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キミとふたり、ときはの恋。【第五話】

冬萌に沈みゆく天花 —告白—【7一11】

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「涼香っ」
 繋いでいた手が引かれ、腕の中にすっぽりと包まれた。目線を少し上げれば、奏人の肩越しに冬の太陽が見える。大好きな人と私に降り注ぐ木漏れ日に目を細め、言葉を継いだ。
「大丈夫よ。ありがとね」
 こうしてくれたのは、その日を思い出させたことを気遣ってくれてるからよね。ありがとう。

「あのね、私、さぁちゃんはそう言うかもしれないって、わかってたの。ずっと仲良くしてた友だちだから大丈夫、という期待の反面、もう昔には戻れないという諦めもあった。ある程度は覚悟してた。だからね、その日の夜、転校したいって両親に言った。実は二月に入る前にお父さんから転校を提案されてて、私の決断待ちだったの。数日後、祥徳の編入試験を受けて、無事に合格できた。これが、私が中三になってから祥徳に編入した理由と、煌先輩とおばあ様と出会った経緯です。ずっと隠しててごめんなさい」
 最後の言葉を、奏人の腕の中で締め括った。優しい温もりに身を預けたまま黙し、相手の言葉を待つ。

「つらかったね。俺に聞かせるために過去の諸々を思い出すのは相当な負担だったろう? ごめんね」
 予想通り、奏人は、いたわりと謝罪を口にした。
「ううん、さっきも言ったけど大丈夫。正直、女子校でのことは、いまだに痛い記憶ではあるけど。それだけじゃなかったから。楽しい思い出も、嬉しい出会いも確かにあったから。それに、こんな風に話せる彼氏が、今の私にはいるもの。だから奏人、最後まで聞いてくれてありがとう」
 泣いてばかりだったあの頃の自分に教えてあげたい。時間はかかるけど、ちゃんと向き合えるよって。
 煌先輩が保証してくれた通りの未来になったよって。

「あ、そうだ。まだ言えてないことあった。あのね、おばあ様と煌先輩とは、都内の学校に転校しますって報告に行ったのが最後で、今年になって再会するまで音信不通だったの。私はお手紙だけでもと言ったんだけど、新生活のためにはそのほうが良いって言われて。もう会えないのかなって漠然と思ってたから、余計に再会が嬉しくて、はしゃいじゃったんだと思う。何の説明もせずに『恩人さん』を連呼して、ごめんなさい」
「いや、その点については俺が狭量なのが悪いから、謝らなくていいよ。むしろ、謝られると俺がつらい」
「えー? だって、ここが肝心なのに。千葉にいた頃の恩人さんだって紹介はしても、その経緯を隠してたのは、私が卑怯者だからよ。男子が絡んでることで苛められてた、なんて言いたくなかった。そんな過去があることを知られたくなかった。思い切ってしまえば、こんなに簡単に晒け出せることだったのに。奏人に嫌われたくないからって言い訳して、ひた隠しにしてきたことを謝るまでで、やっと私のターン終了だと思うの」
 奏人だって全部見せてくれたんだから、私もずるい自分を見せなくちゃいけない。

「卑怯じゃないよ。俺も、君には嫌われたくない。それは誰もが持ってる感情で、良いにつけ悪いにつけ、人の原動力になる。俺は、そう思う」
 腕がほどかれた。ゆっくりと身体が離れ、じっと見つめ合う体勢で甘いテノールが静かに紡がれる。
 奏人も? 私みたいな、こんな姑息な感情を共感してくれると言うの?
「好きな相手に嫌われたくないから自分の短所は隠したいし。そんな自分でも好かれたいから、相手に釣り合うよう、無理して努力する。俺は君と出会って以来、ずっとこれの繰り返しだ。というか、この点に関しては、俺のほうが病んでる自覚があるから安心してほしいな」
「え……」
 突然の病み発言が、なされた。どう反応していいかわからない。

「あ、うん……わかり、ました?」
 でも、気づけば承諾してた。
 さらりと告げられた内容は、私には覚えのありすぎるものだったから。同じだ、と思えたから。


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