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◆ ◇ ◆ ◇
城へと続く目隠しをされた住人の長い列。
時間が止まった事によって、延期になっていた死刑が執行されようとしていた。
その中で、帽子を被った子豚が一人の夫人に「ブヒブヒ」纏わりついていた。よくよく見ると、公爵夫人でハートの女王の耳を殴った罪を今更ながら受けるところだった。白ウサギは公爵夫人の目隠しを取って、子豚を抱かせる。
「公爵夫人は姿を消して逃げてください。後はなんとかしてみます」
「あんたはいつも、おせっかいだ」
公爵夫人は飼い猫のチェシャ猫のように、子豚と共に姿をフワリと消した。
白ウサギは両手を開けたくて帽子を被り、慌てて首切り場へ向かった。いつもならハートの女王の「首切り」は、王様の一言で全部なしになるはず。しかし、あと一歩の所で白ウサギはトランプ達に囲まれてしまう。
「帽子屋、ここに居たのか!」
「捕えろ! 捕えろ!」
「きゃああー!!」
帽子屋の帽子を被った白ウサギは、慌てて帽子を脱ごうとしたが、あっという間に縄でグルグル巻きにされて、首切り係りの前に連れていかれた。ハートの女王は大きな頭を揺らしながら、ハートが先についた杖を白ウサギに向け「首を切れ!」と命令する。押さえつけられた白ウサギはガクガクと震え、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
「待ちなさい」
ハートの王冠を被った一人の青年―アリスが片腕をあげ、首切り係りを止めた。
「王様!」
「王様!」
首切り係り達がアリスにひれ伏す。掌を後ろに仰ぎ、彼らを退場させた。そして、片手を顎にのせ首を傾げて、白ウサギを上から見つめる。
「呆れた。白ウサギ、何をやっているの?」
そう言って、白ウサギの被っている帽子を投げ捨てた。
「お、王様……いえ、アリス!?」
「誰だ、貴様! こやつの首を切れ!」
怒りで王冠が目に入っていないハートの女王が、顔を真っ赤にして、アリスをさっきのハートの杖で指差す。
トランプの兵隊たちも慌ててそれに従おうとするが、アリスは、ツカツカとハートの女王に歩み寄り跪いたかと思うと、女王の持っている杖のハートマークをひっくり返し「これで、ただのおばさんだね」とほほ笑んだ。すると、威厳のあったハートの女王の顔がみるみると皺がれ、ただの老婆となって、そのままへたり込んだのだ。
トランプの兵隊たちが、アリスの命令で元女王を城の奥に連れていく中、白ウサギを拘束していたものはすべて取り払われ、気が付けばアリスにお姫様だっこをされている始末。
「……何をしたんですか? 何をしたいんですか? 王様は? 女王は?」
ボロボロと涙が止まらなく震える白ウサギを愛おしそうに見つめたアリスは、唇で白ウサギの涙をぬぐった。
「!!」
途端、真っ赤になる白ウサギ。
「王様は、もう“王様”の役に飽き飽きしていたみたいだから、私と交代するって言ってくれて、女王の秘密を教えてもらったんだ。夫婦水入らずでこれから旅行に出かけるんだって。王様も、ずっと女王の尻拭いに飽き飽きしていたようだよ」
癇癪持ちで有名なハートの女王は気に入らないと「首を切れ」とすぐに命令していた。そして、罪人たちを裏でコッソリ解放していたのは王様。
白ウサギが文句を言う前に、アリスの眉はハの字になり、すまなさそうな顔をするから何も言えなくなる。
「ごめんね? まさか、こういう事になるとは思わなくて。実は、この国の“時”と、友達になってね。私のいう通りに時間を動かしてくれるっていうからさ。ちょっと、時間を進めてもらったんだ」
「どうして!?」
「だって“時”が動かないと、君はずっとあの“狂ったお茶会”に出席して、私の相手をしてくれないだろ?」
「……っ」
「だから、ほんの少し時間を進めて私との時間を作ってもらおうとしただけなんだよ。――白ウサギ、私と一緒に居てくれるよね。返事はいらないから」
そして、さくらんぼ色の唇を塞いだのだ。
新しい王様の誕生に、庭師たちが薔薇を全部ピンク色に塗り替えた。
王様の愛おしい白ウサギと同じ瞳の色に。
アリスは硬直したまま動けない白ウサギをギュッと抱きしめ、唇を長い耳に寄せた。
◆ ◇ ◆ ◇
七歳だったアリスは、白ウサギを追いかけて
不思議の国に迷い込みました。
――その10年後。
不思議の国の王様となり、時間を手にしたアリス。
今は、ハートの女王と王様が住んでいた城に白ウサギと幸せに暮らしています。
アリスに囚われた白ウサギは、永遠の時を不思議の国という箱庭で過ごし、決して逃げる事は出来ないのです。
◇ ◆ ◇ ◆
アリスが王様になった日。
誰もが見惚れる笑みを浮かべ、硬直した白ウサギにこう囁いたという。
――今度の時間はいつにする?
ねぇ、ずっと夜がいい?
そうすると、ずっと君とベッドの中で一緒にいられる。
それとも、朝日の光の中で、君の肌を見るというのもいいね。
みんなが起きている真昼に、見せびらかすように愛し合うのも素敵な事だ。
“時”はずっと、私の友達だから、白ウサギと私はいつまでも若いまま恋人気分に浸れるし、子供が欲しくなったらほんの少し、時間を進めてもらえばいい。年を取るのに飽きたら、若返ってもいいしね。
君と過ごす日々は、決して『なんでもない日』じゃない。
全部が全部『特別な記念日』だよ――
耳元で囁かれた言葉に、白ウサギのシッポが、ボムッと膨れ上がったとか。
城へと続く目隠しをされた住人の長い列。
時間が止まった事によって、延期になっていた死刑が執行されようとしていた。
その中で、帽子を被った子豚が一人の夫人に「ブヒブヒ」纏わりついていた。よくよく見ると、公爵夫人でハートの女王の耳を殴った罪を今更ながら受けるところだった。白ウサギは公爵夫人の目隠しを取って、子豚を抱かせる。
「公爵夫人は姿を消して逃げてください。後はなんとかしてみます」
「あんたはいつも、おせっかいだ」
公爵夫人は飼い猫のチェシャ猫のように、子豚と共に姿をフワリと消した。
白ウサギは両手を開けたくて帽子を被り、慌てて首切り場へ向かった。いつもならハートの女王の「首切り」は、王様の一言で全部なしになるはず。しかし、あと一歩の所で白ウサギはトランプ達に囲まれてしまう。
「帽子屋、ここに居たのか!」
「捕えろ! 捕えろ!」
「きゃああー!!」
帽子屋の帽子を被った白ウサギは、慌てて帽子を脱ごうとしたが、あっという間に縄でグルグル巻きにされて、首切り係りの前に連れていかれた。ハートの女王は大きな頭を揺らしながら、ハートが先についた杖を白ウサギに向け「首を切れ!」と命令する。押さえつけられた白ウサギはガクガクと震え、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
「待ちなさい」
ハートの王冠を被った一人の青年―アリスが片腕をあげ、首切り係りを止めた。
「王様!」
「王様!」
首切り係り達がアリスにひれ伏す。掌を後ろに仰ぎ、彼らを退場させた。そして、片手を顎にのせ首を傾げて、白ウサギを上から見つめる。
「呆れた。白ウサギ、何をやっているの?」
そう言って、白ウサギの被っている帽子を投げ捨てた。
「お、王様……いえ、アリス!?」
「誰だ、貴様! こやつの首を切れ!」
怒りで王冠が目に入っていないハートの女王が、顔を真っ赤にして、アリスをさっきのハートの杖で指差す。
トランプの兵隊たちも慌ててそれに従おうとするが、アリスは、ツカツカとハートの女王に歩み寄り跪いたかと思うと、女王の持っている杖のハートマークをひっくり返し「これで、ただのおばさんだね」とほほ笑んだ。すると、威厳のあったハートの女王の顔がみるみると皺がれ、ただの老婆となって、そのままへたり込んだのだ。
トランプの兵隊たちが、アリスの命令で元女王を城の奥に連れていく中、白ウサギを拘束していたものはすべて取り払われ、気が付けばアリスにお姫様だっこをされている始末。
「……何をしたんですか? 何をしたいんですか? 王様は? 女王は?」
ボロボロと涙が止まらなく震える白ウサギを愛おしそうに見つめたアリスは、唇で白ウサギの涙をぬぐった。
「!!」
途端、真っ赤になる白ウサギ。
「王様は、もう“王様”の役に飽き飽きしていたみたいだから、私と交代するって言ってくれて、女王の秘密を教えてもらったんだ。夫婦水入らずでこれから旅行に出かけるんだって。王様も、ずっと女王の尻拭いに飽き飽きしていたようだよ」
癇癪持ちで有名なハートの女王は気に入らないと「首を切れ」とすぐに命令していた。そして、罪人たちを裏でコッソリ解放していたのは王様。
白ウサギが文句を言う前に、アリスの眉はハの字になり、すまなさそうな顔をするから何も言えなくなる。
「ごめんね? まさか、こういう事になるとは思わなくて。実は、この国の“時”と、友達になってね。私のいう通りに時間を動かしてくれるっていうからさ。ちょっと、時間を進めてもらったんだ」
「どうして!?」
「だって“時”が動かないと、君はずっとあの“狂ったお茶会”に出席して、私の相手をしてくれないだろ?」
「……っ」
「だから、ほんの少し時間を進めて私との時間を作ってもらおうとしただけなんだよ。――白ウサギ、私と一緒に居てくれるよね。返事はいらないから」
そして、さくらんぼ色の唇を塞いだのだ。
新しい王様の誕生に、庭師たちが薔薇を全部ピンク色に塗り替えた。
王様の愛おしい白ウサギと同じ瞳の色に。
アリスは硬直したまま動けない白ウサギをギュッと抱きしめ、唇を長い耳に寄せた。
◆ ◇ ◆ ◇
七歳だったアリスは、白ウサギを追いかけて
不思議の国に迷い込みました。
――その10年後。
不思議の国の王様となり、時間を手にしたアリス。
今は、ハートの女王と王様が住んでいた城に白ウサギと幸せに暮らしています。
アリスに囚われた白ウサギは、永遠の時を不思議の国という箱庭で過ごし、決して逃げる事は出来ないのです。
◇ ◆ ◇ ◆
アリスが王様になった日。
誰もが見惚れる笑みを浮かべ、硬直した白ウサギにこう囁いたという。
――今度の時間はいつにする?
ねぇ、ずっと夜がいい?
そうすると、ずっと君とベッドの中で一緒にいられる。
それとも、朝日の光の中で、君の肌を見るというのもいいね。
みんなが起きている真昼に、見せびらかすように愛し合うのも素敵な事だ。
“時”はずっと、私の友達だから、白ウサギと私はいつまでも若いまま恋人気分に浸れるし、子供が欲しくなったらほんの少し、時間を進めてもらえばいい。年を取るのに飽きたら、若返ってもいいしね。
君と過ごす日々は、決して『なんでもない日』じゃない。
全部が全部『特別な記念日』だよ――
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