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番外編(参)
甘雨を仰ぐ【六】
しおりを挟む「全く、騒々しい奴らだ。——建殿、いつまでも座り込んでいないで立ち上がってください。もう術は解けていますよ」
想い人に声かけをする私の鼻腔には、生ぬるい草いきれが飛び込んでくる。白焔と灰炎が姿を消すと同時に、私たちは元の場所に戻っていた。たおやかに揺れる蓮が凛と咲いている、庭の一角に。
「やれやれ。最短で攻略して脱出できたと思っていたが、存外、時間がかかってしまったようだ。いつの間にやら、小雨が降っている」
ん?
立つように促したにもかかわらず、地面で胡座座りを続けている人が発した言葉に引っかかるものを感じた。もしかして——。
「建殿? あなた、もしや、解術の秘訣を知らされていたのですか?」
「おっ、さすが私の光成。察しが良いな。そうなんだ。うずら丸から笹の葉の鞭を受け取った時に内緒で教えてもらっていたのだよ。光成がお尻ぺんぺんに『痛い』と言えば、ご都合妖術は解術される、と」
「やはり、そうでしたか。だから、しつこいほどに気合の入った素振りを繰り返していたわけですね」
「出来れば、一発で解術して、お前を早く解放してやりたかったからな。だが、まさか、あんな予期せぬ事故で、私の手で尻を叩いてしまうことになるとは思っていなかった。修行の協力のためとは言え、痛かったろう? 済まなかった」
「も、もう、その件はお忘れください。大丈夫ですので……私こそ、その際にはお口元をひっぱたいてしまい、申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉をくれる相手の労りの表情が優しいから、私も素直に謝罪できた。『尻の叩き心地がすこぶる良かった』と言われ、羞恥心からきつく制裁を加えてしまったのに謝罪の機会を逸していたのだ。
「あ、言われてみれば、あの平手打ちは痛かったなあ。では、ここに座ってくれたら許すとしよう」
「え? ここ、とは……あっ! 建殿っ?」
何が起こったのか、手を引っ張られた時にはわからず。
「お、ちょうど良い位置に着地できたな。よしよし」
満足げな『よしよし』を至近距離で聞いた時に理解した。
「……私の指貫まで汚れてしまいましたが?」
強引な恋人の手によって、地に座るその人の膝の上に座らされている。
「どうせ、雨で既に濡れているから構わないだろう?」
「それはそうですが。霧雨とはいえ、地に直接座してへらへら笑うことの出来る呑気なあなたと違って、私は繊細なのです。こんな酔狂な真似はやめて、早く邸に戻りましょう」
ご自分の袍の袖で私の頭を雨から庇ってくださる優しいあなたが風邪を引いてしまうのではと、心配なのです。
「私なら大丈夫だぞー。だが、優しいお前が憎まれ口で心配してくれるから、撤収は早めようか。大事な用件だけ済ませてから」
大事な用件?
「な、何のことでしょう。見当もつきませんが、あなたのおっしゃるその用件には付き合って差し上げますよ。甚だ、面倒ですがっ」
雨に濡れてでも済ませたいという、その用件。私で良ければ、いくらでも付き合います。
「ふははっ。面倒なのに付き合ってくれるのか。ありがとう。では、早速、お付き合い願おう。——私の用件は、これだ」
「ぁっ、んぅ」
薄々、察してはいた。建殿がここで済ませたいと言った用件の内容は。
「たけ、る、どの?」
「ん。愛らしい声だな」
「ふぁ……っぁ……私が言ったから、ですか?」
「そうだよ。私は、私の可愛い光成の願いは全て叶えると決めている」
口づけの合間。吐息を共有しながら尋ねたことに答えが得られた。
霧雨に濡れながらのこの睦み合いは、私の願いを恋人が叶えてくれた結果の行為だ。
『建殿? あの……蓮の花茎の陰に隠れていれば大丈夫、なのではないでしょうか。少しくらいであれば、その……口づけても、誰にも見られないと思いますが……いかが、ですか?』
妖猫たちによって異空間に招待されてしまう直前。自邸の庭という開放的な空間であることを承知で、はしたなくも私がねだったことを、この人は忘れずにいてくれたのだ。
妖猫たちの襲来。そこから『お尻ぺんぺんしないと出られない部屋』の攻略という突発的な出来事が起こったために、ねだった本人が諦めていたことを——。
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