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しおりを挟む「ファヌ、来てたんだ」
「こんにちわ、ケレン先輩。また来ちゃいました」
シュタッと立ち上がり、その人を出迎える。
あの日、オレはこれでもかというほど床に頭をこ擦り付け謝罪した。
古びた歪な椅子…いやオブジェの作者であるケレン先輩はというと「まあ役にたって良かったよ。邪魔になるだけだから、そのうち処分しようと思ってたんだ」なんて悲しい事を言った。
「そんな…処分する位ならオレに下さいよ!オレ、この椅子…あっ間違えた、オブジェになんだか物凄く愛着沸いちゃって…そんな存在を捨てちゃうだなんて…半身を失う位辛いです!悲しいです!
…あとここ、あんまり椅子がなくて不便だなってちょっと思ってて…なくなるとマジで困るんですっ」
考え直して欲しいと悲願の顔をケレン先輩に向ける。
やはり美術部専用の教室だからか。椅子や机は全部隅に追いやられて、その上には画材やその他の道具、作りかけの作品なんかが置かれている。
「最後らへんのが本音だよね?君ってナチュラルに失礼だけど、いっそ清々しくて気持ちが良いよ」
そう言いながら、大切に座ってねとオブジェを贈呈してくれた。
もちろん大切にする。このアンバランスなオブジェを座りこなせるのはオレしかいないだろう。
ホッとして相棒のオブジェを撫で回していると、「君専用の椅子だね。あっこれ、イヤミだから」なんて言いわれた。
ケレン先輩の器はデカい。年上の余裕を感じる。
少し変わった作品を作り出す人だけど、変人って訳でもないしむしろ常識的だ。
それに顔も良い。あの日、キャンバスバリケードごしで話していた時には気付かなかったが、紛れもないイケメンだった。
ちなみにキャンバスバリケードの中では椅子を並べて昼寝をしていたらしい。
それよりなによりも「君専用の椅子だね」と、言ってもらえた事が嬉しかった。
またここに来てもいいよと言ってもらえているようで。
なのでそう勝手に思い込み、ちょこちょこと通わせてもらっている。
ちなみに他の部員の皆さんは、大抵放課後に活動しているらしくほとんどお会いしたことがない。
「購買に行ってたんですか?」
「うん。色々と沢山買ったからファヌも一緒に食べよう」
と、机の上を片付けだしたのでオレもそれを手伝う。
「先輩は食堂には行かないんですね」
「うん。騒がしい所は苦手なんだ」
「なるほど」
確かに先輩はそんな感じがする。賑やかな場所よりも静寂を好む。そんな気がした。
本当に沢山買ったのだろう。パンパンになった茶色の紙袋が、机の上にトンと置かれる。
ちなみにケレン先輩は見た目にそぐわず大食漢だ。食べても太らないと羨ましい事を言っていた。
「本当にオレも頂いちゃっていいんですか?学園の購買なんて高いモノしか売ってないのに…」
「?そうでもないよ。食堂なんかに比べたら安いもんじゃない?気にしないで好きなの食べて」
「じゃっ、じゃあ遠慮なく…」
うん…やっぱりケレン先輩も良いとこのご子息なんだろうな。まあ学園に通う生徒なら当たり前か。イレギュラーなのはオレだけだ。
差し出された袋から、遠慮がちに小さめの袋を選ぶ。
や…やばっ…これブラックヘアビーフのミートパイって書いてある。絶対に高いやつだ!
…にっ、2500ベル??!
そっと袋に戻そうとすると、
「いいから食べな。美味しいよそれ。食べなきゃ損」
「………。い、頂きます………ううううまぁ…!」
さすがは高級肉のミートパイ。美味しくない訳ない。パイもサクフワで、これでもかって程のバターの香りが鼻を抜けていく。
実際ここの購買の値段設定はやばい。
以前一度、学園に弁当を持ってくるのを忘れた事があった。
そしたらエルがかの有名なセレブリティ食堂にオレを連れて行こうとした。
だが、いくらエルがご馳走してくれるからといえ、ランチできゃっと悲鳴がもれそうな値段の料理など貧乏性のオレにはハードルが高すぎた。
天使時代のエルに「もぉ」と可愛く呆れられながらも、次に連れて行かれたのが購買だった。ここなら安くて安心だと思ったのが大間違い。一番安いサンドイッチで1500ベル…。
それなのに、値段を見ずあれこれと買い込むエルに「ちょ、おい、まっ、」としか言えなかったあの日のオレ。
その後、罪悪感を抱きながらもたらふく購買ランチを楽しんでしまった。
そういえば…購買のグラタンコロッケ美味しかったなぁ。…確かひとつ2800ベル。
ふざけんなっ、ゴールデンキングクラブでも入ってんのかよと思ったら本当に入っていた。
価格への衝撃と感動の旨さに驚きっぱなしだったあの日をふと思い出す。
「ふふっ、明日も買いにいこうか、グラタンコロッケ」
まだ一口も口にせず、眩しそうに目を細めながら話すエル。
オレはと言うと、必死にグラタンコロッケを味わっていた。
「んぐっ…、こういう贅沢は、たまーにだからいいんだよ。エル、いいか?買わなくていいからなっ?!こんなのに慣れたら庶民の味に戻れなくなりそうだ」
「そういうもの?」
「そーいうもの。まあ、エルは食べ慣れてるだろうから分からないかもしれないけどな」
「そうだね、僕もいらない」
「え?」
また唐突に、噛み合わない事を言う。
「何がいらないって?」
「ファヌがいう、豪華で贅沢な食べ物?」
「…まーたそんな。じゃあ一生オレの作った庶民弁当でも構わないんですかねー?」
「うん、僕はいつまでもファヌが作ってくれた料理を食べていたいな」
「はあ」
やれやれ、これですわ。恵まれすぎるとこうなっちゃうのか?旨いモノに慣れ過ぎるとこうなっちゃうのか?
きっと庶民の味が珍しいんだろうけど。
「ファヌ、確かに僕はそういった意味では恵まれているかもしれないけど…必ずしも、その用意されたモノが僕にとって絶対的に必要なモノとは限らないんだ」
そもそも何かを欲しいと思った事なんてなかったからー。
柔らかにゆっくりと、消えてしまいそうに儚く微笑むから。
オレはいつだって、本気ではお前を責める事が出来ない。
どうしてオレより…どうしてヒトよりも、何もかも持っていて、何もかも手に出来る筈のお前がそんな顔をするんだよ。
ふわりと暖かな風が二人の間を吹き抜けた。
「それは欲しいと思う前に、すでに用意されてたからじゃないか?」
オレの問いに、苦笑いをして静かに首をふる。
「失うと想像するだけで分かっちゃうんだ。この心も身体も、全部腐って死んじゃうみたいな」
そんなモノ、他にはない。
僕はいつだって深く強く囚われていて。
例えばもしソレが、誰にも目にくれないような価値ないモノであっても。
むしろそうなれば、心はきっと今より安らぐのに。
⚫あたたかいご感想を頂きありがとうございます。ストックが切れそうになった時に読ませて頂いたので、嬉しくてテンションが上がり8話は2000字をだいぶ越えてしまいました(;´_ゝ`)
長すぎて逆にすみません(;・ε・ )
ただ、本当に励みになりました。感謝してお礼申し上げます。
ありがとうございました(`・ω・´)ゞ
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