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第3章

10話 ニセ聖女騒動

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 私に説明を求めてきた、イケオジさん改めリベルさんは、キルクルスで商売をしている商売人達のトップ、いわゆる商会長の1人なのだという。
 そのリベルさんを神殿の客室へ案内して話を促すと、彼は私の偽者連中の外見と、奴らが街でいかにやりたい放題してくれやがったのか、事細かに語ってくれた。

 私の偽者の身長は、大体150センチほど。
 皆さんの証言によると、目深にフードを被っていたので少し分かりづらかったが、私よりずっと幼げな、ちょっと垂れ目気味の美少女フェイスをしていたらしい。
 本物である私の身長が160センチちょいなので、ニセ聖女とはおよそ10センチ程度の差がある事になる。人間の身長としてみると、結構分かりやすい差だろう。

 問題の黒髪黒目の方に関しては、恐らく幻術魔法でカバーしているのではないか、とメルローズ様が仰っていた。目の色も含め、どう考えても染めるのは無理だと。
 うんそうだね。特に目の色は、魔法でも使わない限り誤魔化しようがない。
 なぜなら、この世界にカラコンなんてものは存在しないから。
 ちなみに、私の前世の世界にはそういうブツがあったんですが、なんて話をしたら、エドガーを除いたその場の全員にドン引きされました。
 この世界の人達からしてみれば、目の中に異物を入れるなんて狂気の沙汰なのだろう。
 まあ、言いたい事は分からなくもないけど。

 話がずれた。
 ともあれ、何にしても黒は王国の禁色だ。
 この国で、例外的に誰もが手にする事を許されている黒い色のブツと言えば、木炭や石炭くらいのもの。禁色の染料なんて、どこ行こうが売っている訳がない。
 仮に売っていたとしても、売買してるのを見付かった時点で買い手諸共速攻しょっ引かれ、王立裁判にかけられたのち、10年単位でブタ箱にぶち込まれるか、犯罪奴隷として鉱山送りになるのが関の山。最悪処刑が待っている。

 リベルさんも、そんなハイリスク・ローリターンな商売、闇商人でもやらないと断言した。
 ニセ聖女の連れの男は、ツラが割れるのを防ぐ為か、ニセ聖女と同じくフード被った上、銀製のマスカレードマスクを着けていたらしいが、金髪碧眼なのは間違いないとの事。
 恐らくニセ聖女は、どっかでエドガーを見かけた、とかの理由で元からエドガーの容姿を知っていて、それに寄せた見てくれの男を用意したんだろう。
 ただこの男、人前ではほとんど口を開かなかったらしい。

 つまり、キーキー喚いてくっちゃべり、物理的に騒ぎ倒して人様のメンタルや店舗、商品に損害を与えていたのは、9割方ニセ聖女の方だった、と。
 その言動たるや、呆れるほどに酷いものだった。

 曰く、服飾店その1で、よそ様が購入しようと手に取った服を強引に横取りしようとした。
 曰く、服飾店その2で、オーダーメイドの服を1日で仕上げて寄越せと無茶振りしてきた。
 曰く、服飾店その3で、売り物に散々ケチをつけた挙句、一番高い服を買い叩こうとした。

 ぶっちゃけ、話を聞いてるだけでもイラッとしてくるが、残念ながら上記3件の話はまだ序の口。件のニセ聖女は、それはもうあちこちで、更なる傍若無人な振る舞いを繰り広げていたのである。

 雑貨屋では、ショーケースの中のインクとペン(当然、どっちも見本ではなく売り物です)を勝手に持ち出して試し書きに及んだ末、それを店員に咎められると逆ギレし、ペンとインクを地面に投げ捨てて姿を消した。

 飲食店では、連れと散々飲み食いした後、料金を神殿にツケろとゴネて騒ぎ立て、30分近く揉め倒した挙句、店員さんの顔目がけて銅貨が入った袋を投げ付け、軽傷を負わせた。
 しかも、その袋の中身を合計しても支払額に足りなかった、というのだから最悪だ。

 しまいには、貴族や富裕層向けの高級品を扱う店が立ち並ぶ、メイユール・ストリート……通称・高級通りにある幾つかの宝飾品店でも、似たような行為を繰り返したらしい。
 高級通りの店ではショーケースに厳重に鍵を掛けているので、幸い商品への被害はなかったが、その代わり、お店の店員さん数名が酷い絡まれ方をしたようだ。

 それこそ店長さんが、警備兵を呼ぶぞ、と警告して、無理矢理追い払わねばならないほどだったという。
 しかし、その警告に対してニセ聖女は、怯むどころか「近いうちに、お前の一族郎党全てに神罰を下してやる」などと、逆に店長さんを恫喝して去って行った。……らしい。どこの雑魚チンピラだよ。

 これが単なるバカ相手なら、雑貨屋の売り物に手を付けた時点で捻じ伏せて、問答無用で警備に突き出しておしまいだったはずだ。
 てか、普通は間違いなくそうなる。
 だが街の人達からしてみれば、聖女が持つ黒髪黒目――禁色の威光ってのは、とんでもなくデカい。
 聖女の存在やその役目に関しては知識がなくとも、禁色に関する知識は、全国民が幼い頃から教え込まれるものだからだ。
 決してみだりに触れてはならない女神の色だと。

 まあ、そんなん知らんとばかりに触れてきやがった、無知な色ボケ野郎もいましたがね。
 ともかく、ニセ聖女にそこを突かれ、「私は聖女でこの目と髪は禁色だ」、「私に触れてタダで済むと思ってるのか」なんて言われてしまえば、店員さん達も下手に動けないだろう。本当に気の毒な話だとしか言いようがない。
 もしその時私が近くにいたならば、奴らと肉体言語を用いてしっかり『話し合い』をして、二度とバカな真似をしないよう、全力で矯正してやったものを。

 ニセ聖女のあまりにもアレな行動に、話を聞いている最中、ついため息が出てしまった。
 すいません。ため息つきたいのはそちらの方ですよね。

 だがリベルさんは、そんな私に気の毒そうな目を向けながら、「あんたも、こんな事に名前を使われちまっていい迷惑だよな」と、慰めの言葉をかけてくれた。
 ワイルドな外見や粗野な口調とは裏腹に、内面は穏やかで優しい人なようだ。
 でもきっと、聖女を語るバカ共はすぐに見付かるだろう。
 事情を知った神殿の人達が全員、そりゃあもう、物凄い勢いでお怒りになったからだ。

 無理もない。曲がりなりにも聖女わたしは一応信仰の対象だし、何よりその信仰対象の名前を語って、街で好き放題されてしまったのだから。
 常日頃から大切にしているものを、目と鼻の先で踏みにじられたも同然だもんな。
 司祭様に至っては、ひっじょ~に険しいお顔で、「もはやこれらの話は、我々地方神殿の中だけで収まる問題ではありません。創世聖教会そのものの信用問題に直結する一大事です」とまで仰っていた。
 それもあってか、現時点で既に、手の空いている神殿の人達があちこちへ出撃……もとい、顔を出し、聞き込みやら聞き取り調査やらを積極的に始めている、との事だ。


 所でリベルさん曰く、ここキルクルスは王都同様、第三勢力などからの襲撃を想定して都市内部に高低差が設けられ、路地や通りなども、わざと複雑な造りにしてあるらしい。
 確かにそれは私も感じていた。
 うろ覚えだけど、領主館に行くまでの道は坂だらけでやたら複雑だったし、確か大通りにも、裏通りやら何やらに繋がる脇道が沢山あったはずだ。
 昔ここに、短期留学していた経験があるのだというレナーテ様が、ガイド役を買って出てくれていたからスイスイ歩き回れたけど、そうじゃなければ街巡りなんてできなかったし、領主館にも辿り着けなかったと思う。

 この街で分かりやすくなっているのは、有事の際の避難場所に指定されている神殿への道だけだ。
 神殿は、精神的な意味でも物理的な意味でも、常に住民達の拠り所となる場所。
 ゆえに、領主館以上に優れた魔法の使い手が何人も常駐し、他所の勢力からガン攻めされた所で、そう簡単には落とせないようになっている。
 一見して守りの要が偏ってるようにも思えるが、神殿側の常駐戦力は、全て創世聖教会が国に頼る事なく自前で用意した戦力なので、領主も表立っては文句を言えない模様。
 第一、いざとなったら領主も神殿に退避するって話になってるみたいだし、尚更口を挟めないのだろうね。
 そういう事だから、神殿がどこにあるのか、とか、神殿までどう行けばいいのか、とか、そういう事は分かりやすくても全く問題ないって訳なのです。
 うむ。納得の構造。

 おまけに神殿内部には、大量の備蓄に加えてとんでもなく広大な地下施設があり、その気になれば街の住人達の全てをそこに退避させた上で、ひと月近い籠城が可能であるのだとか。
 しかしながら、その地下設備の維持費やら備蓄の定期的な入れ替えやらには、毎年とんでもねえ額のお金が必要だ。
 なので必然的に、辺境伯領で上がった利益の多くは、神殿側に喜捨という形で受け渡され、神殿側は受け取った喜捨を、上記設備や備蓄の維持に全額使用する、という構造が生まれる。
 その構造のお陰で、領主や街全体の最終的な収入は、大した事ないのだそうな。

 ブランド物の絹製品でガッポリ稼いでる割にはカツカツ……とまでは言わないが、王都からの支援なしじゃ、大きな事業予算は組めないみたい。
 何とも世知辛いお話だけど、よくよく考えたら辺境伯の治める領地って、場合によっては国防の最前線にもなりかねない場所だし、防備の為の予算だと思えば、下手に削る訳にもいかないんだろうな。
 その事もあって、領主は昔っから王都を含めた他所の場所には、滅多な事では顔を出さないのだね。下手に長距離移動なんてした日には、その旅費だけで領地が赤字になってしまいかねないから。
 うん。分かっててもやっぱ世知辛いわ。


 話を戻そう。
 上記の事もあって、キルクルスは一見とても広大な街に思えるが、地方であるがゆえに住人達の互助意識や、縦横の繋がりがとても強く、人脈の観点から見れば、割合狭い土地なのだという。
 それすなわち、人づての話や目撃情報などが集まりやすい土地柄だという事。
 ここで黙って待っているだけでも、あっちこっちから情報がバンバン寄せられてくるって状態なんですね。はい。
 ここで『果報は寝て待て』方式を維持していれば、数日中にはニセ聖女共逮捕の一報を聞けるはずだ。
 連中が、いつまでもこの街の中に留まっていれば、の話だが。

 その後、リベルさんは例のニセ聖女共の人相書き作成の為、早々に神殿を後にした。
 私達も当然、事件が解決するまではこの街で足止めとなる。
 野宿の事もあるし、元々そんな気楽な旅にはならないだろうと覚悟してたが、まさかここまでややこしい事件に巻き込まれようとは想定外。
 ここに来てから予定が狂いまくりだ。
 本当、一体いつになったら王都に、大聖堂に帰れるんだろう。
 現在進行形で旅路に就いてる全員が、心底そう思っているであろう事を鑑みて、私はしっかり口を噤む。
 こう見えて、中身は現代日本の社会人。
 空気を読むのはそれなりに得意です。

◆◆◆

 今日のお昼ご飯は、ほうれん草のポタージュと3種の豆を使ったベイクドビーンズ・トマト味、まん丸ミニサイズの田舎パン。デザートにはミックスベリーのババロアが付いていた。
 特に田舎パンの方は、お高めのいい小麦を使った焼き立てで、そりゃもう滅茶苦茶に美味でございましたとも。
 どうやら神殿の人達が、この騒動で私が精神的に疲れて辛いだろう、と気を遣い、ちょっと奮発してくれた模様。
 くぅ、なんて優しい人達なんだ。ありがてぇ……!

 みんなで神殿の人達の優しさに心から感謝しつつ、ご馳走様の挨拶をし、食べ終わった後の食器を片付ける。
 言い忘れてたけど、こういう地方の神殿には、基本的に貴人のお世話をする神殿女官は存在しないので、自分の面倒は自分で見なければいけない。

 流石に洗い物まではしてないが、最初にここへ来て、もてなしてもらっていた数日を除いて、食事の後の片付けはいつもセルフ仕様だった。
 つまり、長雨降り出して足止め喰らってた頃から、こういうお片付けの手伝いはしてたって訳です。
 でも別に、その事を面倒だとも思ってなければ嫌だとも思ってないし、むしろタダ飯喰らいの罪悪感がちょっぴり薄れて精神的に助かってるから、シスターさん達も、そんな毎度申し訳なさそうな顔しなくていいのにな。
 つか、私達みんな、学園の学食を思い出してちょっとホッコリしてるくらいなんだけど。
 それから食事の後、固い表情をした司祭様から、今回の騒動を収めるに当たっての必要事項として、ちょっとした注意をされた。

 今後、ニセ聖女が発見・捕縛された際には、決して慈悲をお与えになられませんように、と。

 ……はい。そうですね。それ重要ですね。気分はよくないけど仕方ない。
 そんな訳で、短く「心得ています」と答えておいた。
 え、何の事だか分からんから、ちゃんと説明しろって?
 まあ要するに――

 女神の代理人である聖女の称号を騙っただけでなく、幻覚だとはいえ、国家の禁色をのうのうと纏ってその辺をデカいツラして闊歩した挙句、軽犯罪行為をあっちこっちでやらかしまくるような奴、裁判待たずに死罪確定だから、変な同情心働かせないで下さいね、そんな事したら周りに示しがつかないんで。

 ――と、司祭様は言いたかったんですよ。

 個人的には、迷惑を被った人達全員で、偽者共を気が済むまでシバき倒してから、適当に炭鉱送りにでもしておきゃいいんじゃね? とか思うんですが、そんなやり方、この世界の法が許してくれない。
 どこの誰が、何の目的でこんな真似をしたのか知らんけど、『聖女の騙り』と『禁色の無断使用並びに悪用』ってのは、片っぽだけでも死刑待ったなしの、ハンパねえ超重罪なのだ。

 もし奴らに身内がいたら、最悪親類縁者まで巻き添えで連座、なんて事になってもおかしくないくらい、めっちゃヤベぇ事しやがったのですよ、ホントに。
 仮にニセ聖女が平民だったら、その日のうちに刑場送りになって縛り首。
 貴族だったとしても、多分毒杯なんてもらえない。多分こっちは高確率で打ち首だ。
 連れの野郎も、ニセ聖女と同じ方法で処刑されるだろう。

 幾ら多方面に迷惑をかけまくった詐欺師のクレーマーだとしても、そいつらが裁判もなしに処刑されるのを黙認しなきゃならんとか、元日本人としてはだいぶモヤッとする。
 だが、この世界で生まれ育って、それなりの立場を手に入れている身としては、そういう部分もちゃんと受け止めなくちゃいけない。
 ホント、頭の悪い真似しやがって。大バカ野郎共めが。
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