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第3章
12話 ニセ聖女の正体
しおりを挟む幻術魔法を解除し、こちらを振り返ったパチモンシスター、というか、パチモン聖女って言うべきだろうか。
奴の見た目のうち、真っ先に目に飛び込んできたのは、明るい茶色の髪をキッツイドリルロールに仕上げた上でハーフアップに纏めた頭だった。
あ。ドリルロールの先っぽ、めっちゃ尖ってる。
白パンくらいだったら余裕でぶっ刺さりそう。
首元を飾るネックレスは、ルビーだかガーネットだかをふんだんに使ってる、ゴテゴテした成金仕様。
左右の耳にぶら下がっているのも、ネックレスと同じ赤い宝石をふんだんに使った、繊細さの欠片もないド派手なイヤリングだ。
あの、なんかぱっと見でも、耳たぶが結構下に向かって引っ張られてるように見えるんですが、それ痛くねえの? そんなん着けてたらそのうち耳たぶ伸び切って、七福神のあのお方も真っ青な人造福耳になるんじゃね?
……まあいいか。本人も、耳たぶ伸びてんの分かってて着けてるんだろうから。
えーと、肝心のお顔は割と小顔だ。
フェイスラインは卵のような形で綺麗だし、目鼻立ちも整っている。パッチリした二重の瞳はまるでサファイアのよう――なんだけど。
このパチモン聖女、死ぬほど厚化粧。
学園にいた痛髪先生も真っ青なビジュアルだ。
元の顔の造りのよさを全力で殺しにかかってます。
顔には元の肌色や血色の良し悪しさえ分からないほどの、大量のファンデーションが塗りたくられてるし、アイシャドウやアイブロウ、マスカラもゴリッゴリに塗ってある。
さっきは二重っつったけど、元々二重なのか人工二重なのか判別つかんぞこれ。
あとさ。塗るファンデーションの色、間違ってる。
なんか異常に白いよ。あんたの今の肌色。
ついでに言うなら、首回りやデコルテ、腕とかは顔と同じような色味になってる一方、よくよく見るとお顔の隣で重量物ぶら下げてる耳だけは、露骨に肌の色が違ってるんですが。
化粧してるうち、顔と身体の色が乖離し過ぎてる事に気付いて、目に見える部分全体にファンデーション塗りまくったはいいが、うっかり耳だけ塗り忘れたってトコかな。
耳なし芳一かよ。
しかしなぜ、こうまで執拗に肌の色を白くしたのか。意味不明だ。
一方、形のいい唇に塗られている口紅は、血の色を思わせるような鮮烈な真紅。うん、大人の女を演出しようと思ったら、やっぱ口紅は鮮やかな赤系になるよね。
でもごめん。肌のお色も相まって、オバQの2Pカラーにしか見えないや……。
あと、服装も酷い。
こいつが身に付けてるのは、明るめのワインレッド一色で染め抜かれた、マーメイドラインのイブニングドレスなのだが、ネックラインのデザインがなんともはや。
なんつーか、胸の谷間が丸出しになるほど深いスリットの入った、布地の少ないホルターネックが、奴の上半身の貧相さを絶妙なバランスで演出している感じです。
私も胸部パーツの件に関しては人の事言えた義理じゃないけど、そのデザインのドレスを着るには、ちょいとばかりお胸のボリュームが足りないんじゃないかい?
せめて、胸を覆ってるトップ部分の布地がもう少し多ければ、パッドを入れて誤魔化す事もできただろうに、なんでこのデザインをチョイスしちゃったかな。
背丈の方は、真っ赤な10センチヒール履いて誤魔化してんだからさ、上半身も誤魔化しが利くようにしとけばよかったじゃん。
てか、あの色ボケ領主、よくこんな魔改造モンスターみたいな女を金出して囲ってるな。趣味を疑うわ。
ああもう久々に見たぜ、こんなツッコミ所だらけの生き物。
ホントもうマジでコメントに困るんですけど。
私、なんて言えばいいの?
最初に指摘すべきポイントは何? 誰か教えてくれ……!
何をどう言えばいいのか分からず、シア共々弱り果てて黙っていると、何を勘違いしたのか、パチモン聖女が勝ち誇ったような顔で哄笑した。
元は結構高い声なのだろうけど、喉が酒焼けでもしてるのか、半端にしゃがれたお声をしている。
ぶっちゃけ耳障りです。
「あはっ、あははははっ! ああ、最高だわ! 久々の再会でここまで素敵な間抜け面を見られるなんて!
ふふふっ、流石のあなた達も驚いたみたいね? まさかここで私が出てくるなんて、夢にも思ってなかったって所かしら? あっはははっ!」
はい? 何その言い方。
もしかして私やシアと面識があるとでも仰りたいんですか? 私は面識ないんですけど。
こりゃまた私の、人の顔と名前を覚えるのが苦手っていう悪癖出ちゃったのかな、と思って隣のシアに視線を向けるが、シアもただ困惑顔を緩く左右に振るばかり。
んー、そうかー、シアも見覚えないかー。
いや待て。幾ら私の対人記憶能力がゴミに等しいからと言って、こんな異常な刺激物、ちょっとやそっとじゃ忘れないよな。多分、街中ですれ違うだけでも目に付くし、はっきり覚えてると思う。
それこそ確実に二度見して、急いで大聖堂に飛んで帰って自室に駆け込み、ニーナとティナに「ちょっと聞いて! さっきすげーモン見ちゃった!」とか何とか書いた手紙を、速攻でしたためていたはずだ。
褒められた事じゃないけど。
しかし……それに準じた記憶さえないとなると、今まさに私達と面識あるかのような話をしてるこの人って、一体なんなん?
これが普通の人だったら、失礼にならないようある程度話を合わせて、会話の中からどこの誰さんなのか探ったりする所だが……こいつにそんな気遣いなんていらんよね。
なので、率直にお尋ねしてみた。
「……。すみません。私も妹も、あなたの事全く記憶にないんですけど……どこかでお会いしましたっけ」
「あははは――は?」
「ですから。勝ち誇った顔で気持ちよく笑っていらっしゃる所、大変申し訳ないんですが、私も妹も、あなたとお会いした覚えが全くないんです。
まず、あなたがどこのどなたで、私達とどういう関わりがあった方なのか、きちんと確認して掘り下げさせて頂きたいのですが」
「お、お姉ちゃん! ちょっ、言い方……!」
つい、本音を前面に押し出した言い方をしてしまい、シアが私の腕を掴んでストップをかけてくる。
すると、今までご機嫌で笑っていたパチモン聖女が、途端に顔を強張らせて動きを止めた。周りにいる男連中(あ、何人か女も混ざってるわ)と色ボケ領主も、何とも言い難い顔をしてザワついてる。
そして――たっぷり数秒が経過した後、パチモン聖女が物凄い勢いで怒り始めた。
驚愕の事実をぶちまけながら。
「な……なんですってぇッ!? 会った覚えがない!? ふざけた事言ってんじゃないわよ、このクソッタレ! 見りゃ分かるでしょ!? メートレス子爵家のアディアよ! アディアッ! どんだけ物覚え悪いのよあんた!!」
「「えええええええええええッ!?」」
私とシアは反射的に声を上げていた。
なっ……なんですとおおおおッ!?
えっ!? マジ!? マジで!? このイカレたビジュアルのパチモン聖女が、あのぶりっ子お嬢ちゃんなの!? うっそおっ!?
あまりの衝撃に、口から勝手に言葉が零れ出る。
「そんな……。あなたがあの、アディア嬢……? うわあ……。変わり果てた姿になって……。一体どこの誰に、こんな酷い魔改造を施されたんですか……」
「どういう意味よ! このメイクもファッションも、お姉様達から教えてもらった今流行りの最先端なんだからね!? ……あ、ああでも、神殿に籠りっぱなしのイモ女には、このよさは分かんないかぁ、残念だわあ」
またもキレかけるパチモン聖女ことアディア嬢だったが、すぐに気を取り直し、私達に対してマウント取ろうとして、ふふんと笑ってくる。
いや~、そのナリでマウント取るってのは、幾ら何でも無理筋が過ぎるんじゃないか?
なんか、アディア嬢がテンション上げてくるほどに、自分の頭の中と感情が、いっそ物悲しさを覚えるほどの勢いで、ガンガン冷えていくのが手に取るように分かるんですが。
「へ~。そうなんだ……。最先端のオシャレかぁ。よかったね……。今のあんたのカッコが世界の最先端だって言うなら、私普通にイモ女でいいや。死んでも真似たくないもん、そのカッコ」
「……そうだね。私も真似したくない……。私もイモ女でいいや」
「やっぱシアもそう? だよね~。人前であのカッコしなきゃいけないって言われたら、私ずっと大聖堂に引き籠ったままでいると思うし。てか、その流行りの最先端って、一体どこで見聞きした話なのよ」
「どこって……決まってるでしょ!? 月天館のお姉様達よ! あそこのお姉様達はみんなこういうカッコをしてて、男の人達からチヤホヤされてるんだからっ!」
知らねーよ。そもそもどこだよ。その『げってんかん』って。
つか、月天館って聞いた途端、色ボケ領主含めた周りの男共がソワソワし始めたんですが。
……もしかして娼館か? 娼館なのか? しかも、色ボケ領主までソワソワしてるって事は、領主が顔出すような高級娼館だったりすんのか? おい。
「あそこのお姉様達はとっても優しいのよ! 汚い修道院でイビられて、我慢できなくなって逃げ出した私を匿ってくれたし、ちょっとベッドメイキングをするだけで、ちっちゃくて可愛い硬貨のお小遣いをいっぱいくれるんだから!
ご飯も豪華でたくさん食べられて美味しいのよ! 大体いつもお料理は冷めてるけど、それでも修道院のマズくて量のショボいご飯よりよっぽどマシ!
それにね、お姉様達は、みーんな私に感謝してくれるの! 「あなたが隣にいるだけで指名が増えてありがたい」ってね! どう? 素敵でしょう? 人の事朝っぱらから叩き起こして、夜までずっと仕事をさせといて、お礼のひとつも言わない修道院のババアとは大違い!」
疑念を抱き始めていた私をよそに、アディア嬢は聞いてもいない事をベラベラと喋り倒す。
……。あー、うん。そっか。間違いなく高級娼館だね。今アディア嬢がいるの。半端に品のない言葉遣いも、その娼館で覚えたんだろう。
ちっちゃくて可愛い硬貨のお小遣いってのは多分、羽振りのいい売れっ子の姐さんが、買い物で出たお釣りの小銅貨を寄越してるだけと見た。
確か小銅貨の裏面には鈴蘭が刻印されてるから、他の硬貨と比べれば、まあ可愛いっちゃ可愛いデザインだろうよ。
なんせアディア嬢は、世間知らずの元子爵家令嬢。
自分で買い物するどころか、金銭自体見た事がないはずだ。
当然、貨幣の価値なんて知ってるはずがない。
小銭渡すだけで大喜びして、細々した雑用を積極的にやってくれるお嬢ちゃんとか、扱いやすくて大助かりだよな。
もらってる食事も、豪華で量が多いけど冷めてる、となると、上客が食べ残した物か余り物の寄せ集めを押し付けられてるって所か。
要するに彼女、体のいい残飯処理係でもあるんだろう。
あと、残念ながらアディア嬢の言う『最先端のオシャレなメイクと服』も、アディア嬢を道化にして自分をアゲる為の仕込みだと判明してしまいました。
そりゃあね、こんな勘違いに間違いを重ねたようなナリをした女が近くにいれば、ちょっくら薹が立ってても、まともな格好してるお姉様の方が、よっぽどいい女に見えるよな。
つまり、アディア嬢は自分でも知らんうちに、娼館のお姉様方からいいように利用されまくってるって事だね……。
私は思わずため息をつく。
しかし、まだここで疲れて折れてる場合じゃない。
まだ彼女には聞かなければならない事がある。
「……それで、そのお姉様方に大切にされてたはずのあなたが、どうしてこんな所で犯罪行為の片棒担いでるんです?」
「ふん。そんなの、ファーシル様に見初めて頂いたからに決まってるじゃない」
「ファーシル様?」
「ええそう、この街の領主様よ。ほら、こちらにいらっしゃるでしょう? ……あれは今から7日くらい前の話よ。ファーシル様がお店にいらして、私にこう言って下さったの。「お前を知性ある娘と見込んで頼みがある。私の事を侮辱した聖女を陥れる手伝いをして欲しい、それが叶えばお前を正妻にしてやろう」って。
そう! 私は高貴で華のある、とても素敵な方に妻として望んで頂けたのよ! だからあなた達には、さっさと消えてもらいたいの! 私の幸せの為にね!」
はいキタ。ツッコミどころに困る案件、再び。
何その、背後関係と裏事情がすこぶる分かりやすいストーリー。
「……今から7日前って言うと、私達がブローチ借りて領主館を出て、何日か経った後くらいの話だね……。だとしたらアディアさんって……」
シアが苦い顔で呟く。
うんそうだね。最初は愛人だって聞いてたけど、こりゃ違うわ。
ある程度予想していた話ではあるが、どう考えてもやはりアディア嬢は、領主の正妻候補どころか愛人ですらない。色ボケ領主が私に報復する為に、急遽用立てた捨て駒だ。
ここで私やシアを、色んな意味でボコしてスカッとした後、残った不都合やら何やらを全部アディア嬢になすり付け、口封じにサクッと殺ってお茶を濁すってのが、野郎の描いたおおよその絵図面って所だろう。
あーあー、もうホントにこの子は、前のバカ王子ん時からなんも学んでねえな。
男のツラと身分だけ見て、甘い言葉に釣られてなんも考えんとノコノコついてくような真似すっから、こういうしょうもない計画に巻き込まれるんでしょうが。
まあ、人を害する計画に嬉々として乗っかってる時点で、同情の余地ゼロだけど。
ああそうだ。最後にもう1つ、修道院の件に関して、彼女自身からきちんと話を聞いておきたい所だ。
「アディア嬢。あなたはさっき、修道院の環境が酷くて我慢できなかったとか、イビられてたとか言ってましたけど、あそこは基本、貴族階級に生まれた子供専門の、更生施設なんですよ。
親や自分自身が犯した犯罪行為のせいで家から追放されたり、家そのものが取り潰されたりして、身分を失った貴族階級の子女のうち、処刑を免れた子達を世間の目から匿いつつ、職業訓練を施して、社会復帰の手伝いをする場所なんです」
「はあ!? うるさいわね! 何よそれ! なんで引き籠りの聖女がそんな事知ってるのよ!」
「それは、私達の属する創世聖教会が、王家より直々に修道院の維持管理を委託されているからです。「聖女として知っておいて下さい」と言われて、比較的早くに教えてもらった事ですよ。
――話を戻しますが、元々貴族だった子を平民の暮らしに馴染ませようって言うんですから、暮らし向きや指導が厳しくなるのは当然です。その事は理解していますか? それらの事に関しては、修道院に入る前、おおよそ説明されたかと思うんですが」
「知らないわよそんな事! そもそもなんで私が職業訓練なんてしなくちゃいけないの! 悪い事したのはお父様よ! 私は関係ないわ! 第一、私をあんな所に追いやったのはあなたじゃない! なのに、そんな涼しい顔して私の前に出て来て……! なんて……なんて邪悪な女なのかしら!
……ねえ、私は子爵令嬢なのよ? 天に選ばれた身分ある人間なの! あなたみたいな下賤な平民とは根本的に違うのよ! 私はエドガー様を旦那様に迎えて、エドガー様と一緒に子爵家を引き継いで、使用人にかしずかれて優雅に幸せに暮らすはずだったの! それをあなたが醜い嫉妬で台無しに……!!」
……ダメだこりゃ。話にならん。
さっきまでは娼館のお姉様が素敵でどうの、なんて話をして、人に使われる暮らしを無意識ながらも受け入れてたのに、いざ私が話に深く関わって来ると、変なスイッチが入って貴族モードに立ち戻ってしまうようだ。
彼女の中の私は完全に、どっかの物語に出てくる悪役令嬢的生き物になってるんだな。どこをどう曲解したのか、自分が落ちぶれたのは、全部私のせいって事になってるっぽいし。
しゃーねえな。とりま自白は頂いたし、ここらで幕引きって事にするしかなさそうだ。
私は背後にシアを庇いつつ、ローブのポケットから小さな麻袋を取り出した。
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