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午後の陽が差し込む部屋の一角で、エヴァンはソファに寝転がりながら、片手で林檎を空中に放ってはキャッチしていた。
友人といえど豪奢な王子の部屋にまるで自分の家のようにくつろぐ姿は、見慣れない者には無礼に映ったかもしれない。だがヴィクトールにとってはよく見る光景そのものだ。
「それにしてもなぜにマルセイ・ロートベルグなんだ?」
ひょいと林檎をキャッチしたエヴァンは、それをじっと見つめたあと一口かじった。
「男、だから」
ヴィクトールはエヴァンの質問に興味なさそうに答え、広げた地図に視線を落とし指でなぞっていた。
「地図なんか見て、世界征服でもする気かよ」
ふざけた調子でエヴァンが言うと、ヴィクトールはわずかに目線を地図から外し答えた。
「川を制するよ」
「……なんだって?」
「いや、別に。ただ見てるだけだ」
「はぁ……?」
エヴァンは呆れたようにヴィクトールを見つめる。悪びれもせず、冗談のような顔ひとつ見せずに返すヴィクトールに完全にペースを持っていかれているからだ。
「...そんなに深刻なのか?こんなにも婚約を急ぐなんて」
エヴァンはわずかに眉をひそめて問いかける。
真意を測ろうとするように、まっすぐに。お互い様だが、年齢に似つかわしくないほどまっすぐな視線がヴィクトールの横顔を射抜いた。
ヴィクトールは地図から顔をあげ、小さく溜め息を吐く。
この国では、同性間の結婚や婚約は法的にも社会的にも広く認められており、特に都市部では珍しいことではない。だが王族となると話は別だ。
王族は「血統」や「後継者の確保」が重視されるため、これまで同性間での婚姻を選んだ王族はいなかった。特に王位継承権を持つ王族が同性婚を選ぶことは前例のないこと。
それでもヴィクトールが婚約者に同性を選んだのには訳がある。それは後継ぎを生まぬ結びつきは不安定要素と見なされる...、まさにその必要があったから。
少し先のことにはなるだろうが、第二王子ヴィクトールは、義兄の第一王子アルベールとの王位継承争いが激化する前兆を察していた。
とても面倒で勝手な話だが、アルベール派とヴィクトール派の貴族たちが水面下で動き出しているのだ。だがヴィクトールは王位には全く興味がないし、そういったこと全てが煩わしかった。
とはいえ王位継承権を放棄できるのは18歳。まだまだ先のことだ。そこでヴィクトールは自らの継承権を弱めるために、「同性との婚約」といった道を選ぶ。
これにより無駄な争いや、命を狙われるといったことから逃れられるからだ。
なのでこの婚約は王である父からの命令ではなく、ヴィクトールの提案で決まった。効力を高める為に国(王)からの命令としたが、マルセイを選んだのもヴィクトールである。
「それにしたって他にもいただろう?だいぶ変わり者だぞ、あのお坊ちゃん」
王室専属の医師の息子であり、親友のエヴァンが不思議がるのも無理もない。噂通りの変わり者だったから。
「知ってる」
「知ってるって...、知らないだろう?アカデミーの図書館で、意味のわからん分厚い哲学書を逆立ちで読むような子だぞ?」
そういえばマルセイとエヴァンの弟は同じアカデミーだったかと、ヴィクトールはふと思い出す。それにしても逆立ちで本?あんな華奢な身体で?
あの白くふわりとした頬をピンク色に染め、くりくりした金髪と宝石のような瞳を逆さにして...。
(変な奴)
「...まあ...なにか意味があるんだろう」
「意味はあるんだろうな。理解しがたいだろうけど」
「...」
ロードベルク家は王家と並ぶ五大公爵家のひとつにして、その中でも最も清廉で高貴、不可侵とまで称される名家だ。
アカデミーでもただでさえ目立つだろうに、逆立ちで哲学書...。
「...ぷっ」
想像して思わず吹き出した。笑いをこらえようと口元を押さえるも、目尻には愉快さが滲んでいた。
「...ヴィクトール?」
それがヴィクトールの口からこぼれたと気づくのに、エヴァンはほんの一瞬間を要した。
エヴァンはまばたきを忘れたように、じっとヴィクトールの横顔を見つめた。あのヴィクトールの目尻がわずかに緩んでいる。唇の端に確かに笑みがある。必要な場所で、必要な作り笑いしかしないこの王子が。
おいおいそれも吹き出したって?!しかも「...ぷっ」だって??いつだってまるで大人びた仮面を被ったような冷めた彼が...。
「なんだよ..肩まで揺らして...」
エヴァンの力ない声がぽつり。
ヴィクトールが少しだけ目を細めると、肩の力を抜くように余裕をまとった笑みを浮かべた。
「いや、さすがはロードベルク家の血筋だなと思ってさ」
「...そりゃあまあ?家柄は申し分ないだろうけど...」
「それでいいんだ。愛だの恋だのなんて結婚に必要ないだろう?だとしたら相手は信頼のおける家門がいいに決まってる」
ただそれだけだ。
婚約の申し込みをしに、ロードベルク家を訪れた日を思い出す。
最初の印象は、典型的な甘ったれの貴族の箱入り息子だと思った。いや、もしくはそれ以下。あのレベルの貴族なら政略結婚なんて当たり前だろうに、ロードベルク家はあまりそういった教育はしていないのだろうかと不思議に思えた。
王族を前にしてあのように騒ぎ、泣き喚き、ヴィクトールを嫌がった。まさかの可愛い未来のお姫様のために。同性だろうと相手がヴィクトールなら大喜びで受けるはずなのに。
会って即効で帰ろうと思った。なかったことにして、自分に相応しくないのなら次を探せばいいと。
それなのに、なぜか自分はマルセイより他を選ぼうとはしていない。
貴族らしくない、貴族。アホだが賢そうな子供。素直に泣いて笑って、思いのままコロコロ転がるような子供。
それだけに王族の問題に巻き込んだことについては、ほんの少しだけ悪いなとは思う。
たが王族に嫁ぐというのは決して悪い話ではないはずだ。ましてやあの誇り高いロードベルク家にとって、王家との繋がりは磐石な立場をさらに強固にするだろう。
……そうだ、これでいい。これは「正しい選択」だ。感情を切り離せば、理屈はいつもこうして静かに背中を押してくれる。
『王子様!』
ただ、自分の立場からできる小さな願い事くらいは、叶えてあげてもいいのかもしれない。
なんて、らしくもないと自分でも思いながら。
それでも、胸の奥に残ったあの笑顔の余韻は不思議と消えなかった。
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