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キミとふたり、ときはの恋。【第四話】

いざよう月に、ただ想うこと【5−7】

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「萌々ちゃん、ありがと」
 だから、嫌な役目を引き受けて質問してきてくれた萌々ちゃんにも、笑顔で御礼が言えた。
「えー、余計なお節介しただけなんですから、御礼なんていいですよー。そうそう。土岐くんに話しかけた時、女子マネさんにはバッチリと睨まれましたけどねー。私、空気読めない子なんで、そんなの全然へっちゃらでした」
「……っ、そんな」
 睨まれた? やっぱり都築さんは、奏人のことを……?
「ねぇ、萌々ちゃん。自分で『空気読めない子』だなんて、言わないで? 私は、むしろ逆だと思う」
「えー? 自分でもちゃんと自覚してるから、いいのにー。でも、そう言ってくれるのは嬉しいです」
「だって、本当にそう思うもの」
 萌々ちゃんの笑みに同じものを返しながら、私の心の中では別の物思いが展開していく。
 ずっと、見ないふりしてた。奏人にとっては『ただの幼なじみ』でも、相手から見た奏人は違う対象になってるんじゃないかってこと。
 そうじゃなかったら、奏人に迷惑をかけることが多い私に、あの人はあんな風に忠告しにきたりしないんじゃないか、って。それほど、彼女は奏人のことを想ってるってことで……。
「でも、涼香ちゃん? 実は怒ってたりしませんか?」
「え?」
 自分の物思いに沈んでいこうとしていた私の耳に、萌々ちゃんの声が届いてきた。

「怒る? どうして?」
「さっき私がしたことに、ですよ。私、涼香ちゃんをあんな風に泣かせるなんて許せないって頭が沸騰しちゃって……それで、その勢いのまま、図々しくカフェテリに乗り込んじゃったんです。怒らないにしても、余計なことしたことに気を悪くしてませんか?」
 よく通るハキハキとした口調の萌々ちゃんにしては珍しい、か細く遠慮がちな声。それは、私への気遣いに満ちていた。
「怒ってない。気を悪くするなんてこと、絶対にない。だって、萌々ちゃんは私があそこでしゃがみこんでたから、そうしてくれたんでしょ?」
 萌々ちゃんの目を見ながら、怒ってないよと繰り返す声が、最後は少し涙声になった。芝生にしゃがみこんだ時の胸の痛みを思い出したのと同時に、萌々ちゃんの優しさがその痛みごと包み込んでくれるのをはっきりと感じたから。
「萌々ちゃん。ほんとに、ありがと」
 だから、喉の奥にせり上がってくる熱い塊を一生懸命飲み下して、笑みを浮かべた。
「私、恥ずかしいね。何にもできずに、あそこであんな姿さらして……ジュース買ってるはずの私が芝生でしゃがんでたから、びっくりしたよね。ごめんね?」
 それから、申し訳ない気持ちをその笑みに追加することにした。

「えーと、ですね。涼香ちゃん?」
 そうしたら、私が浮かべてるだろう同じ笑みを萌々ちゃんも返してきて、手が繋がれた。
 どうしたんだろう。萌々ちゃんが私と同じ表情をする理由はないのに……。
「私がね? さっき『怒ってませんか』と聞いて謝ったのは、もうひとつの意味もこもってるんです」
「え? もうひと、つ?」
「はい。私、実はもっと前から見てたんですよ。涼香ちゃんが芝生にしゃがみこんだところ、じゃなくて。芝生にお財布を落としたところから、ずっと、です。私こそ、ごめんね?」
「え……」
「涼香ちゃん、ごめんね?」
 お財布を落としたところから? それって、思いっきり最初のところだ。
 思いがけない萌々ちゃんの告白に、知らず、顔が強張っていく。お財布を落とした原因を……奏人たちの姿に衝撃を受けたことを、また思い出してしまったから……。
「おーい、お前らー。そろそろ教室に戻んねぇと、せっかくの差し入れがぬるくなるぞー?」
「あ……は、はいっ」
 また脳裏に鮮やかに浮かび、胸を締めつけてきた光景は、けれど、すぐに霧散した。私のトートバッグを肩に掛けた煌先輩が、それをぶらぶらと揺らした。
 そうだわ。早く教室に戻らないと。皆のためのジュースがっ。


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