【完結】魔物世界と太陽の鳥 ~魔法軍最強の俺はコロニー上層部が腐ってるので少女を連れて別のコロニーを目指す~

中島伊吹

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第7章 ミリセア・フローラ

36話 「化け物たち」

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 ミリーの元へ、行ってやらなければ。



 返り血を拭い、研究所を目指した。

 自分から血の匂いが出ていない事に注意を払う。

 それでも随分炎で焦がされてしまったからか、衆目を浴びてしまった。



 構わず息を切らして走る。

 自分に流れる動悸が、それによるものだと錯覚したかった。



 脳に先の光景がフラッシュバックする。

 ドクドクと脈打つ度に赤黒い血が這い出た。

 感触は魔物を殺す時と何ら変わらない。

 だからか、あまり特別な事だとは思わなかった。

 そう思ってしまう事こそ罪で、人間に戻れぬ証のように感じる。



 息を切らして走ると、その建物に辿り着く。見張りはおらず、中に入った。



「お前……昨日の」



 西館を目指そうと体の向きを変えると、1人の男が声を上げた。

 屈強で、剣を携えた男。

 腕利きの剣士だろう。A級か、準S級か。

 昨日の会議室に多くいた護衛の1人で、こちらに鋭い眼光を向けている。

 水球を生成し、脅しをかけた。



「ミリー、俺の連れの少女の居場所はどこだ」

「ま、待て。俺は知らねぇ。ただアルヴァン様に頼まれて」

「頼まれ、なんだ」

「宿からその女を連れ出しはしたが、居場所までは知らねぇんだ、俺は何も……」



 ミリーをリンチした奴は、こいつだったか。

 なぜだか指先が震えた。

 怒りが成就し、憎悪となる。

 胸の奥底で燃えるよう膨れ、気付けば魔術を使っていた。



「だ……はっ」



 剣を抜く暇を与えず、風の魔術を使った。

 例えS級の剣士でも見抜けないであろう斬撃。

 男の顔が驚愕と絶望の入り混じった表情へと変わる。

 壁に打ち付けられた男は、すぐ後に気を失った。



 なぜだか、冷たい感情しか湧かない。

 だが不思議と納得感もあった。

 この不快感が背筋を伝う感情も、あっけなく日常が終わる感覚も、よく知っている。

 俺はきっと外層の隅で泣いていた18年も前から、何も変わっていないのだろう。



 次の瞬間、空気を切り裂く悲鳴が上がった。

 俺がそれに気づくと、奴らは脱兎のごとく逃げ出す。



 構わず先を急いだ。

 石で出来た床を踏みしめながら、意識が途切れては戻りを繰り返すのが分かる。

 あまりの非現実感に放心しているのかもしれない。

 だが力はかつてない程にみなぎり、どんな魔物でも殺せるような気がした。

 ミリーを救うという渇望が腹底に煮えたぎり、魔術を操る細胞全てが活性化していく。



 地を蹴った。

 やけに長い廊下を駆け、部屋をあたる。

 ここじゃない。



 探し続けると、少し開けた休憩所のような場所に出た。

 不思議と人はおらずがらんとしている。



 これは偶然じゃない。

 恐らく、避難されている。



 そう思った次の瞬間、そこら中から靴音がした。

 軍人。規則的な動きでこちらを取り囲む彼らはかなりの腕利きだと分かる。

 剣士が6人、魔術師が5人。

 四方八方を囲む様に立ち、包囲される。

 そのリーダーらしき中央に立つ男が、口を開いた。



「……素直に投降しろ。我々は無駄な血を流させたくは無い」

「奇遇だな。俺もそう思っていた」



 軍人が剣を抜き、魔術師が杖を構えた。

 足を止めず、その男の元へと歩を進める。

 距離が詰まる程、男の表情が強ばっていく。



「……!それ以上近づくな!こちらはS級の軍人が4人居る。太刀打ちなど、させない!」



 男の声が震える。

 こいつには人を捨てる事が出来ていない。

 それが、羨ましくもあった。



 痺れを切らした剣士が俺の後ろで踏み込む。

 それが開戦の合図となった。



 首元に届こうかという所で刃をはじき、次に土の弾丸で肩口を撃ち抜く。

 奴らは同時に風の壁を展開し、大量の弾丸が降り注ぎ、大勢の剣士が俺めがけて振りかぶる。

 怒りと狂気に満ちた刃が、眼前に迫った。



 土の弾丸が着弾し、土埃が舞い、視界が奪われる。

 奴らが手を止め、こちらを殺したと思ったのか全身で息をする。



「……!」



 風を使い、土埃をはらった。

 距離の近い者は吹き飛ばし、遠い者を水の魔術で撃ち抜いていく。

 もはや、何の躊躇いも無かった。

 魔術を放つ指先に力が籠り、奴らの行動を全て見切り、対応するように命を刈り取っていく。



 その時、なぜこんなにも冷徹でいられたのか分かった。

 俺は少年の頃から、無垢で残虐な罪人だったじゃないか。

 言い逃れが出来ぬ罪を抱え、長い旅路を生きてきたんじゃないか。



 もはや何人殺したのか分からなくなっていた。

 血で溢れ、瞬く間に湖のようになる。



 眼前の光景に腰が抜け、動けなくなった最後の1人を気絶させる。

 その若い男の抱えていた剣が無機質な金属音を立てて床に落ち、辺りは静かになった。



ーーー



 ミリーの居場所を特定し、部屋に入る。

 部屋には数名の白衣を着た人間と中央の台座で眠るミリーが居た。

 白衣の人間共はたじろぎながらも、どこか観念した様子。



 風魔術で、ミリーと中央に居た女以外を吹き飛ばした。

 戦闘力の皆無な研究者は成すすべなく壁に打ち付けられ動かない。



「ミリーに、なにかしたか」

「ま、まだ、眠らせた、だけで……」

「後遺症は」

「なにも、ありません」

「いつ目覚める」

「今日の、夜辺りで……」

「そうか」



 眠らされたミリーを抱える。

 ついていた傷を治癒で癒した。

 脈は安定していて、表情も苦しそうじゃない。

 心の奥にあった沸き立つような感情が霧散し、力が抜けていくようなのが分かった。



「ごめんなさい。お願い、します、見逃して……ください」



 視界の端で、消え入りそうな声で女がそう呟いた。

 若い女だった。年下の、恐らく研究職に就いたばかりであろう年齢。

 その言葉が心を刺すように抉った。



「……チッ」



 女を吹き飛ばす。

 恐らく死なないであろう威力で。

 もう今更じゃないか。



 過去にした罪は消えない。

 それを抱えて生きていく。そう決めて、ここまで辿り着いたんじゃないか。



ーーー



 ミリーを抱え部屋を出て、建物の外を目指した。

 足がつかぬようにこのコロニーから脱出しなければ。

 だがミリーが目を覚まし、問題無い事が確認できるまではここに留まりたい。

 このコロニーにて一泊し、明日コロニー062を目指すのが妥当か。



 足が止まる。

 建物を出る直前に、1人の気配を感じたからだ。

 顔をあげ、その男と対峙する。



 アルヴァン・エリオスが、そこに佇んでいた。

 水の弾丸を生成し、奴に向ける。

 まるでグロムと対峙した時と似たような状況だと思った。

 今回罪を犯したのは俺の方だが。



「俺を、止めに来たのか?」

「私のような中年に、力づくで君を止める力はない。君を取り囲んだ軍人は、私が動かせる最高戦力でね」



 アルヴァンはやけに落ち着いていた。

 諦観するような顔つきがこちらを向き、俺を見据えている。



「だったらなぜあんたはここに来た。まさか死ぬと思わなかっただなんて、間抜けな事はないだろう」



 それは、彼を殺す理由を探しての言葉だったのかもしれない。

 殺すのか、生かすのか。はっきりとさせたかった。



「2つ、ある。1つは、君をみたかった。妻を失い、権力ばかり強くなり、私は正しさを求められるようになった。

 だが皆の期待に応えるように仕事に熱中した末、妻との時間を犠牲にした。後悔ばかり、募っていてね。君が、羨ましく思えた」

「……もう1つは、なんだ」



 目の前に作られた水の弾丸は、自分の魔力が失われない事を証明する為でもあった。

 さもすれば何か策があり、陥れようとしているのではないか。



 だが、違った。

 アルヴァンはそこにある死体を見やると、ただ淡泊に語りだす。



「私が君をここまで導き、彼らは死んだ。ひとり逃げ惑っていては、彼らが浮かばれないだろう」



 死の覚悟を持ち、ここまで来たらしかった。

 どこか罪に浸るさまは、俺と似ているとも思う。



「……ここで死ねば、あんたは奥さんの元へ行けなくなるんじゃないか」



 皮肉交じりに言ったつもりだったが、どこか怖気づいて出た言葉だったかもしれない。



「構わない。元より私はこの5年で、恐らく君より多くの人を犠牲にしていてね。妻の元へ行くことなど、はなから期待していないよ」

「……そうか」



 アルヴァンが顔を下げ、俺の抱えていた少女を見た。

 彼の中にあるのは怒りや憎しみでは無く、後悔なのだろう。

 そしてこちらを見やると、一呼吸置いて語りだす。



「君は幼少期に罪を抱えた。そしてそれが魔術の渇望の根源となり、ここまでの旅となった」



 確かめるように、アルヴァンはそう口にする。

 ミリーが連れ去られる時、奴にはその話をした。

 魔術から目覚め、強い渇望を持った人間の情報が欲しいなんて話だったが。

 瞳を覗き、こちらを試すような口ぶりで語る。



「君は、本当にいいのか。そのミリセア君には紋章がある。それがある限りどこに居ても命を狙われ続けるだろう。そうすれば君はまた、罪を背負う。

 君が十数年抱えていた物よりも大きな罪を、何度も、何度も。これから待つのは、そんな地獄の苦しみが待つ旅路だ」



 罪の重さに苦しみながら、少女を守る度人生に絶望しながら、きっとこれからも生きていく。

 さらなる世界への絶望が溢れるだろう。

 それでも。



「構わない。こんな世界にも小さな喜びや希望は、確かにある。そんな世界を、生きたいと思える」



 たとえ世界中から否定されようとも。

 絶望の未来が待っていようとも。

 そんな世界に希望は小さく揺らめいていて。

 俺にくれたのが、この少女だった。



「そう思えたのなら、私とは真逆だな。やはり私は、君のようには生きられなかった」

「……そうか」



 目の前に構えていた水の弾丸を、アルヴァンへと向かわせる。

 穏やかな表情を持ってそれを受け容れた彼は、血を流した。

 床に座り込み、傷口を抑える。

 その隙間からどろどろと暖かい血が零れていった。



「私達はなぜ……このような結末に……なってしまったのだと思う」



 言葉の端を途切れさせながら、そう語る。

 俺がそんな事を説く資格は無いだろうが、答えた。



「人は非力だから、全てを掴む事が出来ない。こんな世界じゃ俺にも、あんたにも。だから優先順位を付けて生きる。それが俺とあんたでたがえた。違う旅路を生きてきたから、違えた」

「……そうか、そうだな……今私はそれすらも、尊く……愛せるような気がするよ」



 アルヴァンの体が、ゆっくりと崩れ落ちた。

 糸が切れた人形のように動かなくなり、死んだ。



 旅に出る前に俺が期待していた、アルヴァン・フローラのような人間では無く、迷いを抱えながらミリーを危険に晒す男だった。

 だが、相手が期待通りじゃなかったのは、向こうも同じだろう。



 もし、俺もあんたも罪を抱えた化け物で、知人のいない地獄に堕ちるというのなら。

 その時はまた絶望に包まれた世界で、太陽のような光を探そう。
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