リサとアルクラ

果桃しろくろ

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06 いやだ

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 目が覚めると、俺は人間が作った城の中にいた。

 血が身体にこびりつき、動きが鈍い。
 床にこびりついた黒い痕は、全部俺の流した血の痕なのか。

 だるい。

 竜の姿のままでは力を使うので、人間になり力のセーブをする。
 それに、人間の姿の方が――も。…………?
 ずきずきと痛む頭を押さえ、立ち上がろうとするが、足が絡まり上手く立てない。そして、血が流れた事により腹に穴が開きそうなほどの飢餓が襲う。

 ああ、早く、肉を喰わなければ。
 ――肉?

 落ちていた剣を支えに立ち上がり、鼻についたのは懐かしい匂い。

 匂いにつられて部屋に行くと、鍋にたっぷりのスープとその横に2つのカップが並んでいた。

 ――?

 スープをカップで掬い、そのまま飲むが味がしない。そして、飢餓も一向に減らない。
 カップを床に叩きつけ、鍋ごと手で持ちそのまま口につけようとした時、ドサリと遠くで音が聞こえた。

 雪の落ちる音、とは違う。
 まさか、この傷を付けた奴が戻って来たのか?


++

 拾ったのは人間の女だった。

 面倒だと思った。
 雪が降る中、薄着の奇妙な服で倒れていた女。凍傷を負っていてもおかしくないのに傷の一つもない。

 厄介だと思った。
 しかし、このままおいていくという選択肢は俺にはなく、そのまま連れて帰ったのだが……。



「お腹は空いていませんか?」


 「リサ」と名乗った女はスープを飲み干すと、俺の目をみて問いた。それから、身にまとっていたものを脱ぎ捨て、目の前で肉を差し出してきたのだ。
 程良く肉がついた白い乳房から腹にかけて腿からふくらはぎに視線を捉えられていく、俺の、俺の、、、

 ぐあ゛あ゛あ゛っ、、、、、、、

 目の前に、肉が! 若い人間、女の肉!! ああ、どうして俺は今まで肉を食べていなかった。 肉、肉、肉、人間の肉!!!!!

 女を引き寄せ、柔らかな脇の肉からいくかと、それとも足を引きちぎり、そこからしゃぶればいいか、女の左足首を手にし、持ち上げようとした時。

 シャランと指に絡まるアンクレット。

 シャランシャランと女の存在を大きくする。

 女は一切の抵抗もせず、瞳を瞑り、口角があがって微笑んでいるようにさえ見えるのはなぜだ。
 お前は、今、俺に食われようとしているのに!!!

 シャラン。

 女の瞳から涙が垂れる。

 そうだ。泣け! そして叫べ! 悲鳴をスパイスにして、この柔らかそうな腿から食ってやる!

 シャラン。

 また鳴る。

 シャラン。

 煩い!!!!

 足首で主張しているアンクレットを引きちぎり、手の中で握りつぶし捨てた。
 乱暴にそのまま左足首を持ちあげ、床に転んだ女に覆いかぶさる。そして白く瑞々しい腿に被り付く。女の肌は、弾力があり、歯型すらつかない。幾度となく試した後、口を放し目に入った女は――瞳をキツク閉じ赤く頬を染めて口元は、フルフルと震え何かに耐えていた。

 飢餓とは別の感情が生まれる。
 もっと見ていたい。
 悲痛にゆがむ顔ではなくもっと別の顔を。
 聴かせてほしい。
 沈黙や悲鳴ではなくもっと別の声を。


 “アルクラ”


 ――だ。



 手が勝手に動き女の涙をぬぐう。
 カサカサの皮膚に涙はスッと吸収され、すぐに消えてなくなった。


 “アルクラ”


 嫌だ。

「目を、」

 嫌だ。

「目を、開けてくれ」

 この黒い瞳が俺を映さなくなるのは、嫌だ。
 全身に千の針に刺される程の痛みを喰らうよりも、この目の前の女の黒髪が、瞳が、肌が、温もりが、俺から消える方が耐え難い。


 どうして俺は忘れていたんだ。
 命よりも大切な――


「頼む、目を、開けてくれっ――――――――――――リサ」

 リサの瞼が震え、ゆっくりと瞳が開いた。

 俺のリサ。
 俺の全て。

 リサの瞳からは、盛り上がり耐えきれなくなった涙がとめどもなく流れ落ち、その美しさに胸が締め付けられる。そして、かすれ消えそうな声が俺の胸を刺すのだ。

「……アルクラ。私を食べて」
「出来ない」
「お願い。食べて」
「出来ない」

 柔らかな肉……いや、リサの手が俺の頬をなで、赤く熟れた口元は俺に「食べて」と懇願する。

「アルクラは、人間を食べないとダメなんだよ? 私なら大丈夫。貰うだけだった私が、やっとアルクラに、あげられる。それが……とても嬉しいの」
「違う」
「気付かなかった。馬鹿で、本当に馬鹿でごめんね。我慢ばかりさせていて、アルクラに死よりも重い苦しみを与え続けていた」
「リサがあの時、俺を望んでくれなかったら、俺は卵のまま殺されていた」

 あの日。

 母が殺され、俺が産まれた日。
 強く、強く、願われ、気付いた時、引き寄せられ、俺たちは出会っていた。

 弱いリサ。人間のリサ。

 “奪いたい”と願いながらも、俺に色々なものを与えてくれた。

 お前が肉を嫌がるのなら肉なんて食べなくてもいい。
 ただ、笑って過ごしてくれるように、邪魔なものは俺が排除しよう。

 パチッ

 暖炉の火が跳ね、薪が折れた。
 泣き崩れ、俺の足元で膝をつきながら「食べて、食べて」と懇願するリサ。
 俺はリサと同じ目線まで腰を落し、俺を見ず首を振り続けるリサの頬を両手で包んだ。

「リサになら全部やる。俺の全部をやるから! そんな事をいうな!! 他の人間を襲うっ! リサを食べるくらいなら、他の人間を全部食ってやる」
「……アルクラ。だめだよ。元気になる前に退治されちゃうよ」
「リサ、大丈夫だ! 俺は! 俺は!」

 骨と皮だけの手をリサが触れた。
 いつも温かいリサの手が、今は氷の様に冷たくて。一度ギュッと握られ、俺の瞳を覗きこんだ。そして立ち上がったリサは、床に落ちていた剣を拾った。

 リサが人間に会ったという日に、家の前に服と一緒に落ちていた剣。俺に剣は必要なかったけど、その服を着て剣を腰にさしているとリサが嬉しそうに笑ってくれたから。


「……ふふ、案外軽いね」
「リサ?」

 両手で大事そうに柄を持ち上げたリサ。

 刃を下にし、そのまま天まで上げ瞬間。


 なんの躊躇いもなく――――剣はリサの胸を突き刺した。
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