あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ

文字の大きさ
4 / 15

4.

 ローウェル王立学校は全寮制の学校で、それぞれに部屋が与えられる。部屋割りは二人一部屋で主に学年で割り振られるのみで、学科は考慮されない。そのため、僕のルームメイトも薬学科ではなく、医術学科の生徒だ。

 そして、三年間よほど大きな問題や深刻な人間関係のもつれなどが起きない限り、部屋とルームメイトは固定される。だからこそ、最初の部屋決めですべてが決まるーーそう言っても過言ではない。

 幸運なことに、僕はルームメイトともうまくやれている。その点については、とてもありがたかった。

 見たところ、アインスとラウドも相性は良さそうだなと見ていて感じた。

「シューン、そんなとこで止まってないで。ほら早く入って。」

「お邪魔します......。」

 恐る恐るアインスの部屋へ足を踏み入れると、机の上はキレイに整頓されていて、清潔感が保たれていた。

 一方でラウドは、想像通りというか、なんというか。やんちゃな感じが滲み出ていた。

「とりあえず、シャワー浴びてきちゃいな。服はあとで出しておくから。」

「ありがとう、お風呂、借りるね。」

 シャワーを浴びながら、なんだか手が沁みるなと思って見てみると、手のひらに深い切り傷ができていた。噴水に落ちたとき、どこかで擦りむいたんだろうな。おまけに腰には、くっきりとしたアザまでできていた。

 ーーま、見えないところだし気にしなくていっか。なんて呑気にシャワーを浴びていたのだが......。

「シューン、そのアザはどうしたの??」

 シャワーから上がったら、さっさと服を着てアインスの部屋を出てしまおうーーそう考えていたのに、タイミングよくアインスが脱衣所に入ってきてしまった。そのせいで、身体にできた傷を見られてしまったのだ。

 たかがアザだというのに、それを見たアインスは目をすっと細め、何かを疑っているようにも見えた。

「えぇっと......これは、噴水に落ちたときにできたやつで。」

「うん、でも自分で落ちたんじゃないんだよね?」

 ひんやりとした、冷たい空気が肌を撫でた。

「そういやさ、俺、シューンが女に噴水に落とされてんの見たんだわ。ったく、あんなんで落ちんなよな~。」

 いや、言い方がよくない......。いくら相手が女の子で僕が華奢な体付きだったとしても、落とされたなんて言われたら、僕のプライドも多少なりとも傷つく......。もっとオブラートに包めなかったのだろうか。

「......俺には、言えないことなの?」

「い、いや!そういうわけじゃない......けど。」

 アインスは、そっと僕の手を握った。僕が言いやすいように、雰囲気を作ってくれているんだろうな。

「......アインスを慕ってる、ほら。図書館で追いかけてきた子、いるじゃん?あの子とちょっともめちゃって......それで落ちただけなんだ。」

「本当にそれだけ?」

 問い詰めるように見つめられ、僕は必死に頷いた。

 具体的に名前を出して誰にやられたのか、どんなやり取りがあったのかーー細かい部分はすこし省いたけど、嘘はついていない。

 ただ、これ以上話すとボロが出そうで、早く切り上げたかった。それになんだか尋問されてるようで、緊張感があって居心地が悪かった。

「分かった。ごめん、シューン。俺のせいでケガなんかさせちゃって......」

「ううん、そこまで酷いケガじゃないし、大丈夫だよ。アインスが気にすることないよ。」

「ありがとう、シューン。でも......これからは大丈夫だから。安心していいよ」

 アインスの言葉に、ほんの少し引っかかるものを覚えたけど、僕は深く考えなかった。

 次の日、図書館へ向かう途中、アンナとその取り巻きの女の子たちの姿を見かけた。

 うわ、また小言言われるよ......と少し身構えていたのだが、アンナたちは僕の姿を見るなり、顔色を真っ青にして逃げるように僕の前から立ち去ってしまった。

 一体、何があったんだろう?と小首をかしげていると、背後から不意に声をかけられた。

「シューン、今日も図書館に行くんだよね?」

「わっ!いきなり現れないでよ......。うん、そのつもりだよ。」

「じゃあ一緒に行こ?」

 この時の僕は、まだーーこの男のことを、少し甘く見ていたのかもしれない。

***

「ねぇ、君がアンナ嬢......かな?」

「ア、アインス様!?わ、わたくしに何かご用でしょうか......」

「ごめんね。少し二人で話したいから、君たちはもう帰ってくれるかな?」

「は、はい!もちろんでございます!!」
「で、ではごきげんよう!!」

 俺はアンナの取り巻きに笑顔で話しかけ、その場から追い払った。

 ーーこれで盤上は整ったかな。

「そ、それで......お話というのは......」

 アンナは手櫛で慌てて髪を整え、上目遣いで俺を見てくる。......うわぁ。色気も礼儀作法も何ひとつ身についていない。よくもまぁ、こんな有様でシューンのことを罵倒できたものだ。

「ふふっ、そんなに緊張しなくていいよ。君に、ちょっと言いたいことがあるだけだから。」

 俺は赤面しているアンナ嬢の耳元まで顔を寄せ、声を低く落として囁いた。

「ーーーー」

 その言葉を聞いた瞬間、アンナの顔から血の気が引き、みるみるうちに真っ青になった。

「!?なっ、ど、どうして......アインス様がそれを......っ!」

「ふふふ、どうして、って......君が言える立場じゃないよね。」

 アンナはその場にがくっ、と崩れ落ちた。俺はそんな様子など意にも介せずに、淡々と続けた。

「あぁ、そうそう。たぶん君は学園を卒業したあと、破門になるだろうけど......そのあとは、ボース男爵のところに嫁ぐことになるだろうから。せいぜい、残りの学園生活を楽しみなよ。」

 ボース男爵ーー通称”残虐男爵”。

 巨額の富と引き換えに伯爵家、男爵家、平民の家から次々と嫁を娶っている男。女癖も酒癖もたいそう悪く、これまで嫁を数人殺したという噂すらある。

 俺はアンナの伯爵家が経営難に陥っていることを把握していた。しかも、その原因が娘による多額の浪費だとなれば、両親が頭を抱えるのも無理はない。

 だから俺は提案したのだ。

 資金提供をする代わりに、アンナをボース男爵のもとへ嫁がせる、という条件を。

 返事はその日のうちにすぐ返ってきた。

 あまりにもあっさりとした了承に、思わず乾いた笑いが漏れた。

 ーーどいつもこいつも薄情な連中ばかりだ。

「し、信じられません。わ、私が......私がボース男爵の所になんて......。」

「残念だけど、これはもう決まったことだよ。君のご両親も承諾済みだ。一家すべてが潰れるより、娘一人の犠牲で体裁が保たれるなら......誰だってそうするだろうね。」

 俺は涙で化粧の崩れたアンナを置き去りに、シューンの元へ向かった。

 あのアザが、もし一生シューンの身体に残ったら......どうしてくれようか。

 ーーそしたら俺もシューンに一生消えない傷を残してあげないとね。

 
感想 21

あなたにおすすめの小説

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

恋人に好きな人が出来たと思ったら、なにやら雲行きが怪しい。

めっちゃ抹茶
BL
突然だが、容姿も中身も平凡な俺には、超絶イケメンの王子と呼ばれる恋人がいる。付き合い始めてそろそろ一年が経つ。といってもまだキスもそれ以上もした事がない健全なお付き合い。王子は優しいけど意地悪で、いつも俺の心臓を高鳴らせてくる——だけどそれだけだ。この前、喧嘩をした。それきり彼と話していない。付き合っているのか定かじゃない関係。挙句に、今遠目から見つけた王子の側には可憐な女の子。彼女が彼に寄り掛かって二人がキスをしている。 その瞬間、目の前が真っ黒になった。もう無理だ。俺がスイッチが切れたようにその場に立ち尽くした、その時だった。前にいる彼から聞いたこともない怒声が俺の耳に届いたのは。 ⚪︎佐藤玲央……微笑みの王子と呼ばれ、常に笑顔を絶やさない。物腰柔らかな姿勢に男女問わずモテる ⚪︎中田真……両親の転勤で引っ越してきた転校生。平凡な容姿で口が悪いがクラスに馴染めず誰とも話さないので王子しか知らないし、これからも多分バレない ※全四話、予約投稿済み。 本編に攻めの名前が出てこないの書き終わってから気が付いた。3/16タイトル少し変更しました。 ※後日談を3/25に投稿予定←しました。Rを書くかはまだ悩み中

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

お前が結婚した日、俺も結婚した。

jun
BL
十年付き合った慎吾に、「子供が出来た」と告げられた俺は、翌日同棲していたマンションを出た。 新しい引っ越し先を見つける為に入った不動産屋は、やたらとフレンドリー。 年下の直人、中学の同級生で妻となった志帆、そして別れた恋人の慎吾と妻の美咲、絡まりまくった糸を解すことは出来るのか。そして本田 蓮こと俺が最後に選んだのは・・・。 *現代日本のようでも架空の世界のお話しです。気になる箇所が多々あると思いますが、さら〜っと読んで頂けると有り難いです。 *初回2話、本編書き終わるまでは1日1話、10時投稿となります。

【本編完結】断罪される度に強くなる男は、いい加減転生を仕舞いたい

雷尾
BL
目の前には金髪碧眼の美形王太子と、隣には桃色の髪に水色の目を持つ美少年が生まれたてのバンビのように震えている。 延々と繰り返される婚約破棄。主人公は何回ループさせられたら気が済むのだろうか。一応完結ですが気が向いたら番外編追加予定です。