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伍
鳴弦に、愛の言霊の閃く 【二】
しおりを挟む「では、このことは櫛子《くしこ》殿の提案なのですか? それに、今日が初めてではなく、今までに幾度も花飾りをともに作っていたと?」
三人の女童たちに順に目線を向け、念のための確認をすると、全員が同時に頷く。
知らなかった。そんな経緯《いきさつ》、初めて耳にした。
「そうなのだ。光成。女童たちの言う通り、本日も櫛子に頼まれてやむなく、だったのだ」
「そう、でしたか。わかりました」
そして、おかしな話し方を引っ込めた『建殿のふり』をしている相手が真面目な顔つきで話すことに、渋々と首肯する。ならば仕方がない、と。
「ごめんなさいねぇ、光成ちゃん。目立たない格好しろって言われてたけどぉ。ほら、アタシって美の具現者だから、どうしても地味な格好って出来なくってぇ。妥協点が、この夏萩の襲《かさね》だったのぉ」
が、その直後、今度は私の耳元にその唇を寄せてきた相手の内緒話を聞いて、徐々に顔が強張る。
「あとね、建は妹姫たちにいつもお花飾りを作ってあげてるらしくってぇ。この子たちの頼みも断れなかったのよぅ。で、その時にね。なぜか櫛子にアタシが建じゃないって、ばれちゃってね? 後で光成ちゃんに話を聞くって櫛子が言ってたわぁ」
「……っ。何をしているのだ、お前はぁー!」
加えて、また怒号を飛ばすことになった。
「……み、光成様。落ち着かれてください。注目を浴びてますよ? ひとまず、こちらへどうぞ」
「あ……も、申し訳ありません。私としたことが」
肩にそっと触れ、なだめの声とともに、勾欄《こうらん》の端へと誘《いざな》ってくれた真守殿のおかげで、やっと我に返った。
注目を浴びていると言われて周囲に目線を流せば、内侍司《ないしのつかさ》の皆様が引きつった表情でこちらを見ている。
「しまった」
思わず自責の声が漏れたが、もう遅い。
襟首を掴んでぶるぶると揺らしながら怒号をぶつけていた建殿の姿をした妖を引きずり、急いでその場から離れた。
「んもぉ、光成ちゃんってばぁ。そんな大騒ぎして、灰炎ちゃんに聞こえたかもよぉ? 不審に思われたら、どぉすんの?」
誰のせいだと思ってる!
呑気な囁きを寄越してきた相手にまた苛ついたが、かろうじてそれを押しとどめ、三人で殿舎の片隅へと身を寄せる。
これ以上、騒ぎを起こすわけにはいかない。我慢、我慢だ。
「白焔、ひとつだけ確認する。お前が建殿ではないと櫛子殿に露見してしまったということだったが、その原因は何だ?」
気を落ち着けるため大きく息をつき、努めて冷静に尋ねた。後で櫛子殿と対面した時のために、経緯を知っておかねばならない。
「えー? それ、アタシもよくわかんないのよぅ。ごく普通に建のふりして、皆はごまかせてたはずなんだけど。いつの間にか近くに寄ってきてた櫛子に、“あること”を質問されてね? それに答えた直後に、『あなた、誰? 建の姿だけど建じゃないわよね?』って詰め寄られちゃったのぉ。すごーく怖い顔で」
「その、質問された“あること”とは?」
一瞬、なぜか聞きたくないような思いに駆られたが、それを堪えて問いかける。
ひと目で妖だとわかる深紅の瞳も、今は黒瞳なのだ。櫛子殿は、いったい何を以《もっ》て見破ったのだろうか。
「えーっと確かぁ、『どう? 今日こそ自覚した? 他には代えがたい松葉の尊さを』だったかしら」
ん? 松葉? 松葉というと――。
白焔の説明に出てきた『松葉』に、心当たりが無きにしもあらず。けれど、この流れでそんなわけはないと即座に打ち消し、さらなる問いを口にする。
「それで、お前はどう返したのだ?」
「うーん、何の謎かけか全然わかんなかったから、取り敢えず『松葉の青色は、いつ見ても心安らぐなぁ。いっそ手元に置いて愛でるとするか』って言ったの。『松葉の尊さを自覚したか』って聞かれるくらいだから、建は松の木がお気に入りなのかと思って。そうしたら、櫛子の顔つきが途端に変わったのよぅ」
「……それで?」
その時の櫛子殿の顔を思い出しているのか、少し怯えた表情をして見せた相手に次の言葉を促した。
本体は大陸で名を馳せた大妖のくせに、何を怯えたふりをしてるのかという突っ込みを何とか飲み込んで。
「それで、も何も。即座に建じゃないってばれたのよ。本物の建なら、櫛子がそう言うなり、顔を真っ赤にして腕をぶんぶん振り回して不審者のように大騒ぎし始めるんですって。『自覚って何だ! 私のは単なる友情に過ぎないんだぞ! 尊いって何だー!』って叫んで逃げ出すまでが定番なんですって」
定番……。
「櫛子はそれが楽しくて毎回この言葉かけをするらしいんだけど、アタシが『松葉を愛でる』なんて余裕発言をしたから、ばれちゃったみたい」
「不審者……友情……それに、松葉……」
「でね? 『建はどこ? 何がどうなってるのか説明しなさい。次に執筆する物語の題材にちょうどいいから洗いざらい吐いてもらうわよ』って、ものすごい形相で詰め寄られちゃったから、アタシ怖くてぇ。このことは光成が承知してて、後で全て光成から説明があるからって逃げてきちゃった。ごめんなさいねぇ。うふっ!」
『うふっ!』じゃない。唇を突き出して片目を瞑るな。気持ち悪い。
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