上 下
41 / 55
第3章

14話 聖地巡礼~魔物との戦い

しおりを挟む
 
 色ボケ領主が起こしたニセ聖女事件が片付き、なっが~い事情聴取を終えてキルクルスを出立してから、現在5日目の朝。
 私達は、順当に行けば、今日の昼前にも聖地のある聖域に入る事ができそうだ、という所までやって来ていた。

 僅かな木々の隙間から見える空は生憎の曇天で、少々肌寒いが雨が降っていないだけまだマシだろう。
 ここまで通って来た魔物達のテリトリーだと言われている森林の道も、魔物避けの香がよく効いてスムーズに通り抜ける事ができたし、レナーテ様が買って来てくれた、味のいい保存食(ただ、通常の保存食と比べて嵩張るし、あまり日持ちしない)と厚手の寝袋のお陰で、野宿の日々も多少楽に過ごせている。
 寝袋を含め、重量のある荷物は私とエドガーで引き受けているけど、それを差し引いても使徒共々、余計なお手数をおかけしているのも事実だ。
 なのに皆さん、嫌な顔ひとつせず一緒にいてくれて、本当に有り難い限りです。
 王都に戻ったらお礼をしなくては。

 聖地へ向かう道が本格的に整備されたのは、今から600年ほど前の話らしい。
 人の往来などないに等しい森の中、聖女の聖地巡礼を助ける為だけに整備された道には、苔むして所々欠けてはいるものの、未だにしっかりした造りの石畳が残っている。
 晩春と晩秋の頃、つまり半年に1回程度の割合で、創世聖教会に所属する魔術師さん達が、魔物の生態調査を兼ねて森に入り、ここを整備してくれているからだ。
 たかだか200年に一度しか使わない道に、毎度のごとく労力と財力を割いてくれている皆さんにも、感謝するべきだろう。

 身体強化魔法のお陰で、野宿以外の事には大して苦労していない私とエドガーは、今や軍属となっているメルローズ様やユリウス様、現役バリバリの騎士であるレナーテ様と共に、主にシアの体力に気を付けながら道を進んで行く。
 やがて前方の景色が開け、川の流れる草原に出た。
 だが、草原の広さも川の幅も大したものではない。川の向こうに見えるのは、木々が密集して生い茂るうっそうとした森。ここから見て、向こうまでの距離はおおよそ1キロくらいだろうか。

 この川を越えた向こうに見える森こそ、女神の聖域と呼ばれる地。
 そしてその中央部にあるのが、聖女と女神を繋ぐ聖地だと言われている。
 通常、聖地の入り口には強固な守りの結界が張られており、その結界を解いて最奥に足を踏み入れる事ができるのは、教皇より特殊な権限を与えられた御使いだけだが、聖女にその権限は必要なく、身一つで聖地に入る事ができるらしい。

 そういう事なら話は早い、さっさと聖域に踏み入って聖地に突入だ!
 ――と、思ってたんだけど、そうは問屋が卸さない模様。
「なんか……この草原の地面のそこかしこから、嫌な気配が滲み出てるんだけど……。まさかこれが、魔物の気配って奴なの?」
「ええ、そうです」
 私の独り言のような言葉に、レナーテ様がうなづきながら答える。
「このような形で地に潜む魔物となると、恐らく粘性生命体か精神生命体の類だと思いますが、現在の時刻を考えれば、粘性生命体、もしくは、精神生命体の受肉体である可能性が高いでしょう」
「どちらにせよ、面倒な魔物ですわね……」
「ええ……。全くですわ」
 レナーテ様の解説に、ユリウス様とメルローズ様が顔をしかめて呟いた。同感です。
 ちなみに、粘性生命体ってのはスライム系の魔物の事で、精神生命体はゴースト系の魔物の事だ。

 この世界のスライムはアメーバーに近い生き物で、どっかのRPGやラノベなどに出てくるものとは違い、知性が全くない。
 おまけに、身体を構成している成分は粘度の高い酸性物質で、酸の濃度によっては、触っただけで接触部が溶ける。可愛さの欠片もないエグい魔物です。

 精神生命体の分類は、命を落とし、肉体を失った悪意ある人の魂――前世で言う悪霊のようなものと、人の負の感情が魔力によって凝り、疑似的な人格を得たもの、それから、人の悪意に中てられ染まり、堕ちた精霊の3種類。

 精神生命体系の魔物は、本体や核がマイナスのエネルギーで構築されているせいか、どの種類も太陽の光を嫌う傾向にあり、昼間は出て来ないけれど、受肉すると昼間でもお構いなしに出てくるようになる、と学園で見た魔物学の本に書いてあった。
 これらは他の魔物と違い、人を避ける性質はないが、人が住む場所には必ず設置するよう義務付けられている、精神生命体避けの護符の効力によって人里から押し退けられている為、結果的に他の魔物が住んでいるのと同じような、山林の奥地などをさまよっている事が多い。

 まあ、どっちにしても人に害しか与えない、タチの悪い魔物である事に変わりはないけど。
 でもって今一番の問題は、この上記のうちどちらかが、目の前にある草原の地べたのあっちこっちに潜んで、私達の様子を伺ってるらしい事……ってか、ありゃもう雰囲気的に、こっちに襲いかかるタイミングを計ってやがる段階だわ。

 流石にタマの取り合いをした事はないが、前世の私は若い頃、それなりに武闘派だった。
 時に何人もの猛者とタイマンを張り、時に有象無象の雑魚共を無差別にボコッてきた経歴を持つからなのか、いわゆる『殺気』ってモンが何となく分かるのだ。
 その私の感覚が言っている。
 どうあがいても交戦待ったなしだと。

「……で? どうやって通り抜けるんだよ。もしかして、強行突破とかそういう感じか?」
 エドガーが頭を掻きながら、嫌そうな顔で言ってくる。
 おう、その通りだよ。分かってんじゃないか。
「……気の進まない話ですけれど、そうなりますわ。粘性生命体はまだしも、精神生命体に属する魔物には、魔物避けの香が効かないのですから」
「ええ。メルの言う通りですわね。潜んでいるのが粘性生命体ならばよし。そうでなければ、戦闘しながら強行突破するしかありませんわ」
「それに、私達もうあいつらに見付かってるから。完璧ロックオン状態よ、今。例えここから後ろの森に引き返したとしても、見逃してなんてくれないでしょうね」
「マジかよ……」
 メルローズ様とユリウス様、そして私の言葉に、エドガーが一層嫌そうな顔をした。シアは緊張のあまり言葉も出ないようだ。
 その一方、現役の魔法騎士であり、既に幾つもの実戦経験をお持ちのレナーテ様は、緊張感のある表情をしながらも、実に落ち着いている。
「……では僭越ながら、私が戦闘行動を指揮させて頂きます」
 レナーテ様が1歩分だけ前に出て、左にいたロングソードの柄に手をかけ、静かに話し始めた。

 そういや最近気付いたんだけど、レナーテ様って普段は無口でも、戦闘とか仕事とかのスイッチが入ると、凄く饒舌になるお人なようだ。
 だが、そういう所も仕事人みたいで頼もしい。

「このような状況ならば、まず非戦闘員のオルテンシア様を中心に据え、円陣を組むのがよいでしょう。
 剣技に優れたユリウス様が先陣を切り、それを土の基礎属性を持つメルローズ様が攻守の面で補助、左右をアルエット様とエドガー様に固めて頂き、この中で最も戦い慣れている私がしんがりを務める、という形が、最も安定するかと思います。
 ただ、敵の数が数です。場合によっては、強力な身体強化魔法をお持ちのアルエット様とエドガー様に、ユリウス様と共に前線で戦って頂く可能性もございますので、その事に関するお覚悟だけは、今のうちに固めておいて下さい。
 そしてオルテンシア様は、余裕がございましたら補助魔法などを使い、戦闘を助けて頂ければ幸いです。
 ここまでで、何か思い付いた事や問題点、疑問などはございますでしょうか」

 レナーテ様の問いかけに、声を上げる者は誰もいなかった。
 怖気づいて、尻込みしている者も当然いない。
 気の弱いシアですら覚悟を決め、既に自分の荷物の中から、ムーンストーンとアクアマリンが取り付けられた折り畳み式のロッドを取り出し、握り締めている。
 流石は私の妹! カッコいいぞ、シア!

「分かりました。では、各自戦闘準備を。円陣を組み終え次第、草原に突入します。いいですね?」
 レナーテ様からの再びの問いかけに、私達は静かに、それでいて力強くうなづいて応え、指示通りの配置についた。
 ユリウス様とエドガーは、レナーテ様同様佩いている剣の柄に手をかけ、メルローズ様もシアと同じ折り畳み式の、トパーズとルビーが取り付けられたロッドを手に構える。
「皆様、準備はよろしいですか? ――では、突入!!」
 レナーテ様の鋭い号令に従い、私達はユリウス様を先頭に草原へ駆け出した。

◆◆◆

 全員揃って草原へ飛び出すと同時に、地面から数え切れないほどの黒い流体が、ズルリ、と生えてきた。
 うわキモッ! なにこれ! 黒いスライムか!?
「――っ! シェイプシフター! 精霊系の受肉体です! 気を付けて!!」
 私達が身構えると同時に、レナーテ様が警告の声を上げる。
 シェイプシフター……ああ、思い出した! 性悪モノマネ野郎!
 私は内心で舌打ちした。

 真っ黒いアメーバーみたいな見た目をしてるので、スライムと見間違えがちだが、その正体は、人の悪意に染まって堕ちた精霊が、スライム系の魔物に受肉する事で生まれる、精神生命体系統の魔物だ。

 こいつは、人の心を奥深くまで覗き込んで読むのが得意で、スライム系の魔物に受肉する事で獲得した身体を使い、相対した人間が最も嫌悪を覚える存在に『化け』て、その化けたものと同じ能力で攻撃してくるという、大変タチの悪い性質を持っている。

 ただ、幸いな事にこいつは受肉体。純粋な精神生命体と違って物理攻撃が普通に効くし、対象の心を読んで『化ける』までには、それなりにタイムラグがある。
 そこを突き、化けられる前にボコッて倒せれば一番楽で簡単なのだが――こうまで数が多いとそれも難しいか。
 だがそれでも、ここで怖気づいて手と足を止める訳にはいかない。
 そんな事になったが最後、みんな揃ってあいつらの餌食になってしまう。
 ざけんな! そんなん絶対御免じゃ!

 草原を駆けながら、私とエドガー、ユリウス様が、手の届く範囲にいるシェイプシフターをぶん殴り、斬り捨て、メルローズ様が火属性の魔法で前方にいる数体を焼き払う。
 レナーテ様は器用にも、手近な一体を左から右へ斬り払いつつ、やや離れた場所で蠢いているシェイプシフターの団体様に、氷柱つららのような氷の矢を雨あられと叩き付けている。
 けれど、やはり多勢に無勢、焼け石に水。
 どうにも攻撃の手が追い付かない。
 ついに攻撃の届かない場所だけでなく、比較的近い場所にいるシェイプシフターまでもが、その姿を大きく歪め、別の形を取り始めた。

 くっ! 一体何に化けるつもりだ!?
 もしも……もしもあの、黒光りして素早く動く上、空まで飛ぶ『G』になんて化けられた日には、私は一体どうすれば……!
 幾ら私が武闘派だっつっても、アレを素手でぶん殴るとか、本気で嫌過ぎるんですけど!
 しかも、連中の身体の質量から見るに、間違いなく巨大なGが出てくるよコレ! そんなん、どう考えても100パーモザイク案件じゃん!

 いやまあね、それでも命にゃ代えられないから戦いますよ!? 戦いますけどね!? 
 でも多分、悲鳴上げて泣きながら殺る事になりそうな予感!
 ああっ女神様! せめて私に棒を下さい! 
 私が使っても壊れない、いい感じの棒とか今すぐプリーズ!
 うん分かってるさ! ある訳ないよねそんなモン!
 だが、最悪の事態を想定し、既に半泣き入りながら歯を食いしばっていた私の前に出現したのは、忌まわしい『G』ではなく――

 真っ赤なドレス着て厚化粧したアディア嬢と、キザったらしい笑みを顔に貼り付けた色ボケ領主でした。
 あとその奥には、性格悪そうなツラしたバカ王子こと、アーサーの姿があります。

 え。――ちょ、ナニコレ。どういう事? 
 戸惑いのあまり、みんな揃って走る足が止まってしまう。
 ってか、こっちが戸惑ってる間にも、アディア嬢と色ボケ領主とバカ王子が、あっちこっちでドンドン増殖してくんですが!
 いやああああ! キショい! マジでキショい! 
 ヤダもう! これある意味Gよりキショいよォ!

 つーか、もしかしなくてもこいつら、私達の心を読んだ結果、アディア嬢達を『相対した人間(私達)が最も嫌悪を覚えるもの』と認識したって事ですか!?
 クソ迷惑な事この上ねえッ!

「皆様! 落ち着いて下さいッ!」
 驚きうろたえる私達に、レナーテ様が檄を飛ばす。
「見てくれは不快極まりありませんが、中身は雑魚です! むしろ、下手な魔物や害虫などに変化されるより、ずっと倒しやすくなりました! これなら力づくでも十分押し通れます!」

 そう言われてハッとする。
 ――あ。確かにそうだわ。
 さっきも述べたと思うが、シェイプシフターの能力は『相対した人間が最も嫌悪を覚える生き物に化け、それと同じ能力で攻撃してくる』というもの。
 当然、その攻撃能力やパターンなども、人から読み取った記憶を元に再現される。
 しかしながら、私達の記憶の中にアディア嬢と色ボケ領主、バカ王子の戦闘に関する能力がどうだったか、なんてモノは存在しない。
 だって、アディア嬢達と戦った事なんてないもん。私達。

 アディア嬢はノイヤール王国の民だから、当然魔法が使えるはずだけど、私は彼女の基礎属性と補助属性すら知らないし、あの色ボケ領主に至っては、頭の悪い寝言を吐いてた記憶と、顔面押さえてのたうち回ってた記憶しかない。
 一応、この中で唯一、バカ王子だけは剣を持ってる所を見た事があるが、実兄であるエドガー曰く、「アーサーは剣の修行サボってばっかで、基礎もろくにできてないクソザコだった」との事なので、恐れるに足らず。

 つまり、アディア嬢達の姿を取ったシェイプシフターは、自ら進んで攻撃能力がゴミカスな雑魚に成り下がったという事。
 ぶっちゃけ、雑魚狩りボーナスのフィーバータイムみたいなモンじゃね? これ。


 目の前の現実に気付いてからの私達は、まさしく無双状態だった。
とりま、私はエドガーが心情的に攻撃しづらそうなアディア嬢(偽)とバカ王子(偽)を中心にボコッていく事にする。
 精々、掴みかかるとか手を振り上げるとか、適当な蹴りを入れてくるとか、その程度の攻撃しかできないくせに、こちらへ無策に突っ込んでくるアディア嬢Aの顔面に右ストレートを叩き込んで吹っ飛ばし、その近くにいたアディア嬢B、C、Dを、空中回し蹴りで一網打尽にする。
 更に、回し蹴りの勢いで軽く1回転し、着地した所を狙って剣を振り下ろそうとしてくる、小賢しいバカ王子Aの足を払ってすっ転ばせ、どてっ腹目がけてヤクザキックを放ち、止めを刺す。

 外見はアディア嬢達でも中身は精霊の受肉体だから、どんだけ思い切り殴る蹴るしても血は流れないし悲鳴も上げないので、精神的に大変やりやすくて助かる。
 感触的にも、サンドバッグ殴ってるのと大差ないわ、これ。
 見れば、エドガーはユリウス様やレナーテ様共々、無言のままいともあっさりバカ王子B、C、D(以下略)などを、流れ作業の如くばっさばっさと斬り捨てている。
 どうやら、ちょっと気を遣い過ぎてたみたいだ。

「全くもうっ! あなたは! 生きてても死んでても! どこまで行っても! わたくしを煩わせる生き物なのですねっ! さっさと消えて下さいましッ!」
 一方メルローズ様は、怒りと怨恨交じりの叫びを迸らせつつ、魔法ではなくロッドを使って、バカ王子E、F、Gの頭や顔面を順繰りに殴っていらっしゃいます。
 あ。起き上がろうとしたEの頭、思い切り踏んだ。
 倒れたFの顔面、何度も蹴ってるし。

 王命によって婚約して以降、ずっとバカ王子から、人を人とも思わないような扱いをされ続けてたって話だし、あの騒ぎから結構経ってる今でも、バカ王子に対する私怨が晴れてないんだね……。
 うんうん。折角だから気が済むまで、たんと蹴って殴って踏んだらいいと思うよ。
 でも、バテない程度に頑張って下さいね、メルローズ様。

 残るシェイプシフター共も、今まで仲間が化けてた生き物にはろくな攻撃手段がない、と分かっているだろうに、私達にどんだけボコされても、ひたすらつぎつぎ延々と、馬鹿の一つ覚えの如くアディア嬢達にポコポコ化けていく。
 多分、攻撃手段のあるなし云々よりも、元々持ち合わせている『相対した人間が最も嫌悪を覚える生き物に化ける』という性質に、本能的に逆らえないんだろうな。
 人の悪意にあっさり流されて染まっちゃう所といい、あんま知能が高くないんだね。シェイプシフターって。

 いつの間にやら全力疾走をやめ、小走りに草原を進んで川に架けられた橋を渡りつつ、一方的にシェイプシフター共をボコり続ける事、10分あまり。
 私達は比較的余力を残した状態で、聖域の森に足を踏み入れる事ができたのだった。
しおりを挟む

処理中です...