完全超悪 ~おまえたちを殺せるのなら、俺は悪にだって染まろう~

枯井戸

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忍び寄る悪

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 不破が俺の前から消えて数日が経った頃──「ジャスティス・カケル」という存在が、徐々に世間に認知されていた。
 というのも、あの後も俺がコツコツと善行を重ねていたからだ。
 カツアゲ君が出たと聞けば、そこへ赴いてカツアゲを未然に防ぎ、電車内での痴漢被害が急増したと聞けば、ユナから定期券を借りて電車で張り込んだり、悪ガキグループが万引きをしていると聞けば、良く被害を受けている店の中を巡回したりと、とにかく、俺が出来る範囲でやれることはすべてやってきた。そして、気が付けば、冬浜市でジャスティス・カケルの名を知らない人間はほとんどいなくなっていた。


「──ねえねえ、聞いてる? カケルちゃ~ん?」


 唐突に聞こえてきたユナの声に、脳を無理やり起こされる。どうやら連日の疲労がたたって、俺は自室の勉強机に突っ伏して眠っていたようだ。俺は寝ぼけまなこをこすりながら振り返ってみると、そこには勝手に俺の部屋に上がり込んで漫画を読み漁っている、ユナの姿があった。


「あ~、起きた~?」

「……ユナ、何度も言ってるだろ。人の部屋に勝手に上がって来るなって。勝手に人のベッドに横になるなって」

「え~? カケルちゃんが勉強教えてあげるっていうから、来たんじゃ~ん」


 ユナに指摘され、そんなこともあったっけ、と思い出してみるが、全く頭が働かない。寝起きだからしょうがないか、というふうなことを考えながらユナを見ていると──


「あ~、その顔。もしかしてカケルちゃん、約束忘れちゃったの~?」

「……忘れたというか、覚えてない」

「一緒だよぉ。ひどいなぁ、もう」

「一緒じゃねえよ。つか、たとえそんな約束してたとしても、普通勝手に漫画を読んだりはしないだろ」

「え~、いいじゃ~ん。減るものじゃないんだしさぁ。それよりも今週のSOBA、面白かったねぇ」

「いや、なんだよSOBAって。蕎麦じゃねえかそれ。ケイオスインザダークネス。C.I.T.Dだろうが」

「えへへ~、そだっけ?」


 我ながら、なんでSOBAという情報だけで、ユナが何を読んでいたのかまでわかるんだ。


「はぁ……、もういいや。とにかく今日はもう勉強教える気分でもないから、帰ってくれ」

「そりゃないよ~。横暴だぜ~、カケルちゃん」

「ここは俺の国だから、多少の横暴は法の解釈違いで済ませられるんだよ」

「そんなぁ……法は人民のためのものでしょお?」

「おまえは民草じゃないから適応されないんだよ。……ほら、どうでもいいこと喋ってないで、さっさと帰れ」


 俺はベッドの上で寝ころんでいたユナの手首をつかむと、そのままズリズリとひきずって、床に落とした。


「あだっ!?」


 顔面からフローリングの上にべちゃっと落ちるユナ。
 なんでこいつはまったく受け身を取らないんだ。


「ほら、大丈夫か」


 俺はユナの体を反転させると、そのまま強引にその場に立たせた。ユナは赤くなった鼻を抑えながら、恨めしそうに俺を見上げている。


「うう……折れちゃったよ~」


 鼻をつまんでいるため、若干鼻声になっているユナが、責めるように俺を見てくる。


「はいはい、そんなので折れるわけないだろ」

「いんや、折れたねぇ。私にはわかるよぉ。こりゃあまずいねぇ。ふがふが」

「じゃあ見せてみろ」

「い、いやあ……見たら気絶するかもねぇ。カケルちゃん、昔から血とかダメじゃん?」


 俺はここで大きなため息をひとつついた。
 ユナがこうやって、無い頭で色々と部屋にとどまろうとしているときは、絶対に何かある時だ。さすがにここまで付き合いが長いとそこまでわかってしまう。
 俺は勉強机の前。デスクチェアに座りなおすと、ユナを見て言った。


「なにか、話したいことでもあんのか?」

「え~っとねえ、カケルちゃんって、ジャスティス・カケルって知ってる~?」


 突然のことに、俺の心臓がドクンと大きく跳ねる。いままで閉じかけていた目も、濁っていた思考も、サーッと水で洗い流されたようにクリアになる。
 まあ、俺と変身後の俺。どっちも〝タケル〟だから、いつかバレるとは思ってたけど、まさか最初に指摘する奴がユナだったなんて。


「……タケルちゃん? おーい? 寝ちゃった~?」

「ああ、わるい。ボーっとしてた」

「おやおやぁ、風邪かなあ?」


 ユナはそう言うと、有無を言わさず、前髪をかき分け、露出した額を俺に近づけてきた。
 なんて原始的な奴だ!
 俺は近づいてくるユナの顔面をわしづかみにすると、そのままベッドの上に押し倒した。


「いったぁ~い、何するの、カケルちゃん」

「うるせえよ。ユナもいちいち変な事するな。……それで、そのジャスティス何某なにがしがどうしたって?」

「カケルちゃんと名前が一緒だねえって」

「……そんだけ?」

「ん~?」


 嘘だろ。
 ユナは何か不思議なものでも見るように、首をかしげて俺のほうを見ている。
 まさか、ユナの言いたいことってそれだけかよ。俺とジャスティス・カケル。〝カケル〟がかぶってるねって。嘘だと言ってくれ。


「……ごめんユナ。なんか頭痛くなってきたわ」

「だいじょぶ? おばさん呼んでこよっかぁ?」

「いや、多分寝れば治る。話が終わったならもう帰ってもらえるか?」

「あ~……ううん、話はまだあるんだけど、カケルちゃんの体調がよくないのなら、また今度にするよぉ」

「……なんだ、まだあったのか?」

「う~ん」

「いや、どっちだよ」

「えっとねぇ、それがねぇ、私のお友達の話で……」

「おまえ、友達いたんか」

「いるよ~! なんだよ~、も~!」


 ユナはそう言って、頬を膨らませてぷりぷりと怒った。
 意外だ。
 小学校の時は6年間ずっと俺にべったりで友達どころじゃなかったから、中学校でもそんな感じなんだろうと思ってたけど、中学2年生にして、まさかの事実発覚。ということはあれか、むしろ俺がいないほうが、ある意味ではユナのためになるんじゃないのか?
 ……高校、ユナと違うところに変えよっかな。


「悪い、話の腰を折った。それで、その友達がどうしたって?」

「うん、そのお友達、名前は美里ミサトちゃんって言うんだけどねぇ。その子、ある日突然学校に来なくなっちゃって……」

「転校したのか?」

「ううん。転校したら、先生から連絡が来るはずでしょぉ? でも、そういうのはなくて、それに私とも仲が良かったし、急にいなくなるってことはないと思うの~」

「……まあ、そうだよな。転校するなら、せめてヒトコト挨拶するよな」

「うん。……それで、私も心配になってぇ、美里ちゃんの実家……あ、美里ちゃん、お母さんもお父さんもいなくて、施設で暮らしてるのぉ。だからその施設に行ってみたんだけどぉ……」


 そこまで言って、急にユナの顔が曇る。いや、一層カゲになると表現したほうがいいかもしれない。
 ともかく、ユナはすこし言いづらそうに、口をもごもごとし始めた。


「……行ったけど?」

「『そんな子、いない』って追い出されちゃって……」

「そんな子はいない……か。たしかに妙だな。それか、本当は美里ちゃん、なんて名前の生徒はいなくて、全部ユナの妄想だったとか」


 うーん。
 冗談ぽく言ってはみたものの、あながち強く否定することが出来ない。


「ちょっとぉ、怒るよ~!」

「ははは……まあ、冗談は置いといて、たしかに気になるな、それ」

「でしょお? 学校ではずっと空席で、欠席扱いになってるしぃ……私、心配で心配で……」

「なるほどなぁ。……てか、なんでそれ、俺に相談したんだ?」

「ええ~? だって、最近よく聞くジャスティス・カケルって、カケルちゃんのお友達なんでしょお?」

「……そう来たか」


 このパターンはさすがの俺も予想できていなかった。しかもまさか、同一人物ではなく、別人パターンだったとは。毎度毎度、こいつの突飛な発想には驚かされる。
 ここは是非とも、なんでそういう考えに至ったのか、を問いただしたいところだが、以前それをやって頭がおかしくなりかけた事があったので、今回はちょっと自重しておこう。
 とはいえ、これはこれで興味を引くトピックではある。
 その美里ちゃんって子には悪いけど、俺はこの謎を面白く思っているのかもしれない。
 ただ、今やるべきは、目の前のユナの処理で……さて、どうやって釈明したものか。


「あー……よくわかったな、ユナ」

「え~? なにがぁ?」

「ジャスティス・カケルが、俺の友達だということがだ」

「やっぱりぃ?」

「ああ。さすがの慧眼だ。恐れ入った。まったく、ユナはなんでも知ってるんだな」

「ふふ~ん、もっと褒めてもいいんだよ?」


 ユナは得意になっているのか、胸を張って威張っている。
 全くもって御しやすいな、このナマモノは。


「そんなスーパーウルトラステューピッドなユナに、折り入ってお願いがあるんだけど、聞いてくれるか?」

「んふ~、よきよき。なんでもござれ~? ……ちなみにカケルちゃん、ステューピッドってどゆ意味?」

「カッコイイって意味だよ」

「お~、持ち上げてくれるねぇ。今日のカケルちゃんは気前がいいねぇ」

「……それで願い事なんだけど、まずひとつめ」

「複数あるのぉ?」

「ダメか?」

「いいよぉ」

「いいんかい」

「うん。カケルちゃん、普段あんまり私を頼ってくれないから、なんでも聞いてあげちゃうさ」

「そっか。サンキュな。……じゃあ、早速だけど、ひとつめ。俺がジャスティス・カケルの友達だってことは、言いふらさないでくれ」

「ありゃ。……なんでぇ?」

「そりゃおまえ。ジャスティス・カケルは正義の味方だろ? そいつがどこで繋がっているか、なんて知られたらそれが弱点になりかねないからな。だから、こういう情報はできるだけ知っている人間を限定したほうがいい。要するに、最低限のリスクヘッジってわけだな」

「あぅ……よくわかんないけど、とりあえず、あんまり人には言わないほうがいいってことだよね? わかったよ。できるだけ言わないようにするねぇ」

「できるだけじゃなくて、是非、お口にチャックしてくれると助かる」

「うん。お口にファスナーだねぇ」


 なんで言い直したんだ、こいつ。まあ、ジッパーじゃないだけましなんだけど。


「……それと二つ目、その施設の場所を教えてくれないか?」
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