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本日は『王都こどもお菓子大市』の日。
朝から鐘の音が高らかに響き、王都のメインストリートは甘い香りと笑い声で満ちていた。
色とりどりのテントが並びカラフルな飴細工、ふわふわの綿菓子、キラキラ光るゼリー菓子たちがずらりと並ぶ。
店主たちが工夫を凝らした屋台の装飾も相まって、まるでおとぎ話の一幕のようだった。
マルセイは通りの端にあるキャラメル屋の前でぴたりと立ち止まる。金色の髪が陽の光にふわりと揺れ、長いまつ毛が影を落とすその横顔は真剣そのもの。
目をくるくると動かしながら、ずらりと並んだキャラメルの中からひとつだけ――ラズベリー風味のハート型を選んだ。
「これ…可愛い~」
それでいて美味しそう...よし、これに決めた!とキラキラとした瞳で包み紙に指を添える様子は、小動物のように慎重で、キャラメル屋の店主も思わず見とれてしまうほどの可愛さだった。
「おじさん、これひとつくださいっ」
ほくほく顔のマルセイに、店主がにこにこと笑いながら声をかけた。
「今日は特別に、ふたつで一つ分の値段だよ」
「ええっ?!」
「もうひとつ好きなの選びな」
「わぁぁあっ、いいの?」
「ああ」
ふたつでひとつ!なんてお得なお買い物!とマルセイは再び色とりどりのキャラメルに目を向ける。
「えっと...、じゃあこれにしまぁす」
丸みを帯びた愛らしい声を弾ませ選んだのは、優しいクリーム色の星形ミルクキャラメル。
「いま食べるかい?」
「うんっ!」
ぱっと顔を明るくさせて答えたマルセイは店主にお金を渡し、キャラメルを両手で包むように持ちながら小さくうなずいた。
「屋台は食べ歩きオッケーだもんね」
そう小さく呟いて、ふと手を止める。
「あっ、でも……ひとつだけ……にしよっかな」
ちらっとキャラメルを見比べてから、少し口をとがらせて続けた。
「本当はね、ふたついっちゃいたいけど……怒られちゃうから」
「ははっ、お母さんにかい?虫歯が出来るからかな」
店主が冗談まじりに言うと、マルセイはこくこくと真剣な顔でうなずく。
「そう、あと“あなたはすぐお腹こわしちゃうでしょ!”って。僕、ごはんもおやつもいっぱい食べたいんだけど、すぐお腹ぱんぱんになっちゃうんだよね」
だから美味しいものもちょっとずつ。
そう言いながら渡されたキャラメルを大事そうにぱくり。
口に入れた瞬間、マルセイの頬がふわっと緩んだ。
「……ん~~~っ、しあわせ……」
言葉がとろけるみたいに漏れて、目元もうっとりだ。舌の上でじわじわ溶けていく甘さに、思わず体がぽすんと緩んで肩が小さく上がる。
「このとろけかた、ずるい……!美味しすぎて腹がたってきたっ」
「...ふはっ、あはははっ!そうかそうか、そう言ってもらえておじさん嬉しいよ」
「うん!おじさん天才!世界一!!」
「ははは、そうだろう?また来ておくれよ」
「うん!あっ、そうだっ!あのね、おじさん。うちのお店のお菓子もサービスしてあげるから、あとで食べに来てくれる?」
「え?僕のお店って?」
「あそこ!あそこがうちの屋台なんだぁ」
マルセイが嬉しそうに小さな指をぴっと伸ばして指さす。
店主がその指の先を見やった。
「…………えっ」
店主の顔が一瞬にして青ざめる。
視線の先にあったのは、まるで宮廷の一角を切り取ったような屋台スペースがあったから。
繊細な彫金細工の柱に細やかで美しいレースのひさし。そして台の上に整然と並んでいるのは、光沢のある漆黒の箱に収められたお菓子達。
「あの辺りは、確か……貴族専用スペースだったはず……」
あれは、ただのお菓子屋台じゃない。
貴族の“教育の一環”だなんて言い訳をされているが、どうせただのお遊びに過ぎない...に違いない!今日みたいにみんなが楽しげにお菓子を買い求めている中で、あんな堂々とした屋台を見せつけられるとなんだかいけすかないし鼻につく。
...なーんて、朝の準備時にそんな風に思っていたけれど...。
(まさかのあそこの子供?!)
店主はぐっと目を凝らす。
ひときわ目を引くその屋台の暖簾には、とある家門の紋章が灰青の絹地に銀糸で静かに縫い込まれていた。
それは二輪の薔薇を抱いた鷹の紋。
鋭く広げた翼と絡みつく蔦の刺繍が静かな威圧感を放ち、どう見ても屋台には不釣り合いなほどの威厳をまとっている。
(おいおいおいっ!)
「ロッ...ロードベルク公爵家?!!」
(大貴族じゃねぇか)
店主がごくりと喉を鳴らし、思わずマルセイをじっと見た。
今のマルセイは、全く無邪気に屋台の方を指差している。「どうしたの?」と、若干アホっぽい顔をして、自分が何を指さしているのかまったく気にせずに微笑んでいる。
(な...なんだ、子供の冗談か...いやでも)
マルセイの服装は控えめで地味。一見庶民だ。だがよくよく見ればその質の良さや上品さが隠せていない。それが逆に何かを示唆しているようで店主の心拍は落ち着かない。
「ぼ...坊っちゃん、」
「あのね、うちのお菓子は『黒き森の果実箱』っていう名前のお菓子なんだよ」
「ひぇっ」
店主は小さく悲鳴をあげた。ロードベルク家の屋台に並べられている、漆黒の箱を見ながら。
名は『黒き森の果実箱』――焼きパイ包みの果実菓子と書かれてある。
「えっとね、『黒き森の果実箱』っていう名前は僕が考えたんだよ! 魔女が闇の森で摘まれた果実を使って、満月の夜にだけ焼く魔法のお菓子なんだ」
「...へ...へぇ~」
「お手伝い楽しかったなぁ。金色のお粉をぱらぱら~ってパイの上にかけたの。クラウディオは寝不足で眠い眠い~って文句ばっかりなんだけどね」
「あ...はは、なるほど、金粉ね...。ん??クラッ
...?え」
「うん、クラウディオ。うちのパティシエだよ。いつもとっても美味しいおやつを作ってくれるんだぁ。『黒き森の果実』もクラウディオが監修してくれたんだよ」
「や、屋台に?いるの?」
「うん、いるよ」
「!!!はっ...ははっ、そうかあ、それはぜひ食べてみたいなぁ...はははは」
店主は笑うしかなかった。
だって食べなくとも分かる。おそらく「黒き森の果実箱」とやらは、どこに出しても恥ずかしくない菓子だから。
だよな、そうだ、そうだったよなぁ、と改めて店主は頭を抱えた。
ロードベルク家のパティシエには、クラウディオ・ヴァレンツィーヌが名を連ねていた。
パティシエ界の若き巨匠であり、その名を聞いたことのない菓子職人はいない。誰もが憧れ尊敬する存在。
数々の国際菓子博で金賞を総なめにし、彼が“菓子を芸術に昇華させた男”と呼ばれて久しい。
王宮晩餐会のデザートを任されること十数回、彼が仕上げた一皿のために客人が涙した――そんな逸話も珍しくない。
市場のキャラメル屋の店主にとって、若き日の夢の象徴であり追いつけぬ高嶺の花でもあった。
(あんな雲の上の人が、今日だけとはいえ屋台に立つなんて...)
そんな風に呆然と、夢のような現実に目を奪われていた店主の耳に――
「わぁっ」
と、はじけるような小さな声。
店主がハッとして視線を戻すと、マルセイが倒れている。
「坊っちゃん!!」と思わず声が漏れたその瞬間、リボンで盛られたような髪と、宝石のような飾りがちりばめられたド派手なドレスが視界を横切る。
「ちょっと邪魔よ!!平民が道を塞いでんじゃないわよっ」
続いて鋭い声が響く。
キン、と耳をつんざくような少女の叫びだった。
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