不幸連続コンボからの、猫と隣人に拾われてます

まと

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「う…うぅ…」

 息がうまくできない。
 柔らかなナニかが、顔の上にずっしりと乗っている。
 なんかこういうの、前もあったような。

「く...る…し…」

 もぞもぞと動くそれに、声にならない呻きが漏れる。

「こら、マリエンヌ。そんな起こしかたしたら駄目だよ」

 その声がした瞬間、顔に圧をかけていた柔らかな塊がはっきりと毛玉だとわかった。

「ぷはっ」

柔らかな重みが顔からなくなると同時に、暗闇がぱっと弾けた。
どうやら、めいじくんが毛玉を剥ぎ取ったのだ。
オレの顔面から。
ぜえぜえと息を整えながら身体を起こす。

「大丈夫ですか?」

もふりと毛玉を抱えためいじくんが、オレの顔を覗き込む。
毛玉が、じろりとこちらを見た。
その目付きには慣れたし、なんなら可愛く思えて仕方ない。

「ああ、うん、…大丈夫」

それを聞いためいじくんは軽く微笑む。

「それはよかった」

「...あの、オレ凄く迷惑かけたみたいで...ここ、もしかしてめいじくんのご実家?」

「ゆっくり話しますから、とりあえず楓さん、お腹空きません?朝ごはん作ったんで食べましょう」

「朝...ごはん...、朝ごはん...?えっ、今、朝なの?!?!」

 嘘だろ? あれからオレ、朝まで寝てたの?
 いくら色々あって疲れてたからって、ここがどこか分からないのに、しっかり朝まで爆睡してたのか。
 自分が信じられない。

「ぐぅ~...」

お腹が鳴る音がした。
もちろんオレのお腹。
めいじくんがくすっと笑った気がして、オレは顔を赤らめ布団を握りしめた。
ああ、情けない。

「そうだ、昨日のこと覚えてますか?」

「...マンションが火事になったんだよね...」

「はい」

「オレ、それがショックで倒れちゃったのか」

「はい。それでそのままタクシーで連れて帰っちゃいました」

「わ...本当にごめんね」

お互い様ですとめいじくんが言う。

なんか嘘みたいだ。
脳裏にあの赤い炎がよみがえる。
見慣れた建物が、勢いよく黒煙に包まれた。
自分たちの部屋もきっとただでは済まないと思った。
大切な拠り所があっという間になくなったのだ。

「みんな大丈夫だったのかな」

あまり顔を合わせることはなかったが、時折挨拶くらいは交わしていた住人も数人いる。
だからか気になった。

「怪我人は出たみたいですが、大きな被害は建物だけだったみたいです」

「...そっか...それはよかっ...た...」

ほっとして胸をおさえた。

ただ声が震えた。
口に出した「よかった」の言葉と、胸の奥のぐしゃぐしゃな感情が噛み合わない。
視線を落とすと、気づかないうちに自分の指先もかすかに震えている。
その小さな震えを、そっと両手で包み込む温もりがあった。
顔を上げると、めいじくんの色素の薄い柔らかな瞳がこちらを見つめている。

「とりあえず、ごはんにしましょう」

オレはゆっくりと頷いた。

そのまま子供のようにめいじくんに手を引かれ、寝室からリビングへと通された。
そこは思った以上に広く、キラキラと清潔で整った空間だった。
大きな窓から差し込む光が、シンプルで洗練されたインテリアを柔らかく照らしている。

「ひっろ...おっしゃれ...」

「ここ、座ってください」

めいじくんが椅子を軽く引きながら促してくる。

「は、はい」

おずおずと腰を下ろすと、中央のテーブルに視線が吸い寄せられた。
そこには彩り豊かな和食がきれいに並べられている。

香ばしい焼き魚、つややかなご飯、小鉢に盛られた漬物や煮物。
どれも目で見ても美味しそうで、思わず息をのんだ。
ここは旅館ですか?

「…すご…これ、めいじくんが作ったの?」

「はい。和食で大丈夫でした?」

「も、もちろん...こんなの作れるなんて...すごいね、めいじくん。オレの憧れだよ」 

言葉に出してしまうと、自分でも驚くくらい心が温かくなる。
こんなふうに誰かが自分のために朝ごはんを用意してくれるなんて、考えたこともなかった。

施設では質素でパンひとつ、たまに果物が少しだけ。
社会人になっても、自分の食卓は手早く澄ませられる卵かけごはんや、納豆ごはんの毎日だった。
たまにトーストにジャムとか、買ったサンドイッチ。

「憧れ?」

「あ、ううん。なんか家族で囲む朝食みたいだなって。幸せの象徴?っていうか...」

って...なに言ってんだろう、オレ。

「ふふ...冷めちゃうんで食べてください」

「うん...いただきます」

箸を手に取り、ちょっとだけ躊躇したあと煮物の小皿を口元に運ぶ。
味わって、お出汁のきいたお味噌汁も。

「うわぁ…美味しい...あったかい…」

こぼれ落ちたその声に、めいじくんは穏やかな視線を向けてくるだけで何も言わない。
朝の光がリビングに差し込み、毛玉が丸くなって眠る。
毛玉はもう、朝ごはん食べたのかな。

二人で食事の後片付けをしたあと、めいじくんがコーヒーを丁寧に淹れて出してくれた。(本当に何から何まで申し訳ない)

「わ...」

「飲みやすいですか?」

「うん、すっごく美味しい。手がかかってますーって感じがめちゃくちゃする」

「あはは、良かったです」

香り高いその液体を口に含んだ瞬間、オレは思わず目を見開いた。
深みがあってまろやかで、今まで飲んだどのコーヒーとも全然違う。
コンビニコーヒーとか大好きだけど、それとは全くの別物。
ちなみにめいじくんは、個人でやっているコーヒーショップでいつも豆を購入しているらしい。
めいじくんの並々ならぬコーヒーへの拘りを感じる。

「そういえばここってめいじくんのご実家かな?オレ、ご家族にご挨拶をしたいんだけど...」

全く気配を感じないけど...。

「ああ、気にしないでください。ここにはオレとマリエンヌしか住んでいないので」

「え?」

オレが首をかしげると、めいじくんは静かに説明を続けた。

「火事になった方のマンションは、仕事部屋なんです。こっちが本来、オレとマリエンヌが住んでるマンションなんです」

「仕事部屋...」

「あそこで小説を書いてるんです」

「しょっ...小説?!めいじくんって作家さんなの??」

「たいしたことないですけどね」

「や、でも...」

突如、背景音として流れていたテレビの音が、まるでスポットライトを浴びるかのように耳に届いた。
BGMのように意識の片隅で流れていたはずのアナウンサーの声が、急に鮮明に響く。

『…話題作が次々と映画化され、若手実力派として注目を集める作家、天澄めいじさん。
先日、○○賞を受賞され、授賞式には関係者やファンが多数集まりました。
最新作も大きな話題となり、売れっ子作家として今...』

思わずテレビに目を奪われる。

「え?え?え?!」

画面にはにこやかなアナウンサーが映り、目の前にいるめいじくんの授賞式の様子を伝えている。
うん、どうみてもめいじくんだよな?
オレは口をパクパクさせながら、大きなテレビを指差した。
まるで自分の目を疑うように、現実を確認するかのように。

「誰が...たいしたことないって?」

オレの問いかけに、めいじくんはクスリとだけ笑った。
その笑みには余裕が滲み出てる。
本人にその気はなくとも。
容姿端麗で、売れっ子作家として華々しい実績を持ち、家事まで完璧にこなす...。

なんだそれ。

「オレの隣人、相当ヤバい人だった!!!」

「あはは、ヤバいんですか?」

「ヤバいよ。だれもあんなおんぼろアパートにそんな有名人いると思わないじゃん?!」

頭を抱えるオレに、軽く笑うめいじくん。
朝から無駄にキラキラしとる。
なんで朝からお肌艶々なの?

「...それにあの花、授賞式で貰った花だったんだ。オレにくれた白い花。今テレビに映ってた...」

「あの日授賞式の帰りで、アパートにマリエンヌを迎えにいったらマリエンヌがいなくて、ベランダの窓も空いてたから驚いて...それでそのまま、とりあえず楓さんの部屋に向かったんです」

「なるほど。反対側のお隣には行かなかったの?」

「マリエンヌ、潔癖症なんで」

「あ~、うちなんにも置いてなかったからね」

「楓さんじゃないお隣は、ごみ袋で溢れてました」

「あらら」

ベランダにごみ袋...、毛玉がそこに埋まってしまったら大変たよな。
良かったよ、うちで。

それにしてもそっか、それでスーツに花束だったのかと納得した。
きっと毛玉がいなくなったことに気付いて、めいじくんなりに慌ててたんだろう。

「そういえばあの花も無事ではないだろうな...。オレ、花瓶なんて持ってなかったから100均に買いに行ったんだよね」

「なんか迷惑なものをあげちゃいましたね」

「え?いやいや、そうじゃなくて...!...なんか殺風景な部屋だったから、飾るだけで癒されたんだよねぇ。...植物のある暮らしもいいなって」

「それなら良かったです」

「結局、なんの花なのかも分からなかったなぁ」

それにしてもオレからしたらあの小さなアパートより、こちらの綺麗で広いマンションの方が確実に仕事がはかどりそうだけど...。
やっぱり天才はどこか違うのかもしれない。

「ねえ、そういえば大丈夫だったの?仕事部屋なら資料?だとか書きかけの小説とかあったんじゃない?」

「多分駄目でしょうね。燃えてなくても水浸しでしょうから。パソコンも使い物にならないだろうし。いちからやり直しです」

「マジで?!」

「大丈夫です。作業早いんで、オレ」

「は?!」

いやいやいや、そういうことじゃないでしょ!そりゃあオレは本なんて読まないし、小説なんて書いたことないから苦労や大変さなんて分からない。
でも何年も頭の中で言葉を紡ぎ続け、夜も眠れずにペンを握り(PC?)、書いたものが誰にも届かないことに打ちひしがれたり、それでもまた新しい物語を生み出す...、そうして今のめいじくんがいるんだろう。※楓の勝手な想像です。

「くぅ...」

「楓さん?なんでちょっと泣いてるの」

想像するだけで胸が締め付けられる。
そんな大切な作品を、一から書き直しだなんで。

ていうかめいじくん、オレなんかとこんなクダラナイ時間を過ごしている場合じゃないじゃないか。
それにオレも、やることや考えなきゃいけないこと山程あるぞ?
まず住むところをなんとかしなきゃ。
僅かな貯金を思い浮かべて、ゲンナリするけども。

オレはでぶんと寝転がる毛玉の背中を見つめる。
もうめいじくんとは隣人という関係ではなくなるだろうから、毛玉とはさよならだろう。
本当はぎゅっと抱っこしてお別れしたいけど、今はぐうぐう寝てるし、キレられたら怖いのでばいばいと心の中でお別れをする。

そういえばずっと気になってたんだけど、お前の名前、マリエンヌなんだね。
昨日は色々あったし、あまりにナチュラルにめいじくんが「マリエンヌ」と呼ぶものだから、つっこむことも出来なかった。
見た目とギャップがあるけど、高貴でなかなか良い名前じゃないか。
これからはマリエンヌと呼ぶね。
そういえばマリエンヌ、男の子じゃなかった?
まあいっか。

さて。

「めいじくん、オレ、とりあえず一旦おいとまするよ」

オレは立ち上がりキッチンを借り、ささっとコーヒーカップを洗う。

「本当に昨日から迷惑をかけてごめんね。このお礼はまた必ずするから。今は仕事に集中して!」

「楓さん、おいとまってどこに?」

「大丈夫、オレだって大人なんだからどうとでもなるよ。それにアパートの様子も見ておかなきゃ...あ、もう一回寝室入らせてね。スーツと鞄取りに行ってくる」

オレはペコリと丁寧に頭を下げ、リビングのドアに手をかけた。

その時。




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