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デスKかな、やっぱ
しおりを挟む「あっはっはっは! なるほどね! だからその格好のまま、私の所に来たんだ!」
店の前を掃除していたのか、小脇に竹ぼうきを抱え、手を叩いて大笑いしている不破。と、その不破の前で変な格好をしている俺。具体的にどんな格好をしているかというと、目と口に穴が開いたシンプルな仮面をかぶり、首からは十字架のネックレスを下げ、至る所にベルトが巻きつけられた黒いロングコートを羽織っていた。極めつけに、足には黒いコンバットブーツ。全身黒。完全にC.I.T.Dの主人公デスKの格好だ。なぜ俺がこんな格好をしているのかは、俺自身もよくわかっていない。体育館裏を出て、校門を抜けたあたりから急にバサバサと耳障りな音が聞こえ、近くの鏡を見てみると、こんな格好になっていたのだ。
「おそらくその格好は、少年の深層心理の表れだろうね」
「深層心理……? どういう事だ?」
「つまり、簡単に言うとキミがカッコいいと思っている、憧れているモノの投影だよ。」
「なるほど……そうか。だから格好いいのか、俺」
俺はそう言うと、改めて自分の格好を見回した。身長は……まだデスKのようにはいかないけど、それでも渋い。カッコいい。ブーツもいままで履いた事なかったけど、結構動きやすいじゃないか。
「……うん。まあ、他人の趣味をどうこう言うつもりはないけれど、あんまり私は格好いいとは思わないなあ……」
「それは不破がずれてるんだよ」
「うーん、そうなのかなあ? まあ、私とキミたちの感性は違うから、そこのところは何とも言えないんだけど……とにかく、来てくれて嬉しいよ。本来なら少年にまた美味しいお茶を出してあげたいんだけど、ただ、今はちょっと色々立て込んでて、中に案内するのは難しいかな……」
「そうなのか、いや、それよりも……」
「わかってるわかってる。能力についてだろう? 焦らずとも答えてあげるから……とりあえず、その服脱いでくれるかい? さすがにこんな所でそんな格好はちょっと悪目立ちするからね」
「いや、それが脱げないんだよ、この服。さっきから仮面だけはどうにか外そうと頑張ってるんだけど、無理にはがそうとしたら皮膚も持ってかれるような感じで……」
「そりゃそうさ。さっきも言っただろう? それは少年の心の表れだって。無理に剥がすと危ないよ」
「心の表れって……比喩じゃなかったのかよ!」
「完全に比喩ではない……というわけでもないけど、強いて言うなら、いまのキミは〝心〟を纏っている状態なんだ。一見、布やプラスチック、革に見えるそれらも、全部キミ由来の天然素材なんだよ。だから、無理やり剥がそうとすると、キミがキミじゃなくなるんだ」
「お、俺が俺じゃなくなるって……?」
「それはあれさ。廃人になったり、自我を失ったり、とにかくキミの物であった体が、キミの支配下から解き放たれるのさ」
「こ、こわッ!? そういうのは先に言ってくれよ!」
「あっはっは。キミが言う前に帰っちゃったからね。さすがに前もってこんな事を言っても、意味が解らないだろ? 物事には順序があるんだよ」
「……でも、不破は昨日、能力を使った時、別に服が変わったりしてなかったよな? もしかして、その仮面とかもそうだけど、普段から今の俺みたいに変身してるのか?」
「いやいや、これはただの私服だよ。仮面も、子どもたちにウケがいいからかぶっているだけさ」
「おまえ、そんな格好のやつが俺の事をダサい呼ばわりしてたのか?」
「ダサい呼ばわりはしてないよ。あくまで格好いいとは思わないって言っただけさ。あと、私がキミみたいに変身しなくても能力が使えるのは、私が特別だからだよ」
「特別って……」
「それについては答えられない。どうしてもね。ただ、キミのその変身を解除する方法は教えられるよ」
有無を言わせない流れだ。これ以上は言わないし、訊かせない。そんな強い意志が伝わってくる。わざわざ口で言ってくるよりも遥かに雄弁に伝わってくる。
「そう言えばそんな話だったな。……それで、どうやるんだ?」
「簡単だよ。自分の胸に手を当てて、解除と唱えるのさ」
「……そんなのでいいのか?」
「なんだい? もっと激しいのがよかったのかい?」
「いや、これでいい」
俺は不破の言う通り、自分の胸に手を当てると、目を閉じて静かに「リリース」と唱えた。その瞬間、今まで纏っていたコートや仮面、ブーツなどがすべて消えさった。
これで色々と軽くなる。なんてことを思っていると、その瞬間、いままでの疲労や痛みが一気に俺に襲い掛かってきた。
「おやおや、ずいぶんボロボロじゃないか。もうすでに誰かと戦ったのかい?」
「……いや、なんでもない。わるいけど、ちょっとここで休憩させてくれ」
「もちろん。駄菓子屋の前でいいのなら、いつまでも休憩していってくれたまえ。……でも、悪いけど中へ通すことは出来ないんだ。ごめんね」
「いや、ここでいい」
俺は不破に断りを入れると、その場に座り込んだ……というよりも、ほぼ倒れ込んだに近かった。あいつらに蹴られたところ、殴られた箇所が今になってズキズキと痛みだしてきた。今日のあいつら、今までに増して激しかったからな。その上、あのモップを脳天に受けていたら、今頃どうなっていたか。
「さて。これでキミは、自由に能力を使えるようになった。そして、滅びの運命を回避することが出来た」
「滅びの運命……てことは、やっぱり、さっきのあれか」
「そう。今だから言えるけど、私には〝死相〟というのが見えてね。誰がいつ、どこで死ぬのかを手に取るように……とまではいかないけど、それなりに正確にわかる。だから、キミが本来、今日の午前中に、行き過ぎたいじめに遭って死ぬ事も知っていた」
「なら、なんで言ってくれなかったんだ」
「越権行為だと言ったろう? この件に関しては、これ以上何も言わないし。何も言えない。とにかく、おめでとう。キミはこうして生き残った。その能力をこれからの人生、使うも使わないも、キミ次第だ」
「……喜んでいいのか?」
「さあね。ただ、キミたちの言葉で〝命あっての物種〟という言葉があるだろう? だったら普通、ここは喜んでおくべきなんじゃないか、ともいえるかもね」
「や、やったーわーい」
俺はとりあえず、あまり上がらなくなった手を挙げて、場当たり的に喜んでみせた。
「さて、と。では少年が欣喜雀躍したところで本題に戻ろうか。さきほどの少年の話を聞いた限りだと、キミはどうやら〝電気〟を操れるようだね」
「電気……?」
なんてこった。能力までデスKと一緒じゃないか。
いや、もしかして俺は……俺こそがデスKだったのかもしれない。いやあ、なんとなくわかってたんだよね、俺ってばデスKに似てるって。
「聞いてる?」
「あ、ごめん、聞いてる聞いてる」
「そう、電気。世俗的にいうと、これからキミは変身さえしてしまえば、半永久的に自分で使う分の電力は賄えちゃうということさ」
「すごいことじゃないか」
「あら、思っていたのと違う反応。キミと同じくらいの年頃なら、あまり実感はないかなと思ったんだけど……」
「いや、そんな事はないと思うけど……」
「そして実戦的に言うと、その能力は間違いなく人を殺せる」
「人を……」
「だってそうだろう? キミは、キミの友達の指を一瞬で切断してみせた」
「友達じゃねえよ」
「友達じゃなくてもさ。これがもう少しずれていたり、より体の近い所に当たっていれば、間違いなくキミはその子を死に至らしめていた。心臓を貫通したり、脳をかき混ぜたり……ともかく、修復不可能な段階までキミは人体を損壊させることが出来る。これは是非、覚えておいたほうがいい」
俺は不破に言われ、電気が出た指先を見た。
特に変わったところはない。焦げていたり、銃のように穴が開いていたり、そう言った感じのものはない。
「なあ、俺が変身した時、なんというか……ものすごく痛かったんだけど、あれ、なんだったんだ? もしかして、これから変身する時、毎回ああいう意味不明な激痛に襲われるのか?」
「ああ、それは大丈夫。ああいうのは最初の一回きりだよ。初回だけの大出血サービスってやつさ」
「そんなサービスがあってたまるか! 出血こそしなかったけど、こっちは痛みで死にかけたんだぞ!?」
「まあまあ。少年の力が電気という事もあり、最初にそういった演出が必要だったんだろうね。知らんけど」
「そんな適当な……でも、ああいうのはもう、二度とないんだよな?」
「ないない。これっきりだよ。試にもう一度変身してみるかい?」
「いや、今日はもう止めておく……けど、電気か」
「どうかした? 何か気になる事でもあったかい?」
「その……俺の能力が電気……なのはわかった。けど、俺が中塚を……クラスメイトを突き飛ばしたあの力は何だったのかなって思って。あの時の力は間違いなく、俺の……というか、人間の力じゃなかったよなって……」
「変身するにあたって、多少の肉体強化は挟んでいると思うよ。それこそ、並みの人間じゃ、変身後の少年に太刀打ちできないほどの、ね」
「そう言う事か……」
「とにかく、私から少年に言えるアドバイスとしては、もっとよく能力の事について知る事じゃないかな」
「能力か……ちなみにこれ、もう能力を返せたりはしないのか?」
「返すって……、もしかして私に? ダメダメ。能力ってそういうものじゃないから、私は受け取れないよ。それに、どうしても使いたくなかったら、使わなければいいんだし。そもそも、変身する時の言葉がアレなんだから、私生活で言っちゃうようなこともないでしょ?」
「それもそうか……」
「それとも、ご友人の指を焼き切った事、今になって罪悪感とか出てきちゃったとか?」
「それはないな」
「きっぱりだね」
「まあな。俺を殺そうとしたやつらだ。俺が殺し返したのならまだしも、指切ったくらいで俺がアレコレと悩むはずがない。せいぜいこれから、指のない人生を送ってくれとしか言いようがない」
「それもそうか。……いや、その返しもおかしいね。まあ、どのみち私には関係ない事だ。その責任はキミだけが負うといい」
「いやいや、能力を俺に譲渡したんだから、不破にも多少責任はあるだろ」
「やだなあ、少年。そういうのはよくない。私はあくまで手を貸しただけで、どう使うかはキミ次第なんだから。たとえば車屋さんが自分のところで作った車を強盗に使われたからと言って、その強盗に入られた銀行の損害を補填したりしないよね? それと同じさ。能力はあげる。けど、責任もあげる。それでいいんじゃないかい?」
「……なんかうまい事丸め込もうとしてないか?」
「さあ?」
「まあいいや。どのみち、不破を責めるようなことはしないから安心しろ」
「うんうん。キミが話の分かる少年でよかったよ」
「……それと、別件でひとつ頼みたいことがあるんだが……」
「なんだい? なんでも言ってごらん。今なら無料で聞いてあげるよ」
「いやいや、金取るのかよ」
「時と場合によってはね」
「……まあいいや。能力の使い方について教えてくれ」
「おや。という事は、キミはこれからもその能力を、継続的に使っていくという事でいいのかな?」
「ああ。せっかくもらったんだ。どうせなら正しく利用したい」
「〝正しく〟ってのがイマイチよくわかんないけど、ま、いっか。少年も少年でわきまえてくれているようだしね。ただ、特訓は明日からだ。明日、今度はこんな朝っぱらからじゃなく、夕方……陽が沈んだくらいに来てくれたまえ」
こうして、俺はその日学校には戻らず、適当な理由でそのまま家へ帰った。
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