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「え?」
金色のカーテンが揺れるたび、まるで光そのものが踊っているみたいな午後の昼下がり。王都の春は甘い花の香りとともに風が吹いていた。
けれど今、この屋敷の中に漂っているのは花でも風でもない、ある少年の“不穏な空気”だけだった。
「……えっと、もういちど言って?なんて?今なんて?なんて言ったの??!!」
ちょこんと椅子に座らされた少年は、信じられないという顔で大人たちを見回す。ふわふわとカールした金髪にぱっちりとした紫色の目。まるで天使のような愛らしさをもつ少年の名は――マルセイ・ロートベルグ。ロートベルグ公爵家の次男坊だ。
元気で明るくて、ちょっと?おしゃべり。しかし今は普段の快活さとは裏腹に、膝の上で手をぎゅうっと握りしめていた。
なぜここにお城にいるはずの王子様(有名人)がいるのだろうか?確かに屋敷は前日から、なにやら大掛かりな準備をしていたけれど...、なんてぼんやり考えていたら突然伝えられた衝撃な事実。
「こっ、この王子様が僕の婚約者??!!嘘でしょうっ?!絶対に嫌だっ」
「ゔぉふぉんっ!ゔぉふぉっ!!」
母の野太い咳払いが響く。
「マルセイ?静かに…。こちらにいらっしゃるのは、第二王子のヴィクトール殿下なのですよ」
「それは分かってるってば!そうじゃなくて、だ...だってお母様、いきなり“お嫁さんになれ”だなんて、そんなの嫌だよ!」
「マルセイ」
「だって、僕男の子だよ?可愛いお嫁さんを貰うのは僕なんだから」
「マルセイ!」
「ねえなんで王子様?!お姫様を連れてきてよ!こんなの間違ってるってばぁっ」
「マールセイッ!!!」
物凄い形相の母を背に、ばっ! と勢いよく立ち上がれば、ふわっと金髪が跳ねる。大人たちがハラハラと手をのばす。
その視線の先には、もう一人の少年が静かに座っていた。マルセイはじっと見つめる。とっても整った顔をしているけど、どう見ても女の子じゃない。
「マルセイ、やめなさい!無礼で不敬ですよ!!!」
母が叫び、父が王子様にペコペコと謝罪しているが気にしてられない。
こちらはマルセイより3つ上の11歳の少年だ。
11歳とは思えない落ち着いた佇まいに、うっすらと微笑む表情。マルセイの可愛らしさとはまた違い神秘的で美しい。
――ヴィクトール・クローヴェン。王国の第二王子だ。ヴィクトールは春の日差しのような微笑みを浮かべ、さくらんぼのようなで唇でマルセイに声をかけた。
「マルセイはずいぶん活発なのですね。まるでワルダランの川のようだ」
初めて聞いたヴィクトールの澄んだ声がマルセイの耳をくすぐった。きっと大人が聞けば冷静と評すのだろうけれど、マルセイにはそれがすごく「王子様らしい」と思えた。
これまでにもいろんな貴族の子たちと話したことはある。基本行儀の良い子供達だ。けれど仕草ひとつ、言葉の選び方ひとつ、何もかもが違って見える。ちなみにマルセイも少しづつマナーや立ち振舞いなどを学んでいるが苦手で、やはりパニックになるとこんな風にして駄目駄目である。
「えっと...わ、わるだらん?」
「ヴァレント地方を横断して流れる中規模な川だよ」
「え...分かんないし......、あ!わからないですっっ!」
慌てて語尾に「です」を足したがもう遅いかもしれない。マルセイの無礼に母の眉間がピクピクと引きつりとんでもない圧をかけてくる、父は青ざめ、すでにダラダラと冷や汗を流していた。
(ヴァレント地方のワルダランの川...?)
「場所はここからおよそ3日はかかるかなぁ。春は川沿いに桃色の花が満開に咲き乱れ素晴らしい景色なんだけど、その川のせいで静寂とは無縁な場所なんだ」
「え?」
「水質は透き通りキラキラと美しいんだけどね、浅いのに妙に流れが速く激しい。止まることを知らない川なんだ。魚すらも驚いて逃げていくだなんて言われてる」
「...?」
「自然が多く平民も少ない。だから貴族の別荘が多く人気な場所でもあったんだけど、最近はどうやらその川?のせいで土地の価値も下がってきてる」
あれ?
「えと、それってわるだらん?の川のせいってこと?」
ヴィクトールが無言で柔らかな笑顔をマルセイに向けた。水質は良いが浅いのにとんでもなく荒く喧しい川...。
「あの...、それすなわち、僕が見た目可愛いだけの低能なうるさい子供だって言いたいの?」
自分で可愛いって言っちゃうマルセイに、ヴィクトールの目が細い糸のようして更に微笑んだ。マルセイの宝石のような大きな瞳が見開く。
少し離れた場所から、母の「こらバカ息子!言葉遣いっ!!」という怒鳴り声が聞こえるが、マルセイにとってはそれどころじゃなかった。
「うわああっっ!!この人、心の中で「黙れクソガキ。お前のその無駄にうるさいキンキン声が頭痛の原因になりそうなんだよっ」とか思ってるに違いないよっ!!こんなに爽やかなのにお腹真っ黒!!」
マルセイがそう叫ぶと目をパチクリさせるヴィクトール。
「あはは。僕がそんな失礼なこと思うわけないだろう?それにしてもマルセイはヒトの心が読める能力でもあるのかな?」
「きゃあああっ、ほらお母様!王子様の笑顔こわいっ!!」
マルセイは人の心が読めるのではなく勘が良い。ただそれだけだがめちゃくちゃ当たる。
助けを求めるようにして振り向けば、ぎょっとする程の人相で佇む母がそこにいた。
(うっ......。お母様がすんごい顔でめちゃくちゃ睨んでくる。凄いイカリ肩になってる!このあとが恐ろし過ぎる)
マルセイは唇を尖らせた。一体なんて日なんだと。
「...ふんっ...。静養地に向いてないところに別荘なんて建てるからだ」
「え?」
「だってそうでしょう?どうせ景色がいいからって、貴族が自然の形に逆らうようにして大きなお屋敷を建てまくってるんだ。でも結局川の音がうるさかったり、危険だったりで価値が下がっちゃう。僕なら川を上手く使うもんね」
「へぇ...ではマルセイ、君ならどうするの?」
アクアマリンの瞳がマルセイを流し見るように見下ろした。少しだけ戸惑うが、負けじとヴィクトールから視線を外さないでいた。
「...えと...ヴァレント地方は乾燥地帯で雨が少ないけど、そのワルダラン川を水源として農業地帯にするんだよ。例えば川の流れを一部制御して灌漑用の水を農地に供給したり?元気な川で水質がいいなら尚更だよ。安定した水源としての価値は上がると思し作物も育つ。村だって出来る。もちろん堤防の強化や河川改修でお金は必要になるけど、そんなのあとですぐに戻ってくる」
溢れでる言葉が早口になり両手で口を覆う。またお母様に怒られる?と不安になってヴィクトールを見れば、綺麗な瞳をぱちぱちさせている。嘘みたいな微笑みはもう浮かべてはいない。
広大な大陸の地理や他国の事情をすでに把握しているマルセイの知識は、同じ年頃の子どもたちの中でも抜きんでていた。
どの国がどこに位置し、どの交易路が重要でどの国がどのようにして覇権を争ったのか。マルセイはそのすべてを、まるで自分の領地のように理解している。
だがどうしても苦手だったのが川の名前だった。マルセイにとって、広大な大陸に流れる数多くの川はただの「地形」や「河川」として存在しており、細かな名前を覚えることには興味が向かなかったから。けれどそこの川や土地をどのように扱うかを考えることは好きだ。
「あ、それか今後発展するエネルギー源としても、例えば水力を」
「うぉっほんっゴホンゴホンッ!!!マルッ」
「ひぃっっ!ひゃいっ」
母の野生のような咳払いがしてマルセイの肩がびくぅと跳ねる。
「ヴィクトール殿下、息子の無礼をお許しくださいませ。8歳児の戯言に過ぎませんからお気になさらず」
「...いえ。さすがはロードベルク家のご子息ですね」
なにやら母が謝罪している。だって聞かれたものだからとおろおろと視線を泳がせるマルセイが、チラチラと様子を伺いながら口を開いた。
「おっ、王子様は僕と結婚したいの...ですか?」
マルセイの質問に少しだけ間を置いたヴィクトールが優しげにマルセイを見た。
「嘘をつきたくないから言うけど、残念ながら僕が君を選び結婚したいと思った訳じゃないんだ」
「それならっ」
「お互いの両親が決めたんだ。政略結婚っていうのかな」
「...せいりゃくけっこん……う、うん、知ってる。でも、なんでぼくが“およめさん”なの...。僕だって男だよ!」
「お嫁さんか旦那さんか、そんなのどうでもいいみたいだよ?結婚しろというのが命令なんだ」
「ひぇええええっ……!」
マルセイはヘナヘナと椅子にしがみついた。小さなお尻をヴィクトールに向けて。それを目にした母の小さな「ヒィッ」といった悲鳴が、ロードベルク家の客間に響く。
だって、だって。自分にはいつか出逢うはずの、マルセイだけの“おひめさま”がいた、はずだ。髪はふわふわでリボンが似合って、お菓子みたいに甘い声で笑う子。想像だけど。
それでもきっと舞踏会で「はじめまして」ってお辞儀しあって、それから一緒に紅茶を飲んで、「あなたの隣で食べるマカロンが一番美味しいわ」なんて言ってくれる……そんな優しくて清純な子!...と恋に落ちるはずだった。
少し身体が弱いから剣術を習うことはさせて貰えなかったけど、お花の名前は沢山覚えた。「可憐なレディはお花に詳しいから」って乳母が言ってたから。
それなのに、それなのに!!なんでお姫様じゃなくて王子様なのっ?!!
ポロポロと大粒の涙が溢れる。
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