、到着!」
彰さんの声と同時に、横に止まっているスノーモービルに座る彼女と目が合う。
「奏人っ」
雪煙が塵のように白く巻き上がる中。輝くような笑顔が俺を出迎えた。
すぐに降りて、その笑顔を見つめながら傍に近づく。
「ねぇねぇ! すごいスピードだったね!」
「そうだね。怖くなかった?」
ドアに両手をかけて身を乗り出すようにしながら、少し興奮したような笑みが、雪をバックに弾ける。
「全っ然! また乗りたい」
さっきの甘い疼きが蘇ってくる。俺だけに向けられる笑顔は、なんて眩しいんだろう。
「遅かったわねー、アキラ」
「いや! スペックが同じ機種で先にスタートしてたら、追いつける訳ないじゃん!」
「ふふん。結局、私には勝てないってことよねー」
「みいちゃん。俺の話、聞いてる?」
腰に手を当てて得意げにふんぞり返る加賀先生と、情けない顔で、がっくりと脱力した彰さんの会話が、俺たちの横で繰り広げられている。
あ。今、聞いてみようか。さっきから気になっている、あれについて。
「彰さん。先ほど自己紹介された時、『加賀』と名乗られてましたけど、もしかして」
「おー、鋭いなぁ。うん、そうだよ。俺、みいちゃん家の婿養子なんだ」
あ、やっぱり。加賀先生の話しぶりからは、ずっと『加賀』を名乗ってるように見受けられてたからな。
「あ、そうだ。話、変わるけど。君さ、みいちゃんから、ちょっとわかりにくい質問されただろ?」
「……あぁ、はい」
突然。本当に突然、話が切り替えられた。質問って、あれだな。
『これは、真剣に答えてね? ――君。自分のこと、好き?』
「その答え、出たか?」
なぜ、今この話題になったのかはわからないが。優しい目線に答えるべく、言葉を返していく。
「はい。『好きだ』と、はっきり言い切れます」
「そっか。うん、良かったよ」
真っ直ぐに彰さんを見つめて告げると、目尻にしわを作って笑い返してくれた。
「なぁ、あのさ。みいちゃんて、あぁ見えてものすごく自己評価が低いんだぜ? 全然、そうは見えないだろうけどさ」
笑みを湛えたまま、ぐっと、組んだ両手を上に上げて。伸びをした体勢のままの彰さんによって、また話が切り替えられた。
「そうなんですか?」
うん。確かに、そんな風には見えないな。口には出せないが、逆に自信過剰な面が見受けられる気がするぞ。
「もちろん、自分が努力して得たものに対しての圧倒的な自信は、持ってるんだけどさ」
なるほど。視点が違うってことか。
「そんなみいちゃんがさ。俺に言ったんだよ。
『自分にすごく似てる子がいて、気になって仕方ない』って」
似てる? 俺が、あの先生に?
「彰さん。それって……」
「アキラー! こっちの話はついたから、その二人、送ってったげてー!」
「おー、りょーかーい!」
彰さんが口にした、俺と加賀先生との共通点について尋ねようとした、ちょうどその時。当の先生がロッジから出てきて叫んできた。
「さて、送っていくから、こっちに来てくれるか? あ、涼ちゃんは足元に気をつけてね」
彰さんが俺たちに手招きをしながら、もう片方の親指ではロッジの横手に止めてある車を指している。あれで送ってくれるということなんだろうが。
「どちらに送ってくださるんですか?」
スノーモービルから降りる彼女に手を貸しながら、尋ねてみる。
「俺ん家だよ。うち、整形外科なんだ。念のため、親父に診てもらっといてくれよ。みいちゃん、あれで心配性だし」
そうだな。俺はともかく、涼香の足の状態は気になる。
「その後、涼ちゃんをホテルに送り届けてから、君をロッジに送る。その順番でいいだろ?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
昨夜、俺がやったのは応急処置。受診出来るなら、そのほうが安心だ。
足をかばって歩く涼香に合わせて、ゆっくりと車に向かう。
繋いでる手を何度もきゅっと握っては、こちらを向くように仕向けると、その度にピンクに染まった頬で微笑んでくれる。
まっさらで純真な彼女と過ごせる時間が延長になったことで、俺の口にも幸福な笑みが浮かぶ。無表情仮面と呼ばれた俺は、どこへ行ったんだろう。
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