ヴィクトールの普通じゃない婚約者

まと

文字の大きさ
3 / 5

3


午後の陽が差し込む部屋の一角で、エヴァンはソファに寝転がりながら、片手で林檎を空中に放ってはキャッチしていた。

友人といえど豪奢な王子の部屋にまるで自分の家のようにくつろぐ姿は、見慣れない者には無礼に映ったかもしれない。だがヴィクトールにとってはよく見る光景そのものだ。

「それにしてもなぜにマルセイ・ロートベルグなんだ?」

ひょいと林檎をキャッチしたエヴァンは、それをじっと見つめたあと一口かじった。

「男、だから」

ヴィクトールはエヴァンの質問に興味なさそうに答え、広げた地図に視線を落とし指でなぞっていた。

「地図なんか見て、世界征服でもする気かよ」

ふざけた調子でエヴァンが言うと、ヴィクトールはわずかに目線を地図から外し答えた。

「川を制するよ」
「……なんだって?」
「いや、別に。ただ見てるだけだ」
「はぁ……?」

エヴァンは呆れたようにヴィクトールを見つめる。悪びれもせず、冗談のような顔ひとつ見せずに返すヴィクトールに完全にペースを持っていかれているからだ。

「...そんなに深刻なのか?こんなにも婚約を急ぐなんて」

エヴァンはわずかに眉をひそめて問いかける。
真意を測ろうとするように、まっすぐに。お互い様だが、年齢に似つかわしくないほどまっすぐな視線がヴィクトールの横顔を射抜いた。

ヴィクトールは地図から顔をあげ、小さく溜め息を吐く。

この国では、同性間の結婚や婚約は法的にも社会的にも広く認められており、特に都市部では珍しいことではない。だが王族となると話は別だ。

王族は「血統」や「後継者の確保」が重視されるため、これまで同性間での婚姻を選んだ王族はいなかった。特に王位継承権を持つ王族が同性婚を選ぶことは前例のないこと。

それでもヴィクトールが婚約者に同性を選んだのには訳がある。それは後継ぎを生まぬ結びつきは不安定要素と見なされる...、まさにその必要があったから。

少し先のことにはなるだろうが、第二王子ヴィクトールは、義兄の第一王子アルベールとの王位継承争いが激化する前兆を察していた。

とても面倒で勝手な話だが、アルベール派とヴィクトール派の貴族たちが水面下で動き出しているのだ。だがヴィクトールは王位には全く興味がないし、そういったこと全てが煩わしかった。

とはいえ王位継承権を放棄できるのは18歳。まだまだ先のことだ。そこでヴィクトールは自らの継承権を弱めるために、「同性との婚約」といった道を選ぶ。

これにより無駄な争いや、命を狙われるといったことから逃れられるからだ。

なのでこの婚約は王である父からの命令ではなく、ヴィクトールの提案で決まった。効力を高める為に国(王)からの命令としたが、マルセイを選んだのもヴィクトールである。

「それにしたって他にもいただろう?だいぶ変わり者だぞ、あのお坊ちゃん」

王室専属の医師の息子であり、親友のエヴァンが不思議がるのも無理もない。噂通りの変わり者だったから。

「知ってる」
「知ってるって...、知らないだろう?アカデミーの図書館で、意味のわからん分厚い哲学書を逆立ちで読むような子だぞ?」

そういえばマルセイとエヴァンの弟は同じアカデミーだったかと、ヴィクトールはふと思い出す。それにしても逆立ちで本?あんな華奢な身体で?

あの白くふわりとした頬をピンク色に染め、くりくりした金髪と宝石のような瞳を逆さにして...。

(変な奴)

「...まあ...なにか意味があるんだろう」
「意味はあるんだろうな。理解しがたいだろうけど」
「...」

ロードベルク家は王家と並ぶ五大公爵家のひとつにして、その中でも最も清廉で高貴、不可侵とまで称される名家だ。

アカデミーでもただでさえ目立つだろうに、逆立ちで哲学書...。

「...ぷっ」

想像して思わず吹き出した。笑いをこらえようと口元を押さえるも、目尻には愉快さが滲んでいた。

「...ヴィクトール?」

それがヴィクトールの口からこぼれたと気づくのに、エヴァンはほんの一瞬間を要した。

エヴァンはまばたきを忘れたように、じっとヴィクトールの横顔を見つめた。あのヴィクトールの目尻がわずかに緩んでいる。唇の端に確かに笑みがある。必要な場所で、必要な作り笑いしかしないこの王子が。

おいおいそれも吹き出したって?!しかも「...ぷっ」だって??いつだってまるで大人びた仮面を被ったような冷めた彼が...。

「なんだよ..肩まで揺らして...」

エヴァンの力ない声がぽつり。

ヴィクトールが少しだけ目を細めると、肩の力を抜くように余裕をまとった笑みを浮かべた。

「いや、さすがはロードベルク家の血筋だなと思ってさ」
「...そりゃあまあ?家柄は申し分ないだろうけど...」
「それでいいんだ。愛だの恋だのなんて結婚に必要ないだろう?だとしたら相手は信頼のおける家門がいいに決まってる」

ただそれだけだ。

婚約の申し込みをしに、ロードベルク家を訪れた日を思い出す。

最初の印象は、典型的な甘ったれの貴族の箱入り息子だと思った。いや、もしくはそれ以下。あのレベルの貴族なら政略結婚なんて当たり前だろうに、ロードベルク家はあまりそういった教育はしていないのだろうかと不思議に思えた。

王族を前にしてあのように騒ぎ、泣き喚き、ヴィクトールを嫌がった。まさかの可愛い未来のお姫様のために。同性だろうと相手がヴィクトールなら大喜びで受けるはずなのに。

会って即効で帰ろうと思った。なかったことにして、自分に相応しくないのなら次を探せばいいと。

それなのに、なぜか自分はマルセイより他を選ぼうとはしていない。

貴族らしくない、貴族。アホだが賢そうな子供。素直に泣いて笑って、思いのままコロコロ転がるような子供。

それだけに王族の問題に巻き込んだことについては、ほんの少しだけ悪いなとは思う。

たが王族に嫁ぐというのは決して悪い話ではないはずだ。ましてやあの誇り高いロードベルク家にとって、王家との繋がりは磐石な立場をさらに強固にするだろう。

……そうだ、これでいい。これは「正しい選択」だ。感情を切り離せば、理屈はいつもこうして静かに背中を押してくれる。



『王子様!』


ただ、自分の立場からできる小さな願い事くらいは、叶えてあげてもいいのかもしれない。

なんて、らしくもないと自分でも思いながら。
それでも、胸の奥に残ったあの笑顔の余韻は不思議と消えなかった。






感想 7

あなたにおすすめの小説

時間を戻した後に~妹に全てを奪われたので諦めて無表情伯爵に嫁ぎました~

なりた
BL
悪女リリア・エルレルトには秘密がある。 一つは男であること。 そして、ある一定の未来を知っていること。 エルレルト家の人形として生きてきたアルバートは義妹リリアの策略によって火炙りの刑に処された。 意識を失い目を開けると自称魔女(男)に膝枕されていて…? 魔女はアルバートに『時間を戻す』提案をし、彼はそれを受け入れるが…。 なんと目覚めたのは断罪される2か月前!? 引くに引けない時期に戻されたことを嘆くも、あの忌まわしきイベントを回避するために奔走する。 でも回避した先は変態おじ伯爵と婚姻⁉ まぁどうせ出ていくからいっか! 北方の堅物伯爵×行動力の塊系主人公(途中まで女性)

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

家に帰ったら、妻は冷たくなっていた。突然シングルファザーになった勇者パーティーの治癒師は家族を修復したい

八朔バニラ
ファンタジー
勇者パーティーに所属し、魔王討伐した治癒師(ヒーラー)のゼノスは街の人々の歓声に包まれながら、3年ぶりに家に帰った。家族が出迎えてくれると思ったが、誰も出迎えてくれない。ゼノスは不満に思いながら家に入ると、妻の身体は冷たくなっていた。15歳の長男ルミナスはゼノスの代わりに一家の柱として妹を守り抜き、父に深い拒絶のこもった瞳を向けていた。そして、8歳の長女ミリアは父の顔も忘れていた。 ゼノスは決意する。英雄の肩書きを捨て、一人の不器用な父親として、バラバラになった家族の心を繋ぎ合わせることを。 これは世界最強の治癒師が家族を修復する物語である。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

手の届かない元恋人

深夜
BL
昔、付き合っていた大好きな彼氏に振られた。 元彼は人気若手俳優になっていた。 諦めきれないこの恋がやっと終わると思ってた和弥だったが、仕事上の理由で元彼と会わないといけなくなり....

虐げられた令息の第二の人生はスローライフ

りまり
BL
 僕の生まれたこの世界は魔法があり魔物が出没する。  僕は由緒正しい公爵家に生まれながらも魔法の才能はなく剣術も全くダメで頭も下から数えたほうがいい方だと思う。  だから僕は家族にも公爵家の使用人にも馬鹿にされ食事もまともにもらえない。  救いだったのは僕を不憫に思った王妃様が僕を殿下の従者に指名してくれたことで、少しはまともな食事ができるようになった事だ。  お家に帰る事なくお城にいていいと言うので僕は頑張ってみたいです。        

親友の好きな人は俺に似てるっぽい

千崎
BL
茅野湊はある日、親友の相沢渚から好きな人ができたと聞かされる。それから毎日好きな奴についての相談を受けていたが、湊はある事に気づいてしまう。ーこいつの好きな奴、俺に似てねぇか? そんな考えはやがて複雑な感情を生み、二人の関係は変化していく。

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。