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第一部
※オーレンブルク公爵邸へ
「……ごめんなさい」
「ティナが謝る事はないよ。君を長い時間一人にしてしまった私の責任だ」
責任。
ドミニク様は責任感が強いお方だものね。子供のような私の事もお守りのようなものだったのかもしれない。
今はどうしても頭の中が整理しきれなくて、悪い方向へと考えてしまう。
一旦ドミニク様と距離を置いて、冷静になった方がいいかもしれない。
「私、飲み物を取ってきますわね。ドミニク様はこちらで待っていてください」
なんとか笑顔を張り付けて下手な理由を探し、この場を離れようとした。
でも――――
「ティナ」
私の手をつかみ、こちらに訴えかけるような真剣な眼差しを向けてくる。
さっきの話を聞いた後なので嫌な予感しかしない。
婚約破棄をされた後、私が修道院に行くだなんて言わなければ、ドミニク様が私と婚約しようなんて言う必要はなかったのよね。
あの時の自分の軽はずみな発言に、今さらながら後悔の念がやってくる。
ヤヌシュの言葉が呪いのように頭を駆け巡っていく。
『君はきっと後悔する事になる』
ドミニク様をおじさんだなんて思った事は一度もないけれど、彼との年の差がこんな形で重くのしかかってくるとは。
あのご友人の仰る事はとても正しいわ。
親友夫婦の大切な娘だもの、責任感の強いドミニク様は放っておけないに決まってるわよね。
それに私は前の奥様と全く違うタイプだったとは……もうそれだけで私を一番に愛してくれる可能性なんてないに等しい。
考えれば考えるほど、自分の存在は彼にとって足枷になっているような気がして涙が溢れて止まらない。
「……ティナ、どうしたんだい?何かあったのかい?」
これ以上心配させて同情させてはいけない。
ドミニク様はどこまでも優しいから。思い切り首を横に振って自分の気持ちを伝えた。
「ドミニク様、今までごめんなさい。子供のお守りは大変だったでしょう?私が修道院に行くと言ったから、ドミニク様は婚約という形で私を守ってくれていたのですよね?私、何も気が付かなくて……」
「ティナ、何を言って……さっきの話を聞いていたんだね」
「それだけじゃないんです、さっきバルコニーにいた時にヤヌシュとナタリア嬢が来て色々と考えたのですけど」
「ヤヌシュとナタリア嬢が君の元へ来たの?まさか何かされて……」
「あ、いえ、腕を掴まれただけで……」
「腕を?」
私がバルコニーでの出来事を話していくとドミニク様の目がどんどん鋭くなっていくので、この話をこのまま続けてはいけない気がして咄嗟に話を戻す事にした。
「と、とにかく、彼らは関係なくて、私がずっと考えていた事なのです。自分は何て浅はかな言葉を言ってしまったのだと、とても後悔しています」
「君が気に病む事などないんだ。私は……」
やっぱりこんな時でも優しい言葉をかけてくれるのね。
ドミニク様に懺悔すればするほど、彼の優しさにつけ入っている気がする。そんな自分が死ぬほど嫌――――
「ドミニク様、このような婚約は不健全ですわ。これ以上あなたの優しさを利用するような形は、堪えられません。私たちは元の関係に戻った方がいいと思います」
「…………今何て……」
「この婚約は解消するべきだと言ったのです。私は……ずっとドミニク様の事が大好きだったから、この婚約がとても嬉しくて、自分の事しか見えていなくて。でも大好きな人と夢のような時間を沢山過ごす事が出来て、とても幸せをもらったから、もう修道院に行くだなんて言わないと誓います」
ようやくドミニク様の目を見て、自分の気持ちをきちんと伝えられた。
それだけでもう十分。
しかし私とは対照的に、ドミニク様は何とも言えない苦し気な表情でこちらを見つめている。
「それに……私は魔女です。きっとドミニク様は私と婚約した事を後悔する日がくると思います」
「そんな日はこない」
「だって私の正体がバレて、もし国を追われるような事になったら……」
私がそこまで言うと、片方の手で口を覆われてしまう。
それ以上は話したくないという風に感じ、私は一旦話すのを止めてドミニク様の言葉を待つ事にした。
「…………やっぱり君を一人にするんじゃなかった。こんな事になるならもっと早く……」
「?」
よく聞き取れなくて首をかしげると、私の頬を両手で包んでグイッと引き寄せ強引に口づけをしてきたのだった。
「んむっ…………んっ…………んん゙~~っ」
突然の口づけに何が起こったのか分からない。
性急に舌が捩じ込まれ、口内が彼の舌でいっぱいになる。
私が逃げ腰なのを逃さないと言わんばかりに舌を吸い出し、歯列をなぞりながら唾液を貪られていく。
「ん゙っ、んんっ…………はぁ……あ……」
名残惜しく離れた唇を指でなぞられ、口付けだけで腰が砕けそうになっていた。
頭では彼から離れなければと思うのに、少し触れられただけで体が反応してしまう。
「ティナ、君とはよく話し合う必要があるようだ。今日は私の邸に来てもらう。いいね?」
「っ……あ…………はい」
有無を言わさない彼の鋭い視線に、恐怖とは違い、ゾクゾクしてしまう自分がいた。
ドミニク様の目からいつもの優しい雰囲気が一切消えている。
こんな目をする時もあるのね……私からの言葉を聞きたくないと言わんばかりに顔を背けられてしまい、彼の邸に行かないなんて言えない雰囲気になってしまった。
それでも手は優しく握られ、私の歩幅に合わせるように歩いてくれる――――こんな時でも気遣ってくれる大好きな人の後ろ姿を見つめながら、大人しく従う事にしたのだった。
~・~・~・~・~
ドミニク様は馬車の中でひと言も喋らずに私の手を握り、ジッと窓の外を眺めている。
とても話しかけられるような雰囲気ではなかったので、大人しく隣に座りながら公爵邸に着くのを待つしかなかった。
幼い頃から親交があったとは言え、彼のお邸に行くのは、あの時以来――――奥様を亡くされて葬儀に駆けつけた時以来のはず。
邸の記憶は朧げだけど、きっと邸には奥様の面影がそこかしこにあるのかもしれない。
行きたいようで行きたくない。
見たくない。
彼の愛が奥様にずっとあるのは分かっているのに、現実を突きつけられるのは耐えられない。
どうしてこのまま終わらせてくれないんだろう。
もう傷つきたくないのに。
涙がじわっと出てきてしまう。
咄嗟にドミニク様と反対の方の窓を見て、流れる涙を誤魔化したのだった。
そして馬車に揺られる事30分ほどで、無事に公爵邸に到着した。
ドミニク様は無言で私をエスコートしてくれる……気まずくて顔を見られない私は、俯きがちに彼の手を取り、馬車を降りた。
屋敷からは執事の方が出てきて、ドミニク様は何かを指示をしているようだったけれど、あまりジッと見ては不躾かなと思い、周りの景色を見ているフリをする。
「チェザーレ達が心配するだろうから、連絡するように指示しておいたんだよ。こちらへ……」
私の気持ちを察したのかそう伝えてくれて、そのまま私の手を引きながら、早々にお邸の中へ誘われていった。
執事の方に挨拶をしたかったと思いながらもそんな雰囲気でもなく、ドミニク様の邸内を見渡し、また顔を伏せる。
どこかに奥様の面影を見つけるのが怖い……私はいつの間にこんなに欲張りになってしまったのだろう。
やっぱりずっと傍にいて、想っているだけなんて無理なのだ。
このままズルズル続けるくらいなら、きっちりとお別れしなくては――――
私がそんな事を考えていると、恐らくドミニク様の自室と思われる部屋に通された。
部屋中から彼の匂いがしてくる……室内はほんのり灯りはともっているものの薄暗く、ドミニク様が月明りに照らされてとても綺麗。
今日は満月だったのね。
部屋の雰囲気も相まって、彼から妖しい雰囲気が醸し出されているようにも感じ、見ているだけで心臓が高鳴ってしまう。
落ち着いて話す為なのか、ベッドサイドに彼と隣同士で腰をかけた。
ドミニク様は、私の前髪に手をやりながらポツリと話し始める。
「ティナ、私は今まで君のお願いならなんでも聞いてあげようと思っていた。君が幼い頃に私は君を助けると約束をしていたしね。でも婚約を解消しようと言う話だけは承諾出来ない」
「なぜ……ドミニク様にとっては何のメリットもない婚約なのに……」
「そもそも、その考え方が間違っているんだ」
「考え方?」
ドミニク様は一息ついた後、意を決したような表情でこちらに向き直ると、慎重に言葉を紡いでいく。
「私はね、ずっと君の事が好きだったんだよ。君には気付かれないようにしていたから分からないのも無理はない。でも好きでもない女性にあんな風に……求めたりはさすがにしないよ」
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