振ったくせに騒々しい

果桃しろくろ

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振ったくせに騒々しい

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 幼馴染のしょうくんに振られた。

 振られた瞬間に、ナタを振り回して「嘘だ!」と叫ぶわけにもいかなく、校舎の窓ガラスを全部わってサイコパスを演出することもなく、その帰り道に転生トラックが突っ込んできて、異世界で逆ハーレムを築くこともなかった。

 現実は無常で無慈悲で残酷だから。
 朝がいつものようにやってきて、学校を休みたい私を父が力業で家から追い出した。

 そして――
 私の目の前には、昨日、私を振った幼馴染の翔くんがいる。

來未くみちゃん、おはよう」
「…………おはよう」

 普通だ。
 いや、いつもよりも笑顔が眩しい。
 くそ。顔がいい。かっこいい。好き。
 幼なじみの顔にポーとしていると、幼なじみの横に美女のオプションがセットされていないのに気付いた。

「あれ? 翔君、いつもの彼女は?」
「彼女?」

 私が告白した時に隣に立っていた美人の彼女はいずこに?
 高校に通う様になってから、色々な美女とワンセットになって私に話しかけてきたではないか。

「不可解だ」
「來未ちゃん?」

 首を傾ける翔くん。
 なんだそれ。
 可愛いオブザイヤーを受賞させるぞ。
 いや、してたわ。
 17年間連続で受賞していたわ。可愛い。

 ということを、大親友の琳檎りんごちゃんに愚痴ってみた。
 この琳檎ちゃん。普段はマスクで顔を半分に覆い隠しているが、マスクをとったら美人!!! なのだ。
 ちなみに、彼女の姉たちも美人で美人三姉妹だ。
 うらやましい。

「來未は、幼馴染くんと付き合いたかったのか?」
「全く」
「……じゃあ、なんで告白した?」

「かっこいい」とは常に言っていたが、「好き」と言っていない事に気付いたから思い立っただけで――

「同意して欲しかったから?」

 そうだ。
「好き!」と告白したのだから「僕も、僕が好き!」って言ってくれると信じていたのだ。
 なのに、真顔になられた時の私の心情を述べよ。

 温度差でグッピーが大量に死んだ。

 なぜ、翔くんは自分のカッコよさを自覚していないのか。
 360年間解けなかったフェルマーの最終定理よりも難解で理解しがたい。
 私の体勢がロダンの考える人を形態模写していると、琳檎ちゃんはため息をおとして、私に向き直り

「愛とは、ひとつだけの形をなしていないという事か」

 哲学的なことをいいだした。

「いや、翔くんは顔がいいんだよ」
「どんな顔でも?」
「どんな顔……?」

 どんな顔とは、どんな顔なんだ。
 再び思考の海に潜っていると、琳檎ちゃんは面倒くさそうにマスクのゴムを直しながら言った。

「例えば……あの男が眼鏡をかけていても?」




 琳檎ちゃんのアドバイスはもっともだった。
 私は何よりも幼馴染の顔が好きだ。今、思い出しただけでも「かっこいいの語源は翔くんだった」と、学会に発表するレポートを何枚も作成できるのだが、どうしても彼の眼鏡姿を想像することができなかった。
 というか、眼鏡を掛けた姿を見たことがない。
 悩んだ結果、翔くんに眼鏡を掛けた写真を送ってもらえるようにLINEを送ったが、数分後にきた返信は「來未ちゃんの写真もちょうだいね」という言語不明な羅列と、小悪魔的にかっこ可愛い伊達眼鏡装備の自撮り写真だった。

 早速、スマホのロック画面の壁紙にしてPCとクラウドとHDDと予備のHDDとついでに、お父さんの携帯にも送った。そして、渋々ながらも、自撮り写真を翔くんに送信。

「はぁ~。神よ。今、文明の利器に感謝をいたします」

 振られた次の日だけれど、相変わらず翔くんの顔はいい。
 ハーフならではの蜂蜜色を溶かした髪色は少し長くて、たれ目で泣きぼくろが添えてあるところもかっこいい。それに写真のオプションである黒縁眼鏡も素敵だ。眼鏡ごとかっこいい。
 翔君の写真にうっとりしていると、後ろから声がかかった。

「それって、KAKERUくんのコスプレ写真?」

 “KAKERUくん”とは?



 井の中の蛙という言葉がある。
 私はまさしく『かわず』だったのだ。
 新しい世界を知ってしまった。

 彼女たちに連れていかれた教室は『底なし沼同好会』いう溢れ者が集うゆうやみの秘密倶楽部だった。
 漫画、アニメ、ゲームなどの、自分の好きなものならなんでも語りつくす同好会という内容に感銘をうけた私は、早速昨日、幼馴染である翔くんに振られた旨を語った。
 彼女たちは『幼馴染』というワードに飛びつき『振られた』という言葉に目を伏せ『だけど、好き』という言葉に切なそうな顔をして『顔が』という言葉で背中に宇宙を背負った猫と同じ表情になった。

「やばたにえん(貴女には素質があると思う)」

 そう言った彼女たちに勧められたのは、1つのアプリゲームだった。

『愛してブッKORO☆くらむちゃうだぁ』

 最近配信されたアイドル育成アプリゲームで、この界隈では爆発的に人気だとか。
 見せてもらったTOP画面に、さっき私が国宝認定をした眼鏡をした激ヤバ翔くんにそっくりなKAKERUくんが笑っていた。

「翔くんが、絵になっている」
「それな」

 同じ学校にこれほど似た人がいたのに気付かなかった。やはりKAKERUくんの眼鏡はパーツの一部と盛り上がっている背景で、私の心情はむちゃくちゃになっていた。
 だって。
 翔くんが、絵になっている(二回目)

 スチルもみせてもらったが、これも大変だった。
 翔くんがアイドルみたいな服を着ている。騎士にもなっている。スーツ姿とかカッコいい。

「あ、ふぅ、あ゛ぁ、……っ」
「うんうん。語彙力が死んだね。わかるよ、わかる。それが尊いという感情だ」

 蜂蜜色の長めの髪とたれ目の泣きぼくろに伊達眼鏡がプラスされているKAKERUくん。
 声まで翔くんと似ている気がする。なんだこれ。なんだこれ。
 私はKAKERUくんを知る前まで、翔くんの蜂蜜色をした髪と女の子に優しくてモテモテというのは翔くんが授かった転生特典だと思っていたが、彼女たちの知っている世界では『チャラ男』に分類されて、とても定番だと言われた。
 この宇宙で唯一無二な翔くんが定番という枠に収まるわけがない。
 私は翔くんの凄さを彼女たちにも知ってほしくて、翔くんも毎日のように違う彼女を連れてきたよ!と自慢をしたら、口ごもりながらも「チャラ男は二次だから推せるんだよ」と言い切られた。

「いや、でも……彼女がいても、翔くんはカッコいいんだ」
「推しが幸せならOKなタイプか。接しやすい」

 もちろん、同担拒否の過激派夢女子も愛がマッスルビルダーで尊敬に値すると、彼女たちは頷きあっている。彼女たちの心の大きさは円周率の桁よりも果てしないかもしれない。

 こうして――
 私は彼女たちの勧めもあり、KAKERUくんの沼にドボンとダイブしたのであった。
 お父さんにもアプリの招待メールを送っておいたのは余談である。





 ***

「今日も、來未ちゃんが尊い」

 來未ちゃんの家の玄関前で僕は身を震わせた。
 ここは世界のパワースポットでもある。
 だって、來未ちゃんの生家だよ? ここで彼女が日々成長して、生きてご飯を食べている。それだけで泣けてくる。

 來未ちゃんの幼馴染に選ばれたことを神に感謝し、来世はミジンコでも幸せだろうと強くおもった。
 そして、來未ちゃんの家の前で五体投地をし終わった僕は、隣で同じように五体投地をし終わった女に、いつものように注意事項を述べるのだ。

「1.しゃべりかけてはいけない。2.お触り禁止。3.写真撮影、録画もだめ。プロマイドが欲しかったら、公式ファンクラブで買うこと。1万円以上の購入で、今なら來未ちゃんの幼少時代のプレミアお宝写真が特典でついてくるから。それから、今この瞬間から、僕の横に黙って立つこと。自分を蝋人形だと思い込むこと。なるべく呼吸もしない。お前は蝋人形になるんだよ」
「わかりました」
「はい、復唱『尊い來未様の前で存在するチャンスをいただけた事を心より感謝し、これからの人生を來未様のために尽くす事を誓います』」
「尊い來未様の前で存在するチャンスをいただけた事を心より感謝し、これからの人生を來未様のために尽くす事を誓います」
「よろしい」

 高校に入学してから始まった習慣で、もう1年も続いている。
 來未ちゃんのお父様を筆頭に中学までは自治会や周りの住人の協力もあり、來未ちゃんの生活の平和は保たれていた。
 だが、高校に入学して事態は悪化したのだ。
 外部からのよそ者が、來未ちゃんの魅力にやられてとち狂い、來未ちゃんの情報をSNSで拡散。
 国も動かす騒動にまで発展してしまった。
 來未ちゃんは魔性だ。來未ちゃんが一言。「明日から主食はビーフジャーキー」と言えば、国民全員がビーフジャーキーを食べるだろう。数週間はあらゆる店舗からビーフジャーキーが消えて、暴動が起こるかもしれないが、些少なことだ。数十年後に『ビーフジャーキー事変』として教科書に載る事は確かなのだから。普段から柔らかいものしか食べない若者から、噛む力がついた。頭がよくなった。内定をもらった。恋人ができた。と、感謝の言葉の雨が來未ちゃんに降り注ぐのは目に見えている。

 唯一無二でこの世の魅力を全て詰めこんだ來未ちゃんだから。
 蜘蛛の糸を掴むようにみんな來未ちゃんのは傍にいたくてたまらないんだ。
 そういった輩は、黒い害虫のように次々と湧いてきて、それらを排除する為に僕たちは日々奔走している。
 だけど、所詮地域住民だけの力。
 直ぐに限界はきてしまった。

 そんな中、鶴の一声を上げたのは來未ちゃんの親友、琳檎ちゃんさんだった。
 琳檎ちゃんさんは來未ちゃんに魅了されない稀な人物だ。來未ちゃんの魅力が分からないなんて、生きていて楽しいのだろうか。理解し難い彼女の事を、僕はサイコパスだと思っている。

 琳檎ちゃんさんの提案は、国から派遣された者たちを、傘下にいれろということだった。
 選び抜かれた戦士たちなら、來未ちゃんのより良い番犬になるわよ。というアドバイスをいただき、17年前に結成された『來未ちゃんの平穏を守る会』のメンバーと会議をひらいた。確かに、僕たちだけでは目が届かない所もあるだろう。しかも、琳檎ちゃんさん曰く、輩たちには褒美をあげた方がいいというのだ。

 ただより高いものは無い。

 長年訓練された会の地元メンバーならともかく、エリート志向で歴が浅い身の程知らずだからこそ、欲望を來未ちゃんに向ける可能性がないとはいえない。だから、褒美をちらつかせ奴らの欲求を消化すべきだと。

 これには実に苦渋の決断が、下されることとなった。
 会議による会議を開き、來未ちゃんを守る対価として、一日一人、三分という長時間、同性のみが來未ちゃんと接触していいという事に決まった時、僕たちは自分たちで決定したことなのに、その場で皆が慟哭した。
 來未ちゃんを護るために來未ちゃんを売った様なものだと議決後、SNSは荒れた。そして、各国で暴動やデモまで起きてしまった。世界が阿鼻叫喚の地獄となった時、來未ちゃんの尊さは、日本だけのものじゃなくなったと痛感した。
 そしてこの事件は『三分間事件』として世界の歴史に刻まれる事となった。
 だけど、これは來未ちゃんの為なんだ。
 來未ちゃんが笑ってくれるなら、僕たちは悪にでもなる。

 こうして――僕が付き添うことを条件に、彼女たちに來未ちゃんとの接触をゆるした。

 しかし、事件は会議室で起きているんじゃない。
 あの有名な映画でもいっていたじゃないか。
 事件は現場で起こっているんだ。




「翔くん! おはよ!」
「おはよう」
「……」

 その日の始まりは、いつもの朝だった。
 いや、今日も昨日よりも來未ちゃんが尊い。
 僕には來未ちゃん以外、全てのものが草履の裏側みたいな顔に見えるのに、來未ちゃんは草履の裏側にまで優しい言葉をくれて実に慈悲深い。ブッダの生まれ変わり? 來未ちゃんのことだな。
 今日よりも明日、明日よりも明後日。來未ちゃんの尊い株高は17年間、右肩上がりでこの瞬間でも高値を更新し続けている。

 ああ、ここは涅槃かもしれない。
 雲の隙間から光が降り注ぎ來未ちゃんを照らしている。そして、天から小鳥が舞い降り、ほら、小鹿もそこで顔をだしているよ。

 10年間、鍛えに鍛えて來未ちゃんの前で、五体投地をしなくなった僕は成長をした。
 有難いことに來未ちゃんは僕の顔を好んでくれている。
 僕はもっと來未ちゃんに気に入って貰えるように、來未ちゃんを観察して來未ちゃんのツボを見つけ出しそういう風に振舞い努力をしてきた。
 だから、僕は來未ちゃんの幼馴染という立場を続けられている。
 僕は前世でどれだけ徳を積んだんだろう。人理修復なんか一通りはやっているはずだ。

 だけど、ふと、思うんだ。
 今は気に入ってもらえているけれど、いつかは飽きられるかという恐怖がいつも僕を追いかけてくる。
 最近では、髪が勢いよく抜けていて、朝起きて枕を見るのが怖い。

(來未ちゃんが気に入ってくれているこの髪もいつまで持つだろう)

 僕は愚かにも、気を逸らしてしまった。

 それが、己の運命を変える事を知らずに。



「翔くん、あのね、あのね」
「なあに? 來未ちゃん」
「好き!」
「……ブフォォ!!!」

 その瞬間、隣の蝋人形が血を拭きながら倒れた。

 來未ちゃんは、僕に対して「かっこいい」と、何度も言ってくれる。僕はそれに対して「ありがとう」と感謝を述べる様に訓練をしてきたのだが、今日は違った。
 來未ちゃんが満面の笑みで「好き」という核爆弾をおとしてきた。

 おい、蝋人形! 勘違いするなよ!!
 お前に向かって好きって言ったんじゃないからな!
 内心、隣の勘違い蝋人形に腸が煮えくり返りそうになっているが、そういう僕も、肋骨が2.3本はやられている。「好き」と聞いた瞬間に呼吸を詰めて、心臓が大きく暴れたから致し方がないだろう。
 だが、問題は隣だ。
 血文字でアスファルトに「とうとい」なんて、自己主張が激しくて殺したくなる。もう、死んでるけど。

「……っ」

 ほら、みたことか!
 來未ちゃんが動揺している。
 僕はいつもの様にキメ顔を作らないといけないのに、突発的なハプニングに焦って表情筋がうごかない。
 くそ! 僕も修行が足りない。
 來未ちゃんに「好き」って言われたら「僕も僕が好き」と、來未ちゃんマニュアル1028ページに書かれていたのを忘れたのか!!!

 僕の反応に呆れ返ってしまったのだろうか。
 來未ちゃんは、僕を置いて家に帰ってしまった。

(…………ああ)

 僕は、震える手でスマホを操作し、來未ちゃんのお父様に連絡をした。
 すぐさま、お父様から「20時  ○×会場」と、緊急集合の通知がきた。

(ついにきた)

 会のメンバーを集結した会議は深夜まで続いた。出た答えは、今日限りで三分間ご褒美タイムを辞めること、もう1つ――



 翌日。

 來未ちゃんの様子が少しおかしかった。
 だけどごめんね。來未ちゃん。
 今日で最後だからと、僕は僕に言い訳をして、いつもよりも積極的に來未ちゃんと接した。
 だけど、時間は刻々と過ぎていく。

 僕がどう話を切り出そうかと悩んでいると、來未ちゃんから僕の眼鏡を掛けた写真が欲しいとLINEがきた。
 それは、琳檎ちゃんさんの後押しだったみたいだけど。

「あはは……ズズッ」

 僕にトリガーを引く切っ掛けをくれたんだ。
 チャンスはいかさないといけない。
 あの写真を來未ちゃんに見せたら、計画は動き出すんだ。

 だけど、ねぇ、來未ちゃん。
 最後だから。僕だけの來未ちゃんの写真が欲しい。なんて、夢を見てもいいよね。

 この日の為に、世界各国から派遣された訓練されし秘密倶楽部メンバーに連絡して、あの計画が始まった。

 來未ちゃんは、僕の顔を気に入ってくれている。
 秘密裏で行われた來未ちゃんの幼馴染オーディションで、來未ちゃんに僕は選ばれたのだ。
 しかし予想外のことが起こった。
 來未ちゃんが17年間ずっと、僕を、正しくは僕の顔を推し続けてくれているのだ。それを快く思わない集団がいるのも確かだ。
 僕だって17年間ずっと、たった1人にだけに來未ちゃんからの寵愛が集中したら、嫉妬で気が狂っていたに違いない。
 だから、事故に見せかけ、僕を殺すか、顔の整形をさせるか。僕を抹殺する議題に上がった数は、両手両足の指の数じゃ足りなかったけど、仕方がないと思っていた。
 だけど、その度に來未ちゃんのお父様が止めてくださり、來未ちゃんが他に夢中になれるものが出来るまで我慢するようにその場を抑えてくれたんだ。
 僕は來未ちゃんのお父様に、足を向けて寝られない。

 僕は17年間、この世で1番幸せだった。
 來未ちゃんがくれたブレて顔が半分だけしか写っていない僕だけの來未ちゃんの写真がはいったスマホを握りしめ、その場で泣き叫んだ。

 來未ちゃん、來未ちゃん。
 僕は、僕は――


 その夜、お父様から來未ちゃんが例のアプリゲームを始めたという連絡がきた。
 僕をモデルにしたキャラクターが主体のそのゲームは、來未ちゃんのためだけに作ったゲーム。
 僕の代わりに作られたがKAKERU。
 声も僕が担当し、來未ちゃんの好みをこれでもかというくらい詰め込んだ。これから僕の代わりになるもの。
 KAKERUと僕の相違点。
 眼鏡は僕の意地みたいなもので……かっこ悪いよね。ごめん。
 來未ちゃんがそのアプリに夢中になっているという情報がはいってきて、会場からは歓声があがったけれど、僕は身を切られる方がずっと楽だと思った。

 ねぇ、來未ちゃん。
 もう僕は來未ちゃんの特別な立ち位置じゃなくなるけど、僕のこと、ほんの少しでも覚えていてくれると嬉しいな。
 17年間、ありがとう。
 僕は本当に來未ちゃんの事が、大事だったんだ。








「翔くん! この子KAKERUくんっていって翔くんにそっくりなの!」
「うん」
「翔くんと違って眼鏡をかけているんだ」
「うん」
「でも、すぐに飽きちゃった」
「へ?」
「私は翔くんの方が好き!」
「……っ」
「翔くん! どうしたの? 泣いているの?! どこか痛い?」
「違っ、あぁ……來未ちゃん、僕は……僕が好きだよ」
「!! そ、それなぁー!!!」

 ああ、神様。
 もう少しだけ、僕が來未ちゃんの隣に立つことをお許しください。


























「いいんですか」
「何?」
「あんな若輩者を、側に置いておくことですよ」
「あの子は、画面じゃなくて生身がご所望なんだ。仕方がないじゃないか」
「チッ、また周りが騒がしくなる。世界の均衡が狂っちまっても知りませんよ」

 はぁ~。 
 女はため息を落とす。
 たまに見せるこの男の思いあがった態度に、イライラしない日はない。

「たかが遺伝子が半分あの子と同じだからって、偉くなったもんだ」
「……」
「貴方は、貴方だけの役割があるんだ。どっしりと構えておけばいい」
「そうでしょうけど……」
「それに、安心しな。好みは把握してるんだ。あの子の推しは増やせばいい」
「はぁ」
「なぁ、知っているか? このご時世、金と時間さえあれば顔はどのようにでも変えられるんだよ」

 女は振り返り、マスクのゴムをピンと弾いて言った。

「それもひとつの愛の形さ」


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