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伍
鳴弦に、愛の言霊の閃く 【九】
しおりを挟む「うあっ」
深紅の炎。
「うっ……」
禍々しい波動の、身を焼く灼熱。
「た、ける……どのっ」
地を踏みしめる力が抜け、その場に、がくりとくずおれる。
「建殿っ」
灰炎が噴いた炎に包まれた瞬間、私の前に立ちはだかり、その身で私をかばってくれた人とともに。
「建殿……建殿っ」
他に、呼び名を知らない。
「建殿、目を開けてください! 建殿!」
この人は、白焔ではない。建殿だ。
『この馬鹿! どけっ!』
朱い炎の前に飛び出した私を突き飛ばした時の目。
両手を広げ、その身で受けとめた業火が私に何も及ぼしていないことを振り向いて確認してきた時の、かすかな笑み。
『良かった』
安堵の言葉を形作った優しき笑みは、とても良く見知った、たったひとりのものでしか有り得ない。
「建殿ぉ!」
「……ぅ、っ……ごめ、ん」
「建殿っ、お気がつかれましたかっ?」
「ごめん、光成」
良かった! 目を開けてお話になられている!
「……ちゃん」
ん? 「ちゃん」?
「悲壮感たっぷりのところ、ごめん。でも、今は『アタシ』だから……だから、ごめんね? 建じゃなくて」
「お前っ……白焔っ? 紛らわしいことするな! 馬鹿っ!」
その言葉通り、悲壮感たっぷりに盛り上がっていた嘆きを途中でぽっきりと折られ、必死にとりすがっていた身体を思わず打ち捨てるところだった。
建殿だと思い込んでいたぶん、感情の揺れが激しい。
「しかも、紛らわしい上に、建殿の身体をこのようにして! 馬鹿者が!」
けれど、大切なお方の身体を本当に打ち捨てるわけもなく。厳しい表情を取り繕って説教だけを浴びせることにする。
そうでもしないと、愛する人と妖猫を間違えた恥ずかしさで、消え入ってしまいそうだ。
「髪は焦げているし、衣はぼろぼろではないか。見たところ、火傷はしていないようだが」
烏帽子は吹っ飛び、髪もざんばら。身につけていた狩衣は炎で焼かれ、上半身はほぼ裸体の状態。が、小さな傷は無数にあれど、重傷と言える状態ではなさそうだ。
「あははっ。ほんとだ、ぼろぼろねぇ。でも、大きな火傷は負ってないから心配いらないし、怒らないで? そうならないよう、炎に巻かれた時、瞬時に妖気を身に纏って遮断したから。
それよりも、灰炎ちゃんをお願いできる?」
「あぁ、任せておけ。それに怒ってなどいない。助けてくれて、ありがとう。感謝している」
建殿の身体と私を守るため、妖猫の頭領でも、少し疲弊したのだろう。
灰炎のことを私に託してきた妖に応えるべく、いったん、その場を離れる。心からの感謝を告げてから。
そして、二発目の火炎を吐き出せないよう、真守殿が間髪入れず、その口元にも捕縛の白光をぐるぐる巻きにした灰炎の正面に立つ。
口から火炎を噴き出すことが出来るなど、聞いていなかった。が、それは全ての可能性の芽を摘んでおかなかった私の責任だ。だから――
「……灰炎」
――ぐさっ!
「ふんぐぐぐぐっ!」
矢筒に残っていた破魔の矢。逆手に持ったそれを妖めがけて思いっきり振りおろし、容赦なく突き刺した。
――ぐさっ!
「ふんぐっ! ぐぅっ!」
「灰炎。お前、人語を解するのだろう? ならば、しかと聞くが良い」
真守殿の術によって上下の口をきつく戒められ、こもった呻きを発する灰炎に冷たく声を放つ。
地に伏せたその顔の左右の髭すれすれの位置に、二本の破魔矢を突き刺して。
そこは、白焔から聞いていた、もうひとつの灰炎の弱点。
動けぬ身とわかっていて、破魔の矢を弱点の髭に触れるか触れぬかのぎりぎりのところに振りおろして脅すのは可哀想だが、こうでもせねば灰炎に私の言葉が届かないと思ったのだ。
「我らに、お前を滅するつもりはない。白焔とともに速やかに大陸へと戻るのなら、な。篤子にも何もしないと誓おう。先程、そこの少年に向けて火炎を放ったのは、篤子に危害が加えられると思ったからだろう? それは、決してない」
「んぐぅっ……ふん、んっ、ん?」
ゆっくり、ゆっくり。文字通り噛んで含めるように説明すると、灰炎のこもった呻きの音調が変わった。
「真守殿、何か応えているようなのです。口元の拘束を少し緩めてやってください」
「承知しました」
「んぎぎっ……あつこ、だいじょう、ぶ? なにも、しない?」
拘束が緩むなり、甲高く頼りなげな問いかけが飛んできた。やはり、篤子のことを尋ねていたのだ。
「あぁ、約束は守る。うっかり泣かせてしまい、お前に勘違いさせたが、私にとって篤子は大切な身内なのだから」
「みうち……おまえ、あつこ、だいじ? あつこ、すきか?」
「もちろんだ。幼き頃より、妹同然に思ってきた」
「あつこ、だいじ……すき……うずらまると、いっしょ……いっしょの、すき……」
――しゅうぅぅ
妖獣の唸り声から、たどたどしい人語へ。灰炎との会話が成立し始めて少し経った頃、巨大な獅子ほどに肥大化していた妖猫の輪郭が、突如ぐにゃりと崩れた。
渦巻く妖気が徐々に霧散し、そこに充満していた禍々しい気配が薄れていく。
――しゅうぅぅ
「ぴよーんっ」
見る見るうちに妖気が消え、一瞬のちには篤子が大切に抱いていた真っ白い毛並みと緋色の瞳を持つ獣――――珍妙な鳴き声が脱力を誘う、“ただの子猫”の姿がそこに現れていた。
「ぴよんっ、ぴよーんっ」
三月《みつき》に渡り、内裏《だいり》を騒がせていた妖猫の騒動は、これにて、ようやく収束したのだ。
長かった……!
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